188 少年剣士VS吸血鬼

 部屋に戻ると、ダイは「もう食えない……」とか寝言を言いながら、幸せそうな顔で眠っていた。


 この子が伝説の勇者なんて……

 ないない。

 ぜーったいない。


 ま、腕は確かだから、頼りにはしてるけどね。


 夜まではまだ時間がある。

 捜索を開始するには中途半端な時間だ。

 せっかくだから、ビッツさんのお見舞いでもしてこようかな。


 それともジュストくんを探そうか。

 どこに行っちゃったか知らないけど、連絡くらい取っておかなきゃね。

 ちゃんとした輝攻戦士になれるよってことも伝えておきたいし。


 とは言っても、この広いアイゼンの街で日が暮れるまでに人を探すのは難しい。

 私は廊下に出て近くにいた兵士さんに声をかけて、ジュストくんを探すよう頼めないか聞いてみた。


「お任せ下さい」


 兵士さんは快く了解してくれた。

 何人か捜索者を出すので、見つかり次第知らせてくれるって。

 よかった、良い人で。


 ふぁ……

 ベッドに腰掛けたら、なんだか眠くなってきた。

 よし、ちょっとだけ寝よう。


 私は横になって、隣で寝ているダイの顔を覗き込んだ。

 無邪気な年下の男の子の寝顔。

 こうして見てると、結構可愛いんだよね。

 喋らなければね。


 私は寝返りをうち、瞳を閉じて眠りの世界に落ちていった。




   ※


「ねぇ、本当に行くの?」

「だからそう言ってんだろ。何度も言わせんな」


 ゼファーソードの手入れをしているダイに、四度目になる同じ質問をする。

 けれど、返ってきた答えは過去三回と変わらなかった。

 夕方から寝ていたせいか、夜中の十二時近くだというのに元気一杯だ。


「せめてジュストくんが見つかるまで待とうよ。それか、メルクさんかザトゥルさんに協力を頼んで……」

「必要ねーって。吸血鬼だかなんだか知らねーけど、オレが一人で退治してやるからよ」


 兵士さんに捜索を頼んでいたけど、結局ジュストくんは見つからなかった。

 公共の場やホテルは全部調べてくれたらしいけど……

 いったい彼はどこで何をしているんだろう。


 剣を鞘にしまい、ダイはゆっくりと腰を上げた。


「オマエも来なくていいぜ。若い男が一人の方が狙われやすいんだろ?」


 そうかもしれないけど、一人で行かせるわけにいかないでしょ。

 私とジュストくんの二人がかりでもやられそうになったんだし、カーディナルはいろんな人の輝力を吸って、あの時より強くなってるかも知れないんだから。


「ううん、行く。ちょっと離れた場所で見てるから」


 ダイの力は知ってるけど、今回の敵は絶対に侮れるような相手じゃない。

 いざという時はすぐに協力できる場所で待機していないと。


「なら勝手にしろ」


 そう言ってダイは部屋を出ていてしまう。

 私はため息をついて、彼の後を追いかけた。




   ※


 吸血鬼騒ぎの影響なのか、これだけ大きな街だというのに、夜中はやけに静まり返っている。

 それでも繁華街の方は明かりが絶えないけれど、そんなところにやつが現れるわけはない。


 ダイは地図を片手に、最も吸血鬼の出現率が高いと言われる西地区の住宅街へと向かって行った。

 かなりの距離はあるものの、定期機動馬車はもう走っていないから、根気よく歩いて行くしかない。


 途中、二十四時間営業のショップで飲み物を買って水分を補給。

 西地区の住宅街にたどり着いたのは夜の二時を廻った頃だった。


 ダイは街灯の下で腰を下ろすと、その場で待機状態に入った。

 私はすこし離れた位置で彼を監視する。

 カーディナルが現れた時、いつでも対処できるように。

 そして待つことしばらく。


「来ないな……」


 一時間経っても、カーディナルは現れなかった。

 ダイは何をするでもなく座り込んでいる。


 ふわぁ、退屈で眠くなってきた……

 傍に行って話しかける訳にもいかないし……


 ただ待つ時間は物凄く退屈で、次第にお腹も減ってきた。

 いくら夕方に寝たからって、夜の三時なんて眠いに決まっている。


 そもそも、今夜も必ず現れると決まったわけじゃないんだよね。

 吸血鬼は西地区だけに出没してるわけじゃないし。

 一晩中待っていたところで無駄に終わる可能性は十分にある。


 朝までこうしてるのは辛いなぁ……

 さっきのショップに戻って、食べるものでも買ってこようかな。

 いやいや、その間にダイが襲われたら大変だ。

 今日はしっかり我慢して、もし明日もまた張り込むようなら、その時はいろいろ準備してから来よう。


 って言うか、今日は現れない方が本当はいいんだよね。

 明日、ジュストくんを見つけて三人で、もしくはザトゥルさんたちと協力してちゃんとした計画を立ててから改めて――


 ざわり。

 覚えのある悪寒がして、私はダイの方を振り向いた。

 彼はまだ気づいていない。

 声をかけようとした瞬間、それは突然上空から舞い降りた。


「ダイっ――」


 私の声に反応したのか、迫り来る気配を察知したのか。

 ダイはゼファーソードを鞘から抜いた。

 剣を振り挙げ、頭上から降ってきたカーディナルの一撃をみごとに受け止めた。

 動きが止まった一瞬、カーディナルの視線が私を向く。


「あれ、この前の小娘じゃないか」


 カーディナルはにやりと小悪魔的な笑みを浮かべた。

 たいして力を入れた様子もなく、大剣を支えにしてふわりと宙に浮く。

 彼女は近くの家の塀に飛び乗った。


「あら。わたし、罠にはめられちゃったのかな?」


 言葉とは裏腹に、カーディナルの口調は余裕そのものだ。

 真っ黒な衣装を夜風にはためかせながら、楽しそうに笑っている。


「カンチガイすんな、ソイツはただのオマケだ。戦うのはオレ一人だぜ」


 ひとのことオマケとか言うな!

 どうやらダイは本当に一人で戦うつもりらしい。

 剣先をカーディナルに向け、すでに輝攻戦士化している。


「うわあ、輝攻化武具とか。また紛い物じゃないか」


 すごい嫌そうに目を細めるカーディナル。

 ジュストくんが私の力を借りて輝攻戦士化しているように、ダイは輝攻化武具の力で輝攻戦士化している。

 カーディナルにとって、ダイもまた対象外なんだろう。


「ちゃんと自力で輝攻戦士になってよね。わたし、道具からは輝力を吸えないんだから――」


 言葉は最後まで聞かず。

 ダイは地面を蹴って飛び上がった。

 塀の上のカーディナルの足を勢いのままに斬りつける。


「紛い物かどうか、試してみやがれ!」

「せっかちだね。相手してあげないとは言ってないじゃない」


 その一撃は縦に構えた大剣で難なく受け止められる。

 攻撃を受け止めたカーディナルは、ダイに向けて雷の矢を放った。


 ダイは後ろに飛んで避ける。

 電撃の矢は金属製の武器で受ければダメージが素通りしてしまう。

 それはすでに伝えてあるので、軽装で回避に特化ているダイの戦闘スタイルは、むしろカーディナル相手には有利かもしれない。


「おいで、坊や。遊んであげる」


 カーディナルはふわりと地面に降り立った。


「へっ。すぐに終わらせてやる……よっ!」


 ダイが再びカーディナルに斬りかかる。

 一気に間合いに入り、得意の連撃を繰り出す。

 しかし…… 


「ほらほら、そんなもの?」


 ダイの攻撃は当たらない。

 カーディナルは術も恐ろしいけど、接近戦の強さも相当なものだ。

 ダイの太刀筋を完璧に見切り、最低限の動作で攻撃を避けている。

 

 その動きにはまだまだ余裕が見られる。

 やっぱり、ここは二人がかりで戦うべきだ。


「ダイ、距離を取って! 私が後ろから援護するから!」

「……ちっ」


 数相手の強さを肌で感じたのか、ダイは素直にカーディナルから離れた。

 パフォーマンスのつもりなのか、カーディナルは片手で大剣をくるくる回し、勢いよく地面に突き刺した。


「昨日は上物を食べたから余力はあるし、もう少しだけなら付き合ってあげるよ」

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