134 ▽通りすがりの救世主

「よっ。インヴェルナータ、だっけか?」


 明らかに場違いな余裕で話しかけてくる。

 なんでコイツがこんなところにいるんだろう。


「性格悪いのは知ってたけど、不良だったんだ? 成績優秀のお嬢様かと思えばいや、人は見かけに寄らないってゆーか」

「なっ……」


 こいつ、状況を理解してるのか?

 ナータが言えることではないがこれでは男たちの怒りに油を注ぐだけだ。


「おいてめぇ。いきなり出てきて何言ってん……」


 男の一人がジルに歩み寄る。

 そのゴツイ手を彼女の肩にかけた、次の瞬間。


「はっ?」


 男は空中で派手に回転した。

 背中から地面に激突し白目を向いて気絶する。

 男の手首はジルによってしっかりと極められていた。


 その場の誰もが呆然としていた。

 ジルに触れたと同時に男が思いっきり投げ飛ばされた。

 その様を目にしていても誰ひとり状況を理解できない。

 最初に静寂を破ったのはジルだった。


「おいおい、なんだよこいつ。おまえと同じで失礼な友だちだな」


 ジルは余裕の笑みを浮かべて周囲の男たちを見回した。


「それとも友だちじゃないのか? ひょっとしてピンチだったり? 優等生が裏でこんな頭の悪そうなのとつるんでたってよりは説得力あるかな」


 バカにしたようなジルの物言い。

 男たちはハッとして猛然と大声を張り上げた。


「てめぇ! 何をしやがる!」

「誰にケンカ売ってんかわかってんのかぁ!」


 頭の悪そうな怒声を浴び、ジルはやれやれと肩をすくめた。

 そしてナータの方を向き直るとよく通る声でハッキリと言った。


「助けて欲しい?」


 宿題手伝ってあげようか、とでも言うように。


「ばっ……」


 瞬間、ナータの怒りが恐怖を上回った。


「なにアホ言ってんのよ! あんたこれがどういう状況かわかってんの!? いいから、さっさと逃げなさいよ!」


 先ほどの投げ技から見てジルは何かしら武術の心得があるのだろう。

 だが状況を見てものを言って欲しい。

 いくら強くったって相手は八人。

 女手一人じゃどうしようもない数だ。

 しかも輝術師までいる。

 勝ち目があるはずもない。

 一歩間違えれば被害者が二人に増えるだけだ。


 だから無駄なことは止めてさっさと逃げなさい!

 そうナータは言っているのに。


「そんなことはどうでもいいからさ、助けて欲しい?」


 緊張感の欠片も見せずに繰り返すんだ。


「だから――」


 二人の男が動いた。

 大きく左右に開き、両側からジルに迫る。


「おらあっ!」

「死ねやぁ!」

「はぁ、仕方ない」


 ジルは動じない

 ぽりぽりと頭を掻き、軽く腕を振る。

 左半身を前に出して拳を握った。

 腰を下げて右腕を顎の下に引く。

 拳法の構えだ。


「やっ!」


 ジルが地面を蹴った。

 右側から迫ろうとしていた男の目の前に飛び出す。

 目にも留まらぬ速さで拳を突き出す。


 二発。

 そのまま反対側へ跳び呆然としていた左の男の顔面にハイキック。

 半回転して再度構えを取る。

 二人の男は既に地に倒れ付していた。


「は……?」


 ナータは間抜けな声を上げてしまった。

 彼女だけではなくその場の誰もが状況を理解できなかっただろう。


「事情は知らないけど、ケンカ売ったのはそっちだからな。恨むなよっ!」


 嬉々とした声で叫ぶジル。

 その声に触発されて残りの男たちが動いた。

 怒りに任せ我先にと飛び掛る。

 ジルは軽快なステップで間合いを取りながら応戦した。

 回し蹴り、中段突き、肘撃ち。

 絶えず動き回り、囲まれることなく確実に一人ひとりの顔面もしくは鳩尾に拳や蹴りを叩き込んでいく。


 流れるような連続攻撃だった。

 速いだけじゃない。

 繰り出す攻撃全てが体重を乗せた必殺の一撃。

 二発以上の攻撃を受けて立っていられる男はいなかった。

 五人が倒れたところで残りの男たちの動きが止まる。


「なんだ弱っちぃな。悪いことばっかやってまともに体動かしてないんだろ」


 そう言うジルの声は心底楽しそうだった。

 これだけ暴れておいてストレス発散くらいにしか思っていないようだ。


 まだ彼女が現れてから三分と経っていない。

 圧倒的だった。

 残っている男は輝術師を含めた二人だけだ。


「おまえ」


 ジルは銀髪の輝術使いに向けてびしぃっと指を差した。


「輝術の乱用による傷害。及び公共の場での多角……じゃなかった、多目……でもなく……いいや、とにかく衛兵に突き出してやるからな。覚悟しろ」


 いまいちシマリがない口上だったが堂々とした態度で言い放った。


「くっくっく……」


 しかし銀髪の輝術師は慌てるどころか、嘲笑さえ浮かべている。


「なるほどただの女ではないようだ。だが俺が輝術を使うところを見ていたのならば、その態度は賢いとは言えないのではないか?」

「誰がバカだと!」


 自覚があるのかジルは声を荒げた。

 つかつかと銀髪はジルに向かって歩み寄る。


「確かに輝術を用いての傷害は重罪だ。だからこそ黙って捕まる訳にはいかない。お前は強い、だが……」


 ジルとの距離二メートルほどの位置で銀髪の男は足を止めた。


「輝術を極めた俺にはかなうはずがない。いいか世の中はお前が思っているほど甘くはない。ただの女が輝術師に挑むなど――ぐごっ!」


 男は最後まで喋ることができなかった。

 一足跳びで間合いを詰めたジルが隙だらけの喉に思いっきり拳を叩き込んだのだ。


「そうやって脅せばあたしがビビるとでも思ったの?」


 喉を押さえて膝をつく銀髪を見下ろし、ジルは呆れたように声をかけた。


「普通は輝術師相手だと苦戦は免れないんだけど無警戒で近づいてくるようなバカで助かったよ。それに……」


 ジルはナータをちらりと見て、


「あいつを見捨てるわけにはいかなかったし――」

「あぶないっ!」


 ジルが余所見をした隙に銀髪の輝術師が懐からナイフを取り出した。

 慌ててナータが注意を呼びかける。


「さっ!」


 ジルは語尾を強め、男の顔面に疾風のような後ろ回し蹴りをお見舞いした。

 銀髪はたまらず意識を失って崩れ落ちる。


「さてどうする? こいつは輝術なんとか法違反だけど残りはただの婦女暴行未遂だ。大人しく捕まればそんな酷い罰は受けなくて済むと思うけど」


 ジルは残ったただ一人の男を向いた。

 最初にナータとぶつかった逆毛の男。

 構えを取り、いくらか威圧的に告げる。


「大人しく自首するならよし。もし抵抗するなら容赦しないよ。あたしも一応女だからこんな現場を黙って見過ごすつもりはないからね」


 軽い調子だがジルの声には怒りが込められていた。

 たとえナータが何かと気に食わない相手だとしても、集団で女を襲うような男は許せないと彼女は言っている。


「なっ、なめんなっ!」


 逆毛は懐からナイフを取り出すと血走った目でジルを睨みつけた。

 しかしジルは動じない。


「いいの? 罪が重くなるだけだよ」

「うるせえっ!」


 逆毛は顔を真っ赤にして怒鳴ったが次の瞬間には冷静な声に戻っていた。


「あんまりいい気になんなよ。こっちには……」


 男は震える足でゆっくりと移動すると、スッとナイフを下ろした。

 呆然とジルを見ていたナータの首筋にゾッとするくらい冷たい感触が走る。


「えっ?」


 一瞬遅れてナータは自分が人質にされたことに気づいた。


「こいつをエグってやるって言ったらどうするよ? お前がいくら素早くてもこの距離なら近づく前にグサリだぜ」

「うっ……」


 ジルの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。

 人質をとるとは思ってもいなかったらしく明らかにうろたえている。


「はっはぁ! 動くなよ? いいか、そのまま後ろを向いて下がれ! 俺がいいって言うまで振り返るんじゃねぇぞ!」

「……わかったよ、でも絶対にそいつを傷つけるんじゃないぞ!」

「いいからあっち向きやがれ!」


 二人のやり取りを聞いているとナータは恐怖よりも怒りがこみ上げてきた。


 な、なんなのよ。

 あたしはお荷物ってわけ?


 首筋にあたるナイフの冷たさも感じないほど腹の奥でぐつぐつ煮たつような熱さが湧き上がってくる。


 大体なに?

 動けないあたしがいるって時点でこうなるとは考えてなかったわけ?

 さっきだって輝術師の奴がバカだったからよかったものの、もしいきなり撃たれてたらどうするつもりだったのよ!


「いいか、大人しく言うことを聞けばコイツの命はとらねえ。ただしもしお前が抵抗するなら牢獄入りでもなんでも覚悟してブスリとやってやるよ。脅しじゃねえからな。わかったら言うとおりにしろ!」


 そもそもなんであたしなんか助けようとするわけ?

 普通、あれだけのことされたら黙って見捨ててるでしょ。

 あたしが逆の立場だったら絶対にそうするわ。


 ジルと男の緊迫した雰囲気などどこ吹く風。

 抉られた横腹の痛みさえももはや感じない。


 それともかっこよくヒーロー気取りで助けておいて「ごめんなさい、あたしが悪かったわ。助けてくれてありがとう」とでも言って欲しかったの?

 なんてイイヒトなのかしら。

 反吐が出るわ。


 思考がグルグルと回り激情が体中を駆け巡る。

 そしてついには抑えきれなくなって。


「今から十数える、その間に――」

「……じゃ……いわよ」

「あ?」

「ふざけんじゃないわよっ!」


 爆発した。


「あがっ!」


 ナータ勢いよく立ち上がり、逆毛の顎に強烈なアッパーを叩き込んだ。

 人質からの突然の攻撃に逆毛は受け身を取ることもできず哀れにも頭を打って気を失った。

 そしてそのままナータはジルに向けてびしぃっ、と指さした。


「なんであたしがあんたなんかに助けられなきゃいけないのよっ! 何? 嫌いな奴でも酷い目にあわされそうだったら助けたいって? それとも単純に悪い奴が許せないの? どっちにせよあんたに助けられるくらいならこいつらにマワされた方がよっぽどマシよっ!」

「なっ……」


 突然飛び出した過激な言葉といきなり様子が変わったナータの態度にジルは面食らう。

 そのうちに先ほどジルの攻撃を喰らって気絶していた男たちの何人かが目を覚ました。


「もちろん大人しくマワされるくらいなら……」


 落としたパイプを拾い言葉だけでは発散しきれない激憤の念を込めて、


「牢獄入りでもなんでも覚悟してこいつらみんなブッコロしてやるわよっ!」


 大声で叫びながら立ち上がろうとしていた近くの男の脳天めがけて振り下ろした。


「あごぱあっ!」


 パイプは思ったよりも軽い。

 これなら思いっきりひっぱたいても殺してしまうことはないかもしれない。

 そんな保証はどこにもないけれど、別にいいや。

 こいつらとジル以外は誰も見てないし。


「次いっ!」


 一人を打ち倒し高揚したその勢いですぐさま次に起き上がろうとしていたやつの腕を砕いた。


「痛えっ!」

「ほらほらまだまだあっ!」


 ナータはパイプを振り回し、次々と男たちをぶん殴りボコボコにしていく。

 ものすごく気分がよかった。


「こ、この女……正気じゃね――あがっ!」

「あたしは正常よっ!」

「このやろっ――」

「だれが野郎だっ!」

「ごええっ!」

「あはははははっ!」


 傍目から見れば気が狂ったように見えるほど暴れまわった。


「なにもそこまでやんなくても……」


 ジルはその様子を見ながら呆然と呟いた。

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