116 盗み聞き

 そして三日後。ジュストくんは帰ってきた。


「よう、バカ子」


 ……よけいなオマケを連れて。


「なんでダイがここにいるんだっ」


 っていうか。


「――ばかこって誰のことだよ」


 みょーん。


「うっ、その目で見るな……ってか、その前にまず俺に謝れ。オマエのせいで二週間も寝て過ごしたんだからな」


 ああ、そう言えば記憶の片隅に倒れてるダイがいたような気もするな。

 しかしこのお子様、久しぶりに会うなりバカ子だと!?

 ……ふっ、まあいいわ。

 こんな女心を欠片も理解してないお子様になに言われたところで気にしないもんね。

 ここは余裕で大人の対応よ。


「ふ、私に手も足も出なかったお子様が、口げんかでウサ晴らししようなんてみっともないわね。このばか、ばかばか」

「バカしか言えないガキにお子様呼ばわりされたくねーよ。このブス。でぶ」

「私のどこがでぶだっ!」


 そんなに太ってないもん!

 そりゃ、フィリア市にいたころは体重なんて気にしないでお菓子ばっかり食べてたけど、体重測定でも特別重かったってことはないし、この間の先生との修行で運動だっていっぱいしたからむしろ痩せたはずだぞっ。


 寝てばっかりだったから、ちょっとくらいは余計なお肉が増えてないとは言わないけど。

 服の上から目立つほどじゃないし。

 別にこいつの前で脱ぐことなんて絶対……

 ああっ! そう言えばコイツに裸見られたことあった!


「ダイのばか、ばかばかっ」

「なに泣いてんだよ、うっとーしーな」


 こいつって本当、最低のくずだわ。

 ふん、別にいいもんね。

 私が新代エインシャントに旅立ったら、もう二度と会うこともないでしょうし。


「ところで準備は出来てんのか。新代エインシャントまで長い旅になるんだから、恥かしいマネしてオレやジュストに迷惑かけるんじゃねーぞ」


 はあ!?


「なんでお前がついてくるんだっ!」

「仕方ねーだろ、グレイロードに命令されたんだから。言うとおりにしないとゼファーソードは没収するだとよ」

「だからってなんで私たちと一緒なの!?」

「俺だってお前となんか行きたくねーよ!」


 本っ当に最悪!

 なんでジュストくんとの二人旅の予定を、こんなやつに邪魔されなきゃならないのよ。

 せっかく彼と二人きりの……


「ところで、ジュストは別の女とどっか行っちまったけど、いいのか?」


 あ……そうだった。

 ジュストくんと一緒に旅立つかどうかは、今日のフレスさん次第なんだ。


「約束だから。邪魔しちゃダメなんだよ」


 もし彼女の願いを聞いて、ジュストくんが新代エインシャントに行かないってことになったとしても、仕方ないと思う。

 八年以上も彼を想いつづけてきたフレスさん。

 その幸せを奪うことなんて誰にもできない。


 はっ。でもそうすると、コイツと二人っきりで新代エインシャントに行くことになるのか。

 それはやだな。やっぱりフィリア市に帰ろうかな。


「そうか、別にいいや。じゃあオレはちょっとジュストに用があるから――」

「ダメだっつってんだろ!」


 なんてデリカシーのない奴だ!


「なんだよ、離せよ」

「今日はダメなのっ。フレスさんの好きにさせてあげるのっ」


 コイツを放っておくとどんな邪魔をされるかわからない。

 そりゃ、私だって二人の事は気になるけど、なるけど……


「……もう、そんなに言うならジュストくんの様子を見に行ってもいいけど、邪魔しないように私はあなたを見張ってるからね」

「いや、別にダメならどっかで寝てるから」

「いいから来るの!」


 ああ、やっぱり私って最低かなぁ。

 でも気になるんだもん。




 というわけで、茂みの中で二人を盗み見している私とダイなわけですが。


「……いい天気だね」

「……うん」


 フレスさんは足が動かないから、村はずれでおしゃべりするだけ。

 車椅子に乗った彼女をジュストくんが押す形でここまで来たみたい。


「ああ、ダメだってばフレスさん。もうちょっと中身のある話をしないと」

「おい、うるせーぞ。気づかれないように行動しろって言ったのはオマエだろ」


 しかしどうして私、フレスさんの応援してるんだろう。

 彼女が上手くいったら悲しい想いをするだけなのに。

 うう、でもでも、私のせいで彼女が苦しんでいるんだったら、やっぱり身を引いた方がいいのかしら。


「ねえ、どう思う? 私が諦めたほうがいいのかな」

「何がだ……」


 このお子様は何の役にも立ちそうにないし。

 あ、フレスさんが顔を上げた。


「ねえジュスト」

「何?」


 おお、あんな近くで真っ直ぐ見つめちゃって。

 フレスさん、とうとう言うのかっ? 告白するのかっ?


「ジュストは、ルーチェさんと一緒に新代エインシャント神国に行くんだよね」

「うん。たいした事はできないと思うけど、僕もみんなの力になりたいから」

「でも、ジュストはまだ見習い輝士なんでしょう? 平和のために戦うとかは、偉い人たちに任せておけばいいじゃない」

「そういうわけにはいかないよ、それに、任務が終われば正式に輝攻戦士としてこの国で働けるしね」


 嬉しそうに語るジュストくん。

 フレスさんはそんな彼の前向きな姿勢に表情を曇らせる。  


「それがジュストの目標だもんね。けど、世界が平和になるなら輝攻戦士もいらないんじゃないかな」

「わからないよ。平和な時代だって、あの時みたいな事件はあるかもしれない。僕は、ローザを失った時みたいな気持ちになるのは、もういやだ」

「ローザ姉さんだって、ジュストが戦うことなんて望んでないよ、きっと」

「……何が言いたいんだよ、さっきから」


 あ、マズイ。

 聞き返すジュストくんの声には少し棘が含まれていた。

 フレスさんは遠まわしに言っているつもりなんだろうけど、ジュストくんは自分の夢を否定されたように感じたのかもしれない。


「…………行かないで」


 フレスさんは顔を俯け、今にも泣き出しそうになりながら、やっとのことで声を絞り出した。


「ローザ姉さんのことは悲しいけれど、私は、ジュストまでいなくなっちゃったら……嫌だよ」

「フレス……?」

「お願い、行かないで。私と一緒にずっとこの村に居て」

「ダメだ。僕はルーと一緒に新代エインシャントへ行く」


 わ、やっぱりジュストくん、私のこと――

 って、喜んでる場合じゃない。

 こんな時に浮かれるなんて、ちょっと自己嫌悪。


「ルーチェさん、少しローザ姉さんに似てるよね」

「何言ってるんだよ」

「ジュストはローザ姉さんのこと好きだったもんね」


 え?


「だから何なんだよ」

「私にはジュストの悲しみがわかる。けど、私だって悲しかったんだから」

「だから、さっきから何を――」

「これ以上大切な人を失うのは、もう嫌なの!」


 フレスさんは怒鳴った後、そのまま俯いてしまった。

 それから、しばらく無言の時間が流れる。


「……ごめん」


 やがてジュストくんがポツリと呟いた。

 フレスさんの体がビクリと震える。


「フレスがそんな風に考えていたなんて知らなかった。心配かけて、寂しい思いをさせて、ごめん」

「それじゃあ――」

「けど、僕は行くよ」


 ハッキリと告げた彼の言葉に、フレスさんの表情はみるみる落胆の色を濃くしていく。


「確かにきっかけはローザのことだけど、今は一人の男として、一人前の輝士になりたいと思っている。それに、ルーはきっと立派な輝術師になる。世界のみんなが彼女に期待しているんだ。僕もそんな彼女の手助けをしたいと思う」


 世界のみんなが期待をしてるって……大げさすぎない? 

 私ってばいつのまにそんなすごいことになってしまったのでしょう。


「こんなのに期待するようじゃ、世界も終わりだな」


 隣でチャチャを入れるお子様はあとでたおすとして、今の話を聞いてフレスさんがどういう反応をするか。

 私は黙って様子を見た。


「旅に危険はないの?」

「わからないよ」

「終わったらすぐに村へ戻ってくる?」

「それもわからない。でも、いつかは戻って来たいと思っている」

「……そっか」


 フレスさんは大きくため息をついて、それから空を見上げた。

 雲ひとつない空に二匹の鳥が楽しそうに飛んでいた。


「それじゃあ、ルーチェさんのことは、好き?」


 あ、あれ?

 フレスさんってば、そんなこと聞いてどうするの。

 いや、別にそれはいいんだけど、私にも心の準備ってものが。


「いい娘だと思うよ。可愛くてやさしいし」

「そうじゃなくて、一人の女性としてどう思う? 恋人になりたいとか、付き合いたいとか思う?」

「そういう風には考えてないよ」


 がーん。

 い、いやね、別に彼も私のこと想ってくれているなんて自惚れてたわけじゃないけど。

 ちょっとショックかも。

 うう、仕方ないか、盗み聞きなんてしてる私が悪いんだし。

 それよりも可愛くてやさしいって言ってくれたことを喜ぼう。わーい。

 ……はぁ。


「今はそうかもしれないけど、一緒にいたらきっと好きになっちゃうよ。ルーチェさん、いい人だし。私のことなんてすぐに忘れちゃう」


 いや、私なんてそんな褒められるほどのものじゃないですよ?


「それに、ルーチェさんはジュストのこと好きだよ」


 あれ? それを言っちゃうの? 

 話の流れがそんな感じだからって、人の気持ちを言っちゃうのはどうよっ。


「それはないよ。ルーが僕なんかを好きになるはずないじゃないか」


 ジュストくんは冗談っぽく彼女の言葉を否定する。

 そんなことないってばぁ。

 ジュストくんのこと、大好きだよ。


 っていうか、あれ?

 ひょっとして私、間接的にフラれた?


「それに、好きとかそういうのより……僕は彼女の輝士だから」


 どきん。

 え、な、なにそれ。ど、どどどどういうこと?

 それって、彼にとって私がかけがいのない人で、恋人とかそういうのより大切な存在ってことでとか、そういう意味なんじゃ。

 落ち込みかけたタイミングで、不意打ちみたいにそんなこと言われたら――


「ルーチェ、ここに居たのか!」


 突然後ろから聞こえた大声に、私は飛び上がりそうになった。

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