183 奴隷輝士

 エレベーターが二十八階に到着した。

 私たちは博士の部屋のドアをノックする。


「すいません。昨日の――」

「空いてるよ! 入ってきな!」


 え、いいのかな。

 昨日は部外者は立ち入りみたいに言ってた気がしたけど。

 まあ突っ立っててもしかたない。

 私たちは部屋の中に入った。


 部屋の中は何に使うんだかよく分からない大型の機械マキナが並んでいて、中央には映水機らしい四角い箱がある。その映水機の前に博士が座っていた。


「ったく、よりによって一番厄介な奴が運ばれて来おった。おかげで買出しにも行けん」

「マルスさんは、やっぱり……」

「ああ。完全な吸血鬼被害者だ。いまはメルクに看病させている。あんたらのお仲間もいるから、会っていくか?」

「あ、でも。部外者が立ち入るのはマズいんじゃ」

「心配いらん。ラインは技術の漏洩を気にしておるが、素人が見てもわかりゃせんよ」


 博士の許可を得て奥の部屋に通された。

 窓一つない博士の部屋とは対照的に、一面の窓ガラスから日差しが差し込む明るい部屋。

 部屋の中には十数のベッドが並んでいて、それぞれに吸血鬼被害者らしい人たちが眠っている。


「あ……」


 メルクさんが私たちに気付いた。

 彼女は気まずそうに顔を伏せ、マルスさんの頭に乗せたタオルに手を触れた。


「すみません。あなたたちの仲間を救うどころか、こんな結果になってしまった」


 マルスさんの目はうっすらと開いていて、美しい顔をだらしなく呆けさせている。

 彼のこんな姿を見たら、下の人たちは卒倒してしまうかもしれない。


「戦ったんですか、吸血鬼と」

「ええ。まるで歯が立たなかった」


 ジュストくんが質問すると、メルクさんは悔しそうに歯噛みをした。


「星輝士が二人がかりでも敵わなかったんですか?」

「はい、残念ながら……」


 彼らしくない、傷ついている彼女に追い討ちをかけるような言い方だった。

 メルクさんは伏せていた顔を上げる。


「マルスが囮になり、二人がかりで黒衣の妖将を追い詰めるつもりでしたが、敵はその作戦を見抜いていたのです。物陰に隠れていた私が思いがけず攻撃を受けたことに気を取られ、マルスは抵抗らしい抵抗もできずに輝力を奪われてしまいました」

「マルスが倒された後、お前は何をしていた?」


 私たちの視線が一斉にドアの方に向く。

 いつの間にやってきたのか、険しい顔のザトゥルさんが立っていた。

 メルクさんは椅子から立ち上がり素早く敬礼をした。


「ざ、ザトゥル先輩。このたびは……」

「質問に答えろ。お前は何をしていたと聞いている」

「はっ! マルスがやられた後は一人で挑みましたが、黒衣の妖将にはまったく歯が立ちませんでした。攻撃は全く通用せず、夜明けまで遊ばれた挙句、逃亡を許してしまいました」

「お前たちの失態のせいで、今後どれだけの影響が出るかわかっているのか」


 えっ、そんな言い方って……


「星輝士に敗北などあってはならない。不安に怯えた下の民衆を見たか、お前たちは帝都における我々の信用に泥を塗ったのだ」

「……言葉もありません」

「相手の力量を甘く見、勝手な行動を起こした結果がこれだ。軽率な行動が帝都に余計な混乱を――」

「そっ、そんな言い方は、あんまりじゃないですかっ?」


 つい口を挟んでしまった。

 ザトゥルさんの険しい瞳が私を向く。

 け、けど、ちょっと酷いと思ったし!


「め、メルクさんだってお兄さんをやられて悲しいのに、そんな言い方は酷いと思います!」


 ザトゥルさんはしばらく私の顔を眺めていた。

 けど彼は何も言わず、すぐにメルクさんに視線を戻して説教を再開した。


「普段から口厳しく言っているだろう。分不相応な功績を求めれば、必ずそれ以上の汚名を被ることになると。今回の相手はお前たちには荷が重すぎたのだ」


 え、無視?


「ちょっと、人の話を――」

「ルー、やめるんだ」


 ムキになって詰め寄ろうとした私を、ジュストくんが後ろから抱き留める。


「これは星輝士同士の問題なんだ。気持ちはわかるけど、口出ししない方がいい」

「でも、あんな言い方……」

「元気な娘だ」


 ザトゥルさんが私を見て肩をすくめた。

 話を聞いていると、どうもマルスさんの吸血鬼退治は独断によるものらしい。

 情報を共有しなかったのも、ザトゥルさんが吸血鬼退治に反対していたからみたい。

 だからって、大切な人をやられて落ち込んでいるメルクさんを責めるのは、どうなのって思うけどさ。


「ザトゥルさん、やはり僕たちも手伝います」


 落ち着いた私を解放してから、ジュストくんが言った。


「六番星を手玉に取るほどのケイオスなら、ザトゥルさんでも一人では厳しいはずです。みんなで協力して確実に退治しましょう」


 そ、そうだ。ジュストくんの言うとおり。

 私たちがマルスさんの仇を討って、メルクさんの悲しみを晴らしてあげよう。

 最強クラスの輝攻戦士が敵わない相手に、私たちが力になれるかはわからないけど……


「ダメだ、部外者の手を借りるわけにはいかん。これは星輝士の名誉に係わる問題なのだ」

「名誉が大事なのはわかりますが、街の人の不安を取り除くことが先決でしょう」


 おお、そうだよ、その通り。

 まずは街の平和が第一。

 さすがジュストくん、もっと言ってあげて。


「マルスさんがやられたことで、アイゼンの人々は大いに不安になっているはずです。この上、五番星であるザトゥルさんまで敗北したら、不安を感じた市民が暴動を起こす可能性も――」


 ザトゥルさんがジュストくんの胸倉を思いっきり掴みあげた。

 な、なにするの!?


「お前は、万が一でも俺が敗北すると思ってやがるのか」

「万が一も許されない状況だから言っているんです。僕だってこの街に思い入れがあります。ケイオスがのさばっている現状を放っておきたくはない」


 ものすごい怖い顔で睨まれても、ジュストくんは意見を譲らない。

 すごいすごい、がんばれがんばれ。


「のぼせ上がるなよ。自分が力を貸せば勝てるとでも思っているのか」

「そんなこと言ってません。戦力は多いほどいいと言っているんです」


 殴り合いに発展しそうなほど顔と顔を突き合わせる二人。

 噛み付かんばかりのザトゥルさんを真っ向から睨み返し、ジュストくんはハッキリと言い返した。


「けれど、自信はあるつもりです。僕はそれだけの修行を積んできた。戦い方も、大賢者様やあなたから教わった」

「……フン!」


 ザトゥルさんはジュストくんを突き飛ばし、くるりと背中を向けてドアの方に向かった。


「大賢者の下で何を学んだかは知らんが、ずいぶんと大きな口を叩くようになったな」

「どっちかっていうと、態度の悪さはあなた譲りですよ」

「ともかく、お前たちは動くな。俺には街の平和と星輝士の名誉の両方を守る義務があるのだ」

「二言目には名誉名誉って、そんなに名誉が大事ですか!」

「自分の力で輝攻戦士にもなれない半端ものが、偉そうな口をきくな!」


 わからずやなザトゥルさんに対し、ジュストくんもついに声を荒げる。

 けれどザトゥルさんはそれ以上の大声で彼を一括した。


「た、確かに僕は自分の力では輝攻戦士になれませんけど――」

「輝術師と隷属契約スレイブエンゲージを交わした輝攻戦士が、何と呼ばれているか知っているか?」

「……っ!」


 その質問にジュストくんが言葉を失う。

 呼び名とかあるの?

 輝攻戦士は輝攻戦士だし、気にしたこともなかったけど。


「……奴隷、輝士」


 やがて、ジュストくんは吐き捨てるように言った。


「どっ……」


 ドレイって、なにそれ。


「そうだ。契約を結んだ輝攻戦士の体は、力の源である輝術師の意のままに操られる。術者がその気になれば送り込んだ輝力を内部で爆発させて肉体を破壊することも可能だ。お前はその娘に首輪をつけられた奴隷、いや、飼い犬に等しい」

「わ、私はジュストくんにそんなことしないもん!」


 っていうか、そんなことできるなんて知りもしなかったし!

 ジュストくんの方を見ると、彼は言葉を失って突っ立ったまま。


「……大賢者の弟子であるお前たちに、皇帝陛下が特別に城の一室を用意してくださった。吸血鬼事件が解決するまでそこで休んでいろ」

「待って、話は終わってない――」


 ザトゥルさんは私の言葉を最後まで聞かず、部屋を出て行った。

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