197 奪われた身体
カーディナルは語る。
「わたしはすでにこいつと一心同体。力が強まる夜にだけ、身体を変化させて元の姿に見せかけているだけなのさ。ええっ!?」
説明の最後に同じ口から驚きの声を上げたのは、ラインさんの元の声だった。
「そ、そんな、冗談でしょう? 冗談じゃない、本当だよ。なんでボクに取り憑いたんですか!? 都合が良かったから、隙だらけだったし。出て行ってください! 嫌だよ、っていうか元の身体は朽ちちゃったから、自己生成できるだけの輝力が溜まらないと無理。そんなのあんまりです!」
ラインさんの表情はニヤケ顔と困り顔を交互に繰り返している。
はたから見ていると面白いけれど、本人は大変なんだろうな……
「いいか、わたしはこいつを人質にとっていると思え。おまえたちが変な真似をすれば、こいつの首は即座に胴から離れるよ」
そう言ってカーディナル=ラインさんは自分の首をスッと切るジェスチャーをした。
「それとも、わたしをこいつごと殺してみる? え、ええええっ!?」
「……いや、やめておく」
ジュストくんが剣を鞘に収めた。
直後に輝攻戦士状態も解除される。
「そうしてくれると助かるよ。新しい宿主探しは面倒だし、こいつは輝力も高くて住み心地がいいからね」
住み心地がいいと言われたラインさんが涙目になる。
ケイオスの住処扱いとか、ちょっと気の毒。
「ひとつ聞きたい。本来の姿を現している時にお前が死んだら、ラインさんはどうなる?」
ラインさんが、いや、カーディナルが眉を吊り上げた。
パッと見は同じ顔だから、今がどっちなのか判別しづらい。
「その場合は先にわたしの精神が死ぬから、宿主が無事に分離できる可能性は高いかな?」
「だったら、また夜を待って決着をつける」
「ちょ、ちょっとジュストくん、本気?」
まともに戦ってもカーディナルにはかなわないから、昼間に探し出そうとしたのに!
「けど、すぐにじゃない。今夜は無理だが、数日以内に必ずお前を倒す」
「なに考えてるのか知らないけど、それまで大人しく待ってろなんて言わないよね? わたしはもっと輝力が欲しいんだから、これからも獲物を狩り続けるよ」
「……わかった、それでいい」
ジュストくんは苦々しげな顔で頷き、そして私を見た。
「ルー」
「は、はい」
「しばらくコイツを放っておこう」
「えーっ!?」
な、なに言ってるのよ!
カーディナルをこのままにしておいたら、被害者が増え続けるばっかりなのに。
「で、でも、こいつが傍にいるってわかってるのに、知らないふりして過ごすのはかなりイヤかもっ」
「ボクはもっとイヤですよぉ。今すぐなんとかしてくださいよぉ」
星輝士のくせに弱音を吐くラインさん。
元はといえばあなたがこんな奴に乗っ取られるのが悪いんじゃないのよ。
「けど、今のままじゃどうにもできない」
「それはそうだけど……」
「夜は王城に戻って、絶対に出歩かないようにしよう」
納得はできないけれど、今のままじゃ勝ち目がないのも間違いない。
きっとジュストくんには何か考えがあるんだ。
数日以内にカーディナルを倒せる秘策が。
「好きにすれば良いよ。その代わり、わたしの邪魔をするなら遠慮なく血祭りに上げるから」
ちまつり!
「……わかった」
わ、わかったじゃないよぅ。
ジュストくん、本当に信用していいんだよね?
何を考えてるか知らないけど、絶対にカーディナルをやっつける方法があるんだよね?
「ルー、勝手なこと言ってごめん。くれぐれも気をつけて生活してくれ」
「わ、わかった。けど、私が危なくなったら、ぜったいに助けに来てね?」
ジュストくんは真剣な表情で頷いた。
その姿を満足そうに眺めた後、ラインさんの体を乗っ取ったカーディナルは、楽しそうに口笛を吹きながら、私たちに背中を向けてどこかへ去っていった。
※
「おはようございます」
「あ、フレスさん、おはよう」
博士の部屋に行くと、いつもと変わらないフレスさんの笑顔が出迎えてくれた。
いや、心なしか前にも増して嬉しそうに見える。
「何かあったの?」
「いえね。最近、患者さんたちの具合がよくて、つい私も嬉しくなっちゃいまして」
私はベッドで上体を起こしている吸血鬼被害者さんたちを見回した。
記憶にある限り、被害者たちはその綺麗な顔を弛緩させ、呆けた表情で虚空を見つめていたはずだ。
なのに、いま彼らの表情はどこか落ち着いて見える。
少なくとも端整な顔を醜く歪めたりはしていない。
ビッツさんも穏やかな表情で眠っていた。
「この人たち、話したり動いたりはできないけど、ちゃんと外の情報を認識しているんですって。感情を表現することはできないけど、心を込めて看病すれば穏やかな気持ちになってくれるんですよ」
へえ。
フレスさんの献身的な看病に、心を奪われたはずの人たちも嬉しくなっちゃうんだ。
「それってまるで慈愛の天使の祝福みたいだね」
「やだ、よして下さいよ」
照れたようにパタパタと手を振るフレスさん。
……見たところ、何の異常もない。
「あの、ラインさんはいる?」
「ラインさんですか? えっと、確か買出しに出ていたと思いますけど」
「最近、何か変わったところない? たとえば、変に体を触られるとか」
「やだなぁ。せっかく手伝ってくれている人にそんなことしませんよ」
振り向くと、開きっぱなしになっていたドアのところにラインさんが立っていた。
彼は買い物かごを片手に近づいてくる。
私はとっさに身構えたけど、彼は買ってきた果物をフレスさんに渡すと、空になったかごをテーブルに置いた。
「ボク、そんな疑われるような態度してますか?」
「いいえ。ラインさんは誠実な人ですし、とても信用できる方ですよ」
「そ、そう。それならいいんだけど」
フレスさんがフォローし、ラインさんは私の肩に手を置いた。
それだけで背中が凍りつきそうになる。
「ちょうど良かった。ちょっと話があるんです。患者さんたちの前で話し込むのもなんですし、静かな場所に移動しませんか?」
私は振り向くこともできず、ただ首を縦に振った。
※
「困るね。他言しないっていう約束だったのをもう忘れた?」
ラインさんは……
いや、彼にとりついているカーディナルは、エレベーター前に私を連れてくるなり、本来の彼女の声色で喋り始めた。
実はさっきのやりとりで喋ってたのも全部カーディナルである。
「こっちは約束を守ってあげてるのにさ。もし気に入らないなら、女も爺さんも殺しちゃうけど?」
「……ちょっと心配になっただけだよ。しゃべるつもりなんてなかったし」
カーディナルは「どうだかねー」と疑うような声で私を責めた。
「博士やフレスさんに手を出せば、ボクが大声で輝士団に報告します。わたしは構わないよ。そうなったらミナゴロシにして逃亡するだけだから」
一つの口で二種類の声色を使い分け、とりついた魔物ととりつかれた人間が口論する。
その光景は、はたから見たら奇妙な一人芝居にしか見えない。
「けどそれは面倒だし、もうしばらくガマンしてあげる」
あの日の翌日、私は改めてカーディナルと会って約束をしてもらった。
ジュストくんと約束した再戦の時まで、フレスさんに手を出さないでって。
それに応える代わりにこちらもカーディナルがラインさんに取り憑いていることを口外しない。
輝士団の人たちはもちろんジュストくん以外の仲間たちにもだ。
いま現在、ダイやフレスさんは事情を知らず、通常通りの生活を送ってもらっている。
ダイはともかく、フレスさんは強い輝力を持っている。
しかも彼女は吸血鬼被害者の看護のため、ずっとラインさんの傍にいる。
カーディナルは強い輝力を持つ人間ほど食べたいと思っているから、油断していたら昼間でも危ないと思ったからだ。
ちなみにダイは少し前にベッドから抜け出し、王城の客室でふて寝している。
約束はしたけれど、私はフレスさんが心配で時々顔を出している。
今のところ、カーディナルは約束を守ってくれているみたいだけど……
今日来たら、患者の数はまた一人増えていた。
カーディナルは吸血鬼としての行動をやめるつもりはない。
「みてなさい、そのうち、ぜったい退治してやるんだから」
「楽しみに待ってるよ」
私は精一杯の強がりを込めて言った。
カーディナルは全く意に介さず、背中を向けてヒラヒラと手を振った。
「抵抗されないのも、それはそれで退屈なんだ。いつでも遊びにおいで」
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