189 拒絶

「なめやがって……!」


 挑発的なカーディナルの物言いを受け、ダイが反射的に飛び出そうとする。

 私は彼の背中を掴み、感情的になって飛び込むの止めた。


「ダメだよ、近づいたら輝力を吸われちゃう。私が援護するから、距離をとって――」

「うるせーよ」


 ……なんだと?


「うるせーじゃないでしょ! アイツの強さは普通じゃないんだよ、やられたくなかったら、落ち着いて冷静に戦わなきゃ!」

「そっちの小娘の言うとおりだよ。自信過剰は痛い目みるよ」

「うるせえ! おい、いいかルー子。絶対に手を出すんじゃねーぞ!」


 ダメだ、完全に挑発に乗っちゃってる。

 ダイは私を大声で怒鳴りつけ、カーディナルに向かって駆けだした。

 なに考えてるのよ、あのバカ!


「そんな攻撃じゃわたしは倒せないよ」


 カーディナルがダイの攻撃を正面から受け止める。

 刃が交わり、両者の動きが硬直した。

 瞬間、カーディナルは空いた左腕から小さな雷の矢を放つ。


「ぐっ……!?」


 ダイの体がわずかにブレる。

 どうやら直撃を食らったみたいだ。


「あれ、こんなのにひっかかっちゃうんだ?」

「ちっ!」


 それでもダイは怯まない。

 接近して攻撃を繰り返す。

 けれど、その動きにはもうキレがなかった。

 

 カーディナルはダイの攻撃を易々と避ける。

 攻撃を逸らしつつ、小さな雷の矢を撃つ。

 そのたびにダイの体力は確実に奪われていく。


 援護しなくちゃと思うけれど、ダイが絶えず動き回っているせいで、輝術を撃つチャンスがない。

 なのに、距離を取って戦おうって気は微塵もないみたい。


 それにしても、カーディナルの強さだ。

 普段は生意気なダイだけど、戦いに関してはかなり信頼している。

 贔屓目なしに見ても、ジュストくんと互角以上なのは間違いない。

 そのダイが、こうも簡単にあしらわれるなんて。


「この野郎、いつまでもネチネチと!」

「こんな可愛い女の子をつかまえて野郎はひどいな。おまえが貧弱な攻撃しかしないから、わたしも仕方なく手加減してやってるんだよ」

「このっ……!」


 ダイは後ろに跳んで距離を離すと、剣を鞘にしまった。


「あれ、もう降参――」


 次の瞬間。

 ダイは一気に距離を詰める。

 すれ違い様に鞘から刃を抜き、斬りかかる。


 ダイの必殺技『一ノ太刀』

 その威力は輝攻戦士化していなくても相手の武器を真っ二つにしてしまうほど。

 さらに、攻撃スピードはまさに最速。

 

 だけど。


「な……」


 敵の鼻先を刃が掠める。 

 私が流読みを使っても、ほとんど動きが見えないダイの最速の必殺技を。

 カーディナルは最小限の動きで避けてみせた。


「遅いよ」


 チッチッと指を振るカーディナル。

 ダイは攻撃を避けられたのがショックだったのか、呆然としてしまっている。

 その隙が大きな命取りになる。


「もう遊びは終わりかな? じゃ、おやすみ」


 カーディナルは無造作にダイの後ろに回り、彼の両肩を掴んだ。


雷撃衝破トルティ・インパクト

「ぐあああああっ!」


 まばゆい閃光が私の目を灼く。

 轟音が耳を打った。


 さっきまでチマチマ使っていたのとは比べ物にならない威力の電撃だ。

 視界が真っ白になる。

 ダイの絶叫が耳を打つ。


「ダイっ!」


 呼びかけに対する返事はない。

 もしかして、やられちゃった……?

 私は視力が戻るのを待って、ダイの姿を探した。


「ちっ。また狙ったようなタイミングだね」


 最初に聞こえたのは、不満げなカーディナルの声。

 徐々に戻った視界の中、数人の人影を確認した。


 カーディナルと向き合うように立っているのは二人の剣士。

 星輝士の五番星、ザトゥルさん。

 そして、フラフラのダイを抱きかかえているジュストくんだった。




   ※


「ようやく真打登場、かな」


 突然の援軍にもカーディナルは少しも動じていない。

 それどころか、ザトゥルさんの姿を確認すると、さっきより楽しそうに笑った。

 

 ザトゥルさんは油断なく敵との間合いを計っている。

 その気迫は圧倒的だ。

 カーディナルも迂闊に踏み込もうとはしない。


「ルー、大丈夫か」


 ジュストくんがダイを背負いながらこちらにやってくる。


「私は平気。それより、ダイは?」

「輝粒子は破られているけれど、命に問題はなさそうだ」


 ダイの無事を確認し、ホッと息を着いた。

 けれど、まだ安心できるわけじゃない。

 あのダイがこれほどまでに一方的にやられたんだ。

 黒衣の妖将カーディナル、その強さは間違いなく本物。

 いくらジュストくんたちが来てくれたとはいえ、まだまだ油断はできない。


「と、とりあえず、ジュストくんも輝攻戦士に……」


 なっておいた方が良い、と思って私は手を伸ばした。

 けれどジュストくんは身体を引っ込め、首を横に振って拒否した。


「ダメだ。僕はもうルーの力を借りられない」


 はっきりと、拒絶された。

 ……なんていうか、ショックだった。

 何があったか知らないけど、今まで普通にやってきたのに。


「ドレイって言われたの、そんなに気にしてる?」


 隷属契約スレイブエンゲージをした輝攻戦士がドレイ輝士って呼ばれているとか、そんなの関係ないと思っていたのに。


「私は気にしないよ。ジュストくんは大事な仲間だし、ドレイとかそういう風に思ったことないよ」


 そんな場合じゃないってわかってる。

 でも、言葉を抑えることができなかった。

 戦うにしろ、ダイをつれて逃げるにしろ、輝攻戦士になった方がいいに決まってる。

 それでも拒否するなんて、ピンチになっても私から力を借りるのがイヤだってことなの?


「そうじゃない。けど、もう力は借りられないんだ」

「じゃあ私一人で戦うから。ジュストくんは早くダイを運んであげて――」

「ルー!」


 背中を向けた私を振り向かせようと、ジュストくんが腕を力いっぱい掴む。


「痛っ……」

「あ、ごめ……」


 ジュストくんが慌てて手を離す。

 私は彼と視線を合わせないよう、わざと下を向いた。


 いえ、怒ってるわけじゃないんです。

 あの、そんな場合じゃないってわかってるんですけどね。

 ふいに触れられたことで、ドキドキしてしまいまして……


「理由は後で説明するから、ともかく今は逃げるんだ」

「け、けど、ザトゥルさん一人じゃ……」


 やだ、私ってば声が上ずってる。

 ほっぺたが熱くて顔も上げられないですわよ。


「心配ない。今はザトゥルさんに任せて、早くここから離れるんだ」


 彼らしくない、有無を言わせない強い口調だった。

 確かに今の私たちじゃカーディナルには敵わない。


「わ、わかった。けど、逃げるにしたって輝攻戦士になった方が……」

「大丈夫。僕たちを追ってくる余裕はないはずだだ」

 

 ジュストくんの言うとおり、カーディナルはザトゥルさんとにらみ合ったまま動かない。

 私たちなんか眼中にもないって様子だ。


 確かに、いまなら逃げられそうだけど……

 輝攻戦士化したほうが確実なのは間違いないのに。

 やっぱり嫌なの?


「ザトゥルさんが仕掛けると同時に走って逃げよう。いいね」


 私は無言で頷いた。

 にらみ合ったままの二人を見る。

 ザトゥルさんが飛び込んだ。

 大きな剣を振り上げ、カーディナルに斬りかかる。


「今だ!」


 ジュストくんの掛け声と同時に、私たちは後ろを向いて走り出した。


「あれ、仲間は逃げるの?」

「余所見をしている暇はないぞ!」


 背中ごしにザトゥルさんとカーディナルの声が聞こえる。

 私は前を行くジュストくんを追いかけ、振り向くことなくその場から逃げ出した。

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