154 ▽侯爵の館
侯爵の館へと往復する馬車が村から出ているそうなのでルーチェたちはその乗り場に向かった。
途中、館から戻ってきたらしい人とすれ違う。
中年の女性二人組のいわゆるフォーマーと呼ばれる人だ。
「久しぶりに充実したひと時を過ごせたよ……」
「やっぱり話が合う人が多いと楽しいねえ。昔の血が騒ぐって言うか、店に入ってからはとんと忘れてたことも次々と思い出して……はぁ、あの頃は良かったなぁ」
二人は魔動乱の頃はそれぞれ剣士、弓使いとして近隣を冒険していたそうだ。
今は近くの町で商売をやっているらしい。
「なんだ、やっぱりなんてことないじゃんか」
ダイが拍子抜けしたように言う。
実を言うと若い女を集めて怪しいことをしようと……などと邪推していたルーチェも安心した。
やはり単なる冒険者コミュニティを作っているだけようだ。
フォーマーと呼ばれる女性はどんなに若くても三十路を越えているはずである。
侯爵の趣味趣向までは知らないが、少なくとも帰って来れないような危険はなさそうだ。
ルーチェたちにとってはそれだけで十分である。
乗り場には既に馬車が待機していた。
「じゃ、行ってくるね」
「本当に二人だけで大丈夫ですか? 私も行った方がよくないですか?」
フレスが心配そうにルーチェの手を取る。
真剣に身を案じてくれている彼女の優しさが嬉しかった。
「大丈夫ですって。フレスさん、昨日は見張りの遅番であんまり寝てないでしょ。この機会にゆっくり休んでてよ」
「でも、やっぱり何かあったら……」
「別に変なことろじゃないって言ってたし、ダイのお姉さんがいなかったらすぐに帰ってくるから」
侯爵の館に向かうのはルーチェとダイの二人だけ。
流石にジュストやビッツまで女装させるのは無理があるし(少し見てみたいとは思うけど)、人探しに行くだけだからあんまり多人数で行ってもしかたない。
ルーチェだけはダイがボロを出さないようフォローするため付き添うことになったが、フレスまでつき合わせる必要はない。
「わかりました、じゃあせめて――」
フレスは目を閉じて、ルーチェの手を握りしめたまま何事か呟いた。
「え、なに?」
「おまじないです。ちゃんと無事に帰ってこれるようにっていう」
「あはは、ありがとう」
「おい、馬車出るってよ。はやく来いよ」
「ちょっと喋らないようにって言ったでしょ! 声で男だってバレるんだから! ……それじゃ、行ってくるね」
相変わらず女らしくするつもりが欠片も見えないダイ。
ルーチェはさっそく頭を痛めながら見送りの三人に手を振って馬車に乗り込んだ。
※
馬車の中にはルーチェとダイを含めて四人の人間がいた。
当然ながら、ダイ以外は女性なのだが……
「あんたも侯爵様の私設冒険者組合に興味があって来たのかい」
「は、はあ。まあ……」
乗り合わせた二人のうちの片方は、どう見てもルーチェの倍以上の体格がある大女だった。
太っているわけではない。
まるでクインタウロスのように筋肉ムキムキなのだ。
牛のようなバストがなければ、今のダイよりもよっぽど男らしく見える。
そんな人が話しかけてきたものだからルーチェはたじたじである。
「どう見てもフォーマーって年齢じゃないね。体つきからしても前衛職には見えない……ってことは親か親戚辺りが冒険者で、むりやり輝術を取得させられた見習い輝術師ってとこだろ。あたり?」
「は、はい。そんなところです」
若干の勘違いはあるがルーチェは素直に頷いておいた。
素性を言い当てたつもりになって気分を良くしたのか大女はニカッと歯を見せて笑う。
「そっちの娘は?」
「あ、彼女はいちおう剣士で……」
「そっか。あたしは冒険者時代はモンクをやってたんだ。モンクってわかるか? 肉体を武器に戦う武闘派修道士のことだよ。って言っても信仰心は全然持ってなかったんだけどな。魔動乱の頃は何匹ものエヴィルをこの拳でエヴィルストーンに変えてやったものさ」
素手でエヴィルを倒すなど本当かどうか疑わしい。
が、まんざら嘘とも言い切れないような強烈な威圧感を彼女が持っているのは確かだ。
元モンクの女性はさらに勝手に昔語りを始めた。
「人里離れた秘境を駆け、闇深いダンジョンを潜り、強大な敵に立ち向かった。どんな苦難も仲間と一緒なら乗り越えられた。しかも聞いて驚け。あたしの所属していたギルドのリーダーが以前に組んでいたパーティの参謀の兄貴の知り合いがすれ違った人が住んでいた街に偶然立ち寄った旅人が、なんとあの五英雄のひとりである剣舞士ダイスと手合わせしたことがあるんだ。いやぁ、あの頃は何をするにも楽しかったなぁ」
元冒険者の女性の話は延々と続く。
一応、ダイのことを聞かれたら同じ町の出身だとか、剣士なのに動きにくい服を着てるのは肌を見せられない理由があるとか、非常に人見知りで人と会話するのが苦手だとかいろいろ設定を考えていたのだが、この語りたがりの前ではそんな必要はなかったようだ。
結局、ルーチェは馬車が館に到着するまでひたすら思い出話に付き合わされた。
ダイと、もう一人馬車に道場していた小柄な金髪の少女は巻き込まれたくないと思っているのか、壁と向き合ったまま一言も喋らなかった。
※
馬車は館の手前で一旦停止。
門番らしい女性兵士がルーチェたちを出迎えた。
「ようこそクーゲルの館へ」
彼女は丁寧に一礼して四人を館の敷地内へと案内する。
長い間つまらない話を聞かされ続けたためルーチェは馬車から下りた途端に足もとがふらついた。
ダイが何も言わずに肩を支えてくれる。
「あ、ありがと」
「災難だったな」
ルーチェにしか聞こえない声で囁くダイ。
そう思うなら助けてくれても……と思ったが口を挟めば男とバレる可能性があるので仕方ない。
中庭を貫く石畳の上を歩く。
案内の女性兵士のすぐ後ろに元モンクの女性が続いた。
それから少し距離を離してルーチェとダイ。
金髪の小柄な少女はさらに二人から距離をとってついてくる。
やがて館の大扉の前にたどり着いた。
「どうぞごゆっくりしていってください」
ゆっくりと扉が開かれ中の喧噪が聞こえてきた。
大きめのダンスフロアーのような室内に何人もの女性たちがいた。
ある者は食事の乗った皿を、ある者はワインの入ったグラスを片手に、思い思いの談笑に興じている。
「私は今の旦那と一緒にあの火竜の谷に行ったことがあるんですのよ」
「封印の洞窟で見つけたスティーヴァ帝国時代の儀仗剣は今でも家宝として飾ってありますの」
「今は封じられてしまいましたが、わたくし冒険者時代は
「まあそれはすごい。私なんて
「今は輝術を使うにもいちいち教会に許可を取らなければいけないでしょう? とても面倒ですわ」
「それでも私のように封印処理をされるよりはマシよ」
「おお……おお……!」
元モンクの女性は目を爛々と輝かせてダンスルームの中に入って行く。
ルーチェは正直げんなりしていた。
それはダイも同じようでルーチェにだけ聞こえる声でボソリと呟いた。
「なにが私設冒険者組合だ。単なるオバサンの寄り合いじゃねーか」
「言い方は悪いけど同意かな。場違いなところに来ちゃった感じ」
一応、ルーチェと同じ年くらいの少女もいる。
だがほとんどが親らしきフォーマーの傍で退屈そうにしていた。
フィリア市に住んでいた頃、友だちのターニャが死ぬほどつまらないといっていた貴族会は果たしてこんな感じだったんだろうか。
「とにかく、ちょっと見てくるわ」
ダイはそう言うと一人でお姉さんを探しに行ってしまった。
フォーマーのおばさんたちはみな話に夢中になっている。
話しかけられても正体がバレる心配はないだろう。
一人になってしまったルーチェはどうして時間を潰すべきか悩んだ。
と、すぐ近くにさっき一緒の馬車に乗ってきた金髪の少女がいるのを発見する。
「ねえ、あの……」
なんとなく声をかけてみようと思って近づく。
ところが何故か金髪の少女はルーチェをちらりと見るなり逃げるように立ち去ってしまった。
「な、なによっ。逃げなくってもいいじゃない」
地味にショックだったが別に追いかけてまで話がしたいわけでもない。
別の人に話しかけてまた無視されてはかなわないので黙ってダイを待つことにした。
「そういえばいまの娘、どっかで見たような……?」
「戻ったぜ」
かすかな疑問が浮かんだが、深く考えるより先にダイが戻ってきた。
「どう、見つかった?」
「いや」
どうやら探し人はいなかったようだ。
お姉さんどんな人かは知らないけれど、ダイと同じ東国出身ならば見ればすぐにわかるだろう。
「ただ気になる話を聞いた」
二人は一応周りの目を気にしてホールの端に移動する。
テーブル席からこれだけ離れれば近くの人に声は聞こえないはずだ。
「なんでも侯爵の目にとまった奴はこことは別の場所に連れて行かれるらしい。剣術でも輝術でも、相応の技量を持った人間を特別に居館へ招待しているんだと」
「相応の技量?」
「一日に一度、侯爵がやってくる時間に自分の技を披露する機会があるらしい。ほとんどの奴にとってはお喋りついでの催し程度の認識らしいけどな。運よく選ばれれば侯爵から直々に雇ってもらえるかもしれないって話してたぜ」
「それって侯爵さまのお抱え兵士として働くってことかな?」
多くの元冒険者の中から実力のある人物を選別して自分の兵士として召抱える。
それが目的ならこの集まりの意味も理解できる。
時勢が時勢なので強い護衛はいくらいても困ることはない。
「あの人がそんな話に乗るとは思えないけど、一応な」
ダイのお姉さんは彼以上の剣術の使い手だという。
侯爵がどの程度の技量を合格ラインにしているかはわからない。
だがダイよりさらに強いのならばまず間違いなく選別には合格するだろう。
「で、侯爵はいつごろ来るの?」
早くもこの空間にうんざりしていたルーチェが尋ねる。
すると彼女たちが先ほど入ってきたのとは別の大扉が重い音を立てて開いた。
「噂をすれば、だ」
談笑の声が止み、やがて盛大な拍手に代わる。
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