196 吸血鬼発見

 ジュストくんに作戦を伝えて、私はひとりで博士の部屋に戻った。


「あれ、フレスさんとスティは?」


 戻ってみると、スティがいなかった。

 よく見ればフレスさんもいない。


「ホテルを手配しに行きましたよ。妹さんは身分証を持っていないから、代わりに受付してあげるそうです」


 吸血鬼被害者さんたちの身体を拭きながら、ラインさんが教えてくれた。

 言われてみれば、不法侵入したスティがホテルに泊まれるはずがない。


「ついでだから、今晩は一緒に泊まるよう薦めました。一日くらいならボクだけでも大丈夫ですしね」

「そうですか」


 ある意味でチャンスだったけど、モタモタしている暇はなさそうだ。

 私は黙ってラインさんに近づいた。

 そして、濡らしたタオルを絞っている彼の顔を覗き込む。

 女性的な容姿をしていても、さすがにラインさんの方が少しだけ身長が高い。


「な、なんですか?」

「ラインさんに協力してほしいことがあるんです。ちょっと外に出られませんか?」

「え、でも、ボクは彼らをを診ていないと……」


 ベッドに寝かされた吸血鬼被害さんたちと、私の顔を交互に見比べるラインさん。

 なぜか少し赤くなっている。


「少しでいいんです。今を逃したらチャンスはないかもしれないから、どうしても頼れる人の協力が必要なんです。本当はジュストくんに頼もうと思ったんですけど、ちょっとケンカしちゃってて……」


 最後の嘘は余計だったかもしれない。

 まあ、他に頼れる人がいないって思ってくれればそれでいい。


「それは、吸血鬼に関係している話ですか?」

「はい」


 ラインさんは少し考えるそぶりを見せた後、


「わかりました。何を手伝えばいいんですか?」


 少しだけという条件で、付き合ってくれることになった。




   ※


 ラインさんと一緒に機動馬車に乗り、街の北西部へ向かう。

 この辺りはかつての隔絶街があった場所らしく、古ぼけた建物が立ち並んでいるのに、人気がまるで感じられない。なんとなく寂しい雰囲気の場所だった。


「あの、気のせいか、さっきから同じところをぐるぐると廻っているような気がするんですけど……」


 いつまでも私が立ち止まらないので、さすがにラインさんも不審に思ったらしい。

 それでも、黙って着いてきてくれたのはありがたい。

 あとの問題は、彼が無事にここにたどり着けるかってことだけど……


「あ」

「ルー、よかった。無事だった」


 いくつめかのカドを曲がったところで、ジュストくんを発見した。

 さすがに何年も住んだ街だし、迷うことはなかったらしい。

 この作戦の成否は、彼が迷わずに私と合流できるかにかかっていたんだからね。


「ジュストさん? あれ、ケンカをしていたって……」

「嘘ついてごめんなさい。けど、これ以上被害者を出さないためには必要なんです」

「なに言ってるんですか? ああ、そろそろ博士の部屋に戻らないと、精密な機械マキナを使っているから、もし狂いが生じたら大変なことになるんですよ」

「もういいじゃないですか。正体をあらわしてください」


 ジュストくんがそう言うと、ラインさんは不快そうに眉根を寄せる。


「なんですか、正体って」

「吸血鬼なんでしょ?」


 続いて私ははっきりと確認する。

 ラインさんはしばらくぽかんとした後、やがておかしそうに笑った。


「なに言ってるんですか。ボクが吸血鬼ってどういうことですか?」

「他人の身体に意識を映す術。それでラインさんの身体を乗っ取ったんでしょ。ねえ、姿を現しなよ、カーディナル」

「馬鹿なことを言わないでください。ボクは仮にも選ばれし星輝士なんですよ? 吸血鬼じゃありませんし、誓って嘘もついていません。ひょっとして、二人でボクをからかってるんですか?」

「からかってなんかいないです。だって、あなたは私の火蝶を知っていた。ラインさんの前では一度も使っていないのに。それは、カーディナルの姿の時に見ているからでしょ?」


 ラインさんの顔から表情が消えた。

 ゾクッとするような感じの後、ラインさんは唐突に笑い出した。


「ふふふ、あはははは……」

「な、なにがおかしいんですか」


 ひょっとして、カンチガイだった?

 いや、そんなハズはない……と思う。

 今、この街で私の輝術を知っているのは私の仲間達か、カーディナルしかいない。

 私が使う火の蝶は私だけのオリジナル。

 ラインさんが知っているはずはないんだ。


「いや、ごめんね。必死なおまえがあんまりにもおかしくてさ」

「だから、冗談なんかじゃ……」


 私はラインさんの口調が変化していることに気づかなかった。


「ルー、危ない!」


 手にした鞭がしなり、私に襲い掛かる。

 私と彼の間に入ったジュストくんがとっさに切り払った。

 もう少し遅かったら、あのしなやかな鞭に捕らわれていた。


「鞭って扱いづらいね、よくこんなモノを武器に選ぶなって思うよ。な……なにを言ってるんだ、ボクは……」


 まるで一人で二役を演じているように、ラインさんの表情がコロコロ変化する。

 そして、口調も。


「わかりにくいかな? あ、あー、これで区別がつくよね?」


 ラインさんの声色が変わった。

 彼の口から聞こえるのは、若い女の子の声。

 カーディナルの声だった。


「やっぱり、ラインさんに取り憑いてたんだ」

「うん、そうだよ」


 無邪気な表情のラインさんが、カーディナルの声色と口調でうなずく。

 取り憑かれていたことは、どうやらラインさん自身も気が付いていなかったみたい。


「わたしを甘く見ないでよ。気づかれないように体を奪うなんて簡単なことさ。おぼろげに残った意識が、こいつの記憶に残っちゃったのは失敗だったけどね」

「余裕ぶるのもここまでだよ。昼間は力を出せないのはわかってるんだから」

「確かに、今のわたしは本来の力を使えない。けど」


 ラインさん=カーディナルは落ちていた棒切れを拾うと、それでジュストくんに殴りかかった。


「やめてください!」


 攻撃をしているラインさん自身が、元の彼の声色で言う。

 どうやら完全に意識を乗っ取っとられたわけじゃないみたい。


「無駄だよ。おまえの体は完全にわたしの意のままなんだから」

「くっ……」


 ジュストくんがカーディナル=ラインさんの攻撃を打ち払う。

 そのまま反撃に移ろうとするけれど、体はラインさんのものだから全力で斬りかかるのを躊躇ったのか、攻撃はたやすく打ち払われた。

 ラインさんの周囲にはいつの間にか輝粒子が舞っている。


「おまえたち二人くらい、こいつの身体でも十分だ」


 ラインさんは星輝士。

 つまり、かなり強い輝攻戦士だ。

 カーディナルが本来の姿で戦えないとはいえ、敵としては十分な脅威。

 けど、甘い!


「ジュストくん!」


 私は手を差し伸べて、駆け寄ってきた彼の手に触れる。

 私の輝力が彼の中に流れ込んでいく。


 ジュストくんが輝攻戦士化する。

 ラインさんがこの国で優秀な輝攻戦士とはいえ、ジュストくんだって天才輝攻戦士なんだから!


「ええええええ!?」

「わっ。な、なによ!」


 いきなりカーディナルが大声を上げた。


「そいつも奴隷輝士だったの……!?」

「ドレイって言うな!」

「うわあ、そいつまで紛い物とか……」


 カーディナルはあからさまに落胆していた。

 以前に戦った時はあらかじめ輝攻戦士化していたから、カーディナルはジュストくんが私との隷属契約で輝攻戦士になっていることを知らなかったみたいだ。

 どうやら、ちゃんとした輝攻戦士じゃないと輝力が満足に吸えないらしい。


「せっかくまともに輝力を食べられると思ったのに。ふざけるなよ。おまえ、一体何人の男を飼い慣らしてるんだよ。あー、本当ガッカリ。なんなんだよ、いい加減にしろよ、このクソビッチが!」

「うるさい! ばか!」


 クソビッチとかいうな!

 ジュストくんはともかく、ビッツさんとはしたくてしたわけじゃないし!


「あーもういいよ。で、輝攻戦士化してどうするつもり? この体ごとわたしを殺す?」

「ケイオスを取り除ける輝術師を探して、あなたを追い出してもらう」

「無理無理。残念だけどそれは不可能だよ」


 カーディナルはやる気なさそうに肩をすくめながら言った。 


「一つ、間違いを訂正しておくよ。わたしは術でこいつの体に意識を移してるわけじゃない。すでに完全にこいつと同化してるのさ」

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