153 ▽変装

「……どうしよっか」


 行商人の姿が見えなくなった後、馬車に戻った一行を代表してルーチェが最初に口を開いた。


「放っておけばいいだろう。我々には関係のないことだ」

「ビッツさんの言う通りだと思います。それに女の人だけを集めてなんて……なんか気持ち悪いです」


 ビッツとフレスは関わることに反対。

 ルーチェはちらりとジュストの方を見る。


「僕も同意見だよ。侯爵家が何を考えているのかは少し気になるけど、あの商人の言うとおり事件性はないと思う。ここはもうシュタール帝国との国境付近だしね」


 ファーゼブル王国やシュタール帝国などの五大国は自国領内はもちろん、周囲の小国にも監査の手を伸ばしている。

 圧倒的な武力を持つゆえに地方の警察としての役割も担っているのだ。

 隣国との国境付近は特にその目が厳しい。


 彼らの言い分は正しい。

 だがルーチェはその侯爵家のことが気になった。

 女性だけを集めた施設冒険者組合なんて、一体なぜそんなものが必要なのだろう。


「……オレは、そこに行ってみたい」


 ダイに一行の視線が集まる。


「なぁに、女の子がいっぱいいる所に行ってみたいの?」


 ルーチェがからかうように聞いたら無言で頭を叩かれた。


「いきなり殴るな!」

「うるせ。お前がむかつく顔してるからだ」


 歯をくいしばってにらみ合いを続ける二人。

 他の三人は苦笑いしながら眺めている。

 と、先に視線を逸らしたダイが誰に聞かせるともなく呟いた。


「もしかしたらオレの探している人がいるかもしれない」

「あ……」


 ルーチェはダイが一人で旅をしていた理由を思い出した。

 彼はミドワルドとは異なる文化圏である東国地方の出身である。

 住んでいた村が全滅してしまい、その時に近くを通りかかった大賢者率いる調査団に連れられ、遠く離れたミドワルトまでやってきたのだ。


 ダイが探している人物は一緒にこちらにやってきたと彼の姉である。

 調査団がエヴィルの襲撃を受けた際に離れ離れになってしまった、たった一人の故郷の生き残り。

 彼女を探すことがダイの旅の目的なのだ。


「そなたの探し人が侯爵の館にいるとして、どうやって潜入するつもりだ? 先ほどの行商人が言うには女性でなければ門前払いを食らうらしいが」

「とりあえず行ってみるさ。入れなかったらその時は何か手段を考える」

「侯爵の館ってここからどのくらいの距離があるんでしょうか。中に入れてもらえなければ次の町に着く前にまた野宿することになってしまいますね」


 フレスはさすがに二日続けての野宿を避けたいようだ。

 旅人としては贅沢な望みであるが、できれば暖かいベッドでゆっくり寝たいというのはルーチェも同意である。


「ならお前らは先に行ってろよ。オレは一人で行ってくる」

「勝手な都合での単独行動は避けてもらいたい。旅の日程に支障が出る」

「うるせえぞビッツ。そもそもオレはオマエらの都合に合わせる義理はねーんだよ」


 二人はしばしにらみ合いを続けた。

 馬車の中に険悪な雰囲気が漂う。

 そんな空気を撃ち消そうと、ルーチェが新たな提案を思いつく。


「ね。だったらいい考えがあるよ」

「なんだよ。止めてもオレは勝手に行くぞ」

「それで門前払いされたら意味ないじゃない。だったら一度みんなで次の町まで行ってから――」




   ※


「ただいま、ルー」


 街道沿いの小さな村の宿。

 ルーチェが五人分の軽食を運んで廊下を歩いていると、買い出しのついでに情報を集めに行っていたジュストが戻ってきた。


「おかえりなさい」

「半分持つよ。ダイは?」

「ありがとう。いまフレスさんたちが着替えさせてるところ……あ、終わったみたい」


 客室のドアがゆっくりと開く。

 中には笑いをかみ殺しているビッツと、楽しそうな表情のフレスがいた。

 そして二人の後ろに見知らぬ女性がいる。


 身長はルーチェと同じくらい。

 セミロングの薄茶色の髪。

 服装は飾り気の少ない長い袖のブラウスと足もとまで隠すロングスカート。

 見た目は非常に地味な田舎娘といった様子だが、


「あははははっ! かわいい、ダイってばすごくかわいいよっ!」


 その姿を見た瞬間ルーチェが指をさして大爆笑する。

 何を隠そうこの少女の正体はダイである。

 体格を隠すために大きめの服を着こみ、東国出身者の証である黒髪を隠すため、安物のカツラをかぶって女装したのだ。


「……っ!」


 ダイは顔を赤くしてルーチェに殴りかかろうとするが、慣れない服装のためスカートを踏んづけてしまう。

 その隙にルーチェはジュストの後ろに隠れて転びそうになったダイはフレスに支えられる。


「だめですよ。もっとお上品にしないと」

「うるさい! なんでオレがこんな格好しなきゃならないんだよ!」

「男の姿のままでは侯爵の館には入れないのだろう。大人しく諦めるか無視して旅を続けるか、どちらでも好きな方を選……ぷぷっ」

「笑うな! つーかそういう問題じゃねーんだよ! こんな格好したってすぐ男だってバレるに決まってんだろ!」

「そんなことないよ。かわいいよ」


 安全地帯で口元を抑えながらルーチェは笑いを堪えつつそう言った。


「本当はお化粧もしたかったんですけど、ダイさんがどうしても嫌だって……」

「化粧なんてできるか! ただでさえ気持ち悪い格好させられてるのにっ」

「いやいや十分素材の良さを引き出してるって。かわいいかわいい」


 なおもからかい続けるルーチェ、

 ダイの我慢は限界に達した。


「オマエいい加減に……」

「あ、危ないっ」

「危ない!」


 またも裾を踏んでしまい倒れそうになったところを今度はジュストがダイを支えた。


「あははっ。せっかくかわいいんだからおしとやかにしないと。ねージュストくん」


 ルーチェがジュストに同意を求める。

 ダイを抱きとめたジュストは間近で彼の顔を見つめながら、


「う、うん……可愛いと思うよ」

「ば……ばか。なに言ってんだよ。そんなこと言われたって嬉しくねーよ」

「そ、そうだよね……ごめん」


 ダイがなぜか顔を赤くして逃げるようにジュストから離れる。

 ジュストも頬を掻いてあらぬ方向に視線をさまよわせた。


「え、なにこの空気ちょっとやめてよどうしたの二人とも」

「ありだと思います……ありだと思いますよ」


 ルーチェが不安そうにうろたえフレスは口元に手を当ててニヤニヤしてる。

 さっきとは違った意味で非常に気まずい雰囲気だった。


「それでジュスト、侯爵について何かわかったのか」

「あっ、はい」


 そんな中、一人平静なビッツが皆を正気に戻す。

 ジュストは仕入れてきた情報を皆に伝えた。


「クーゲル侯爵が女性ばかりを集めているのは本当らしいです。近隣の町村にお触れを出して旅人や現状に不満を持つフォーマーを集めているらしいですね」

「フォーマーって何?」


 ルーチェが尋ねる。


「魔動乱期に活躍した冒険者のうち、戦後に一定の役職についた人たちのこと。簡単に言えば元冒険者ってところかな」


 魔動乱期の冒険者の中には輝士と同等以上の力を持った戦士や輝術師もいる。

 当時エヴィルと戦った功労者の働き口として国が能力に応じた仕事を与えているのだ。

 雇用提供と同時に、強い力を使って彼らが悪さをしないよう監視の意味も兼ねているのだが。


「だが平和な時代に元冒険者が力を活かせる場面はそう多くない。輝士団に入ったものの周囲との軋轢に耐えきれずに辞めていく者も多いと聞く。そもそもが自由と冒険を求めて世界を旅していたような人間たちだからな」


 ジュストの説明をビッツが補足する。

 その話もルーチェの知っていた常識とは違ったものだった。

 輝術師は国から選ばれた国家輝術師のみであり、冒険者たちは旅を終えるとそれぞれ故郷に帰って平和な時代に調和していったと学校では習った。


 以前に神父から言われたとおり南フィリア学園の――いや、輝工都市アジールの近代史教育には若干の虚実が混ざっているようだ。

 街の外に出なければ一生知ることもなかった話だろう。


「旅人の招集はともかくフォーマーの引き抜きは重大な違法行為だ。村の人間は不審に思っていなかったのか?」

「件の侯爵の信頼が厚いというのが大きいみたいですね。あの侯爵がやっていることならきっと正しいだろうと疑わずに信じているみたいですよ」

「民にとっての良き主が社会にとっての正義であるとは限らない。ある種の集団心理だな。クーゲル侯爵とやらが実際に何を企んでいるのかは知らぬが」

「別にそいつが何を考えてようとどうでもいいぜ。その館には入れるのか?」


 立ち振る舞いといい言葉遣いといいダイはまったく女性らしくするつもりがないようである。


「女性なら旅人だって言えばとりあえず館には入れるみたいだ。実際に館に行って戻ってきた人から話を聞いたけど、それなりの規模の冒険者のコミュニティになっているらしい」

「帰って来た者がいるということは拘束されるわけではないのか。ならば危険は少なそうだな」

「ただ男性の立ち入りは本当に徹底的に禁止されているみたいです。館に近寄ることすら許されないし、一人でも男が混じっていたら団体丸ごと追い返されるようです」


 なぜ女性だけなのか。

 それが唯一のきな臭さを感じる原因でもある。

 良くない想像をしてしまうのはルーチェたちが侯爵のことをよく知らないからか。


「とにかく行ってみるぜ。別に殴り込みをかけるわけじゃねーんだし、すぐに戻ってくるから待っててくれよ」


 考えたところで侯爵の考えなどわかるはずもない。

 まずは行ってみてダイの目的の人物がいなければそれ以上は干渉しない。

 冒険者コミュニティ自体はまともらしいから、行って帰ってくるだけなら問題もないだろう。


 心配事があるとすれば……


「いいけど、ちゃんと女の子らしく振舞ってよね。正体がバレて叩き出されたら嫌だからね」


 ダイがしっかりと女の子のフリをできるかってことだ。

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