149 ▽おんせん!
二人は並んで温泉に浸かりながら会話を続けていた。
「ちゃんと力を使いこなせるようになるまで、みんなを頼りにします」
「うん」
「ルーチェさんは凄いですね。沈んでた気持ちがふっとんじゃいました」
「そんなことないよ。偉そうなことを言っても私だって皆に頼ってるんだし」
だからこそ一緒に頑張れる仲間がいるのはルーチェにとっても嬉しい。
「お互いにフォローし合うのなんて友達だったら当たり前だしね」
「ともだち……」
何故か思いっきり顔を近づけてくるフレス。
心なしか瞳がキラキラ輝いているような気がする。
「私たち、ともだちですか?」
「え、う、うん。私はそのつもりだったけど」
「そうですか……ともだち」
嬉しそうなフレスの表情を見てルーチェは彼女の育った村を思い出す。
山奥の小さな村にはすぐ下の妹を除いて同年代の娘はいなかった。
もっと下の年代の子どもは何人かいたけれど、みんな年はかなり離れていたと思う。
友達というよりは保護対象という感じだっただろう。
「これからもともだちとしてよろしくお願いします」
「あ、うん……こちらこそ」
ギュッと手を握り体を密着させてくるフレス。
彼女の二の腕が胸に当たる。
フレスはほんのりと頬を染めながら凝視してきた。
「ルーチェさん、おっきいですね……」
「あ、あんまり見ないでほしいかな。恥ずかしいから」
ルーチェは慌てて体を離して胸元を手で押さえた。
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、別に……」
女同士なので過剰に気にすることはないのだが、まじまじと見つめられるとさすがに恥ずかしい。
フレスはなぜか急に真面目な顔になってルーチェの目を身ながら、
「あの、もしよかったら、ちょっとだけ触ってみてもいいですか?」
「えっ」
とんでもないことを言い出した。
「ダメ……ですか?」
「い、いや、それはその別にダメってわけじゃないけど」
「ちょっとでいいんです。軽くふにょっとさせてくれたら満足しますから。私たち、ともだちなんですよね? 軽いスキンシップくらいは円滑な交友関係のために必要だと思いませんか?」
いけない、なんだかマジっぽい。
学園に通っていた頃は冗談で友達に触られる事もあったし嫌がる事もなかったが、こんなふうに真剣にお願いされるのは恥ずかしすぎる。
というかいまのフレスはなんとなくヤバい。
「あ、見てあの柵! あの向こうは男湯なのかな!」
ルーチェは大声を出して不穏な空気を破ることにした。
「入口も隣り合ってたもんね。あんな小さな柵じゃ簡単に乗り越えられそう。覗かれないか心配だなー」
「あの三人に限ってその心配はないと思いますけど」
「ですよね」
紳士を絵にかいたようなジュスト。
まだまだ精神年齢はお子様のダイ。
王子様のビッツに至ってはそんな不埒なことは絶対にしないだろう。
「じゃあこっちから覗きに行ってみようかしら。なーんて」
「あ、それは面白そうですね! 私たちなら輝術を使えば簡単に覗けそうですし!」
単なる話題逸らしのための冗談だったのだが。
ノリノリで賛成されてしまってはまた別の問題が発生する。
※
「……何考えてんだ、あいつら」
頭を洗いながらダイが呆れた声で呟いた。
「ルー子だけならともかく二人揃ってバカなのかよ。うちの女どもは」
男性衆は黙って入浴していたのでルーチェたちは気づかなかったが、実は隣の会話は筒抜けなのである。
お湯の中でビッツがフッと笑った。
「いいではないか。少女らしくて可愛げがある」
「男湯を覗くとか言ってる女共のどこが可愛いんだよ。顔を見せたら桶でも投げつけてやろうか」
「気づかないフリをしてやるのが甲斐性と言うものだ……どうした、ジュスト」
「いえ……別に」
ビッツの隣ではジュストが口元までお湯につかり、なぜか視線を女湯とは逆の壁に向けている。
「おい、顔が真っ赤じゃねーか。浸かり過ぎてのぼせたのか」
「そう言ってやるな。そなたと違ってジュストは健全な男子なのだ」
「なんだそりゃ、どういう意味だよ」
「そなたもあと二、三年経てばわかろうよ」
※
「こうやって桶を積んで崩れないように
テキパキと行動しながらダメな方向に輝術の才能を発揮するフレス。
ルーチェも最初は戸惑っていたものの、なんとなく彼女の勢いに飲まれて止めることを忘れていた。
「そ、そんなに上手くいくかなあ」
「失敗することを考えてちゃだめですよ。ゆっくり堪能するつもりはありません。今後のために誰が一番おっきいのかだけ確認したらすぐに姿を隠します」
「今後のためって」
「さあ行きますよ」
「ちょっと待って、せめてタオルをまいてから――」
「なにやってんのあんたら」
桶を積み上げていた二人は同時に凍りついた。
恐る恐る振り向くと若い少女が汚らわしいものを見る目でこちらを見ていた。
くすんだ金色の髪はボーイッシュなショートカット。
一見すると少年のようにも見えるが、タオルで体を隠してることと、ここが女湯であることを考えれば女の子なのは間違いないだろう。
「い、いやその、これは」
「壁に引っかかったタオルを取ろうとしてました」
ルーチェが言葉に詰まって慌てているとフレスはさらりと嘘をついた。
あまりに悪びれなく堂々とした態度には逆に感心してしまう。
「嘘つくな、どうみても隣の風呂を覗こうとしてたじゃないか!」
「何を根拠にそんなことを言うんです。言いがかりをつけるなら承知しませんよ」
「言いがかりも何も積み上げた桶がれっきとした覗きの証拠――」
少女が途中で言葉をのみ込んだ。
今度が彼女の方が固まったままフレスの顔をまじまじと見つめる。
「あ、あれ? あんた、どこかで――」
フレスは目をパチクリさせて首をひねって考えた後、可愛らしくポンと手を叩いた。
「あ、この前の盗人さんじゃないですか」
「盗人?」
「はい。この前の町でダイさんの剣を盗もうとした子です。結局ビッツさんが捕まえたんですけど……女の子だったんですね、気づきませんでした」
少女はお湯から出るとダッシュで逃亡した。
フレスはタオルも巻かずに彼女の後を追いかける。
「逃がしませんよ、犯罪者!」
「覗きに言われたくない!」
裸のまま温泉の周りで追いかけっこを始める二人の少女。
その様子を見ていたルーチェはのぼせあがった気持ちが覚めてきた。
自分のしていたことを恥ずかしく思いながらもう一度温泉に浸かって足を延ばす。
……おや?
「っ、
「きゃっ!?」
フレスがいきなり足を滑らせ転倒した。
「フレスさん!」
「だ、大丈夫です……いたた」
幸いにも頭をぶつけることはなかったが膝と手のひらをすりむいている。
「大変。はやく手当てしなきゃ」
「平気ですよ、このくらい傷なら放っておいても治ります」
「ほら一度出ましょう。でも、その前に――」
ルーチェは掌から火の蝶を作り出した。
彼女のオリジナル輝術である
それを出口から逃げようとしていた少女の眼前に回り込ませた。
「うわっ」
とつぜん目の前に現れた火の蝶に少女は驚いてその場で尻餅をつく。
さらにルーチェは倒れた彼女の周囲に四つの火蝶を展開させて動きを封じた。
「フレスさんにケガをさせておいて、このまま逃がさないよ」
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