117 四人目の仲間

 だ、誰だっ! 人が隠れて盗み聞きしてる時にっ!


「探したぞ、見つかってよかった」


 振り向くと、知らない男の人が立っていた。

 頭に包帯みたいな細長い布を巻いて、みすぼらしいボロい服を纏っている。


「だ、誰ですかっ」

「嫌だな、何を言ってるんだ。私だよ」


 知らない、あなたみたいな怪しい人知らないっ!

 ちょいちょい、ダイが私の腕を小突く。


「ほら、例のフラレ王子」


 フラレ王子……って


「アンビッツ王子!?」

「嫌だな、前のようにビッツと呼んでくれ」


 そう言って彼は頭に巻いた布を取った。

 その下から出て来たのは長い銀色の髪。

 ああ、確かに彼だ。


 アンビッツ王子――言い易いからビッツさんでいいや――は、このクイント王国の王子様。

 そして、裏では国を脅かす大盗賊、狼雷団の団長を務めていた。

 基本的にはいい人なんだけど、スカラフの甘い言葉にひっかかって悪事を働いてしまい、私の力を利用しようとして酷いこともした。

 それにしても、以前に会った時と雰囲気変わりすぎ。


「っていうか、どうしてビッツさんがこんなところにいるんですかっ!」


 王子様が盗賊団のリーダーだったなんて公表するわけにいかない。

 だから国民には秘密にして、人知れず牢屋の中で反省することになったって聞いた。

 それがどうしてこんなで出歩いてるのよっ。


「私も君たちと共に新代エインシャントへ同行することになった。よろしく頼むよ」

「はぁ!?」


 私とダイがそろって声を上げた。


「なんだそりゃ、そんなこと聞いてないぞ」

「どうしてビッツさんが私たちと来るんですかっ」

「大賢者殿の計らいでね。反省と修行の意味を込めて、君の手助けに尽力するなら私の罪を許し、クイント王国にもこれまで通りに援助をしてくれると約束してくれたのさ」


 理屈はわからないでもない、だけど。

 旅のお供なんて王子様がやることじゃないでしょうに。

 先生め、余計なことを。


「それに……」


 アンビッツさんは私の腕を取ると、いきなり手の甲に唇を近づけてきた。


「なにするんですかっ!」


 私はそれを振りほどくと、五メートルくらい後ろに逃げ――


「うおっ」


 ようとしてダイにぶつかり、そのまま後ろに倒れてしまった。


「おもい! どけバカ!」

「おもくない!」


 後ろ向きで抱きかかえられたまま言い合いをするという奇妙な状況になってしまった私たち。

 そんな状況を気にすることなく、ビッツさんは芝居がかった仕草で信じられないことを言った。


「どうやら私はそなたのことを愛してしまったようなのだ」

「はぁ!?」

「以前はその力を利用しようとしたが、今は違う。私はそなたの言葉で目が覚めた。ハッキリと言えば、純粋にそなたが好きなのだ」


 す、すすす、好きって。王子様が、私をっ?


「し、しし信じられません、そそそんなこといきなり言われても」

「あの時の非礼を許してくれとは言わない。旅の途中、命をかけてそなたを守ることで償わせて欲しい」

「ここ困ります、そんなこと言われても――」


 はっ。

 私は、慌てて飛びのいた拍子に茂みから出てしまっていた。

 隠れていたことをすっかり忘れていた。

 ダイの肩越しに振り向くと、ジュストくんとフレスさんがきょとんとした顔でこちらを見ている。

 やばい、バレた。


「あ、あは」


 私は驚く二人に愛想笑いをして、それから慌てて言い訳をした。


「違うんです! いや、違くはないんですけど、全然違うんです!」


 ああ、自分でも何が言いたいのかわからない!

 っていうか、今の状況はマズイ!

 ダイに後ろから抱きかかえられながらビッツさんに告白されているなんて、これはどうにも言い訳ができない!


「ルーチェさん」


 フレスさんの口元はいつもの笑顔を浮かべているものの、目は全く笑っていなかった。


「そちらの男の方たちとずいぶん仲がいいんですね。まさかと思いますけど、みんなで隠れて話を聞いてたんですか?」


 ああああ。そんな目で見ないで。

 怒ってる、あの優しいフレスさんがすごい怒ってる。

 うう、そりゃ怒るよね。

 ジュストくんのことを好きって言っておいて、しかも成り行きとは言えフレスさんから奪う形になってちゃったのに、別の男二人に囲まれて楽しそうにしてるなんて。

 いや、私はちっとも楽しくないんだけど。


「いいんですよ。ルーチェさんってば魅力的ですものね。可愛くって優しいし、私なんかとは大違いだし。輝工都市アジール育ちの人は得ですよね。私みたいな田舎者じゃどんなに頑張っても」

「おい、うるせーよ」


 黙って彼女の言葉に耐えていると、ダイが私を放り出して――

 痛いなこのばか!

 フレスさんを睨みつけた。


「グチグチ言ってんじゃねーよ。さっきから聞いてりゃ、被害者ぶってジュストの気を引こうとしてるだけじゃねーか。コイツに文句を言う前に自分の態度をどうにかしろよ」

「ちょ、ちょっとダイ。やめてってば」


 事情も知らないくせに、彼女を悪く言わないでよ。

 単純小僧のダイにフレスさんの気持ちなんてわかるはずないのに。

 はっ。それともダイってば、私をかばって……


「うるせー、オマエも言われっぱなしになってるんじゃねーよ」


 なわけないか。


「ムカつくんだよ、コイツみたいにウジウジしてる根暗女は。自分に自信がないからって八つ当たってんじゃねーよ、バーカ」


 コイツ……

 私だけならともかく、フレスさんにまでバカ呼ばわりとは!


「あやまりなさい! フレスさんは足が動かなくって辛いんだから、傷つけるようなことを言うんじゃないの!」

「誰の足が動かないって?」

「きゃ!」


 ダイはフレスさんに近寄ると、腕をひっぱって無理矢理車椅子から引きずり降ろした。


「おま、なんてことをっ!」


 最悪なやつだってことは知ってたけど、まさか怪我をしてる女の子に乱暴するなんて!

 ほら、見てごらんなさい、フレスさん、今にも泣きそうに……


「…………素敵」


 ……え?

 あの、フレスさん? どうしてそんなキラキラした瞳でこのお子様のことを見てらっしゃるんでしょう。

 それに、どうして動かないはずの足で立っているんですか?


「見ろよ、足が動かないなんて真っ赤な嘘。さっきジュストと話してるときも、ずっとブラブラ動かしてたぜ」


 え、嘘って……

 じゃあ、足はなんともないの?


「あの、よかったら。私と一緒にお茶でもしませんか?」

「は? なに言ってんだオマエ、頭おかしいんじゃねーのか」

「その口の悪さ……とても良いです」


 フレスさんってば、頬を赤く染めて喜んじゃってる。

 まさかダイに一目ぼれした? 

 いや、そんないくらなんでもないでしょ。

 八年間も想い続けてきたジュストくんの目の前で。


「ルーチェさん!」

「はい!」


 手招きされてフレスさんの元に向うと、彼女は私の耳元に小声で囁いた。


「あの、彼の名前はなんていうんですか?」

「確かキリサキダイゴロウとか言ったかな」

「キリサキさん……とても素敵な人ですね」


 マジか! 


「あの、それより、足……」

「あ、嘘ついてごめんなさい。ちょっと不自由だけど、実は動くんです」


 それは見ればわかりますが。

 もしかして私に責任を感じさせて落ち込ませてジュストくんを借り出すため嘘ついたの?

 ひょっとして、フレスさんって結構な悪女?

 い、いやいや。怪我をさせたのは事実なんだし、深く詮索しないようにしよう。

 でも、このお子様を引き取ってくれる上に、ジュストくんのことも吹っ切ってくれるなら、私としては万々歳かもしれない。


「どうぞ、あんなお子様でよかったら差し上げます。ボディーガードくらいには使えますから」

「あ、いえ。そんなつもりじゃ……私はジュストの事がまだ……ああでも、彼の方が断然タイプだし、どうしよう」


 この人、実はかなり惚れっぽい?

 素朴に見えたのは単に出会いがなかっただけなんじゃないのかな。


「ちなみに火傷の痕はシールです」

「あ、はい」

「なんだかよくわからないが、私を無視して話を進めないでくれ」


 ビッツさんが私たちの間に入ってくる。

 そうだ、この人をどうにかしなきゃ。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいですけど、お断りさせていただきます」


 悪いけど、私は前のこと許したわけじゃないからね。


「もちろん、今は新代エインシャント神国へ向かうのが君の使命だからね。その道中でゆっくりと私の想いを受け取ってくれればいいさ」

「あのさあビッツさん」

  

 反省したって言ってたけど、カンチガイ振りは健在のよう。


「答えを急ぐことはないよ。これから時間はたっぷりあるんだからね」

「おい、ちょっと待て」


 ダイがビッツさんの胸元を掴む。


「オレは同行なんて認めてねーぞ。弱いやつは足手まといになるだけだ、引っ込んでろ」


 私はおまえが来ることも認めてないけどな!


「ふん、礼儀も知らない東国のサルがよく吠える」

「なんだと……?」

「私が弱いか確かめてみるか? 輝攻戦士としては君に一日の長があるが、生身での戦いなら引けをとるつもりはない」


 そう言ってビッツさんはすらりとした細長い剣を抜いた。

 柄の部分に描かれている模様はきっとクイントの紋章だろう。


「面白え、やってやんぜ」


 ダイもゼファーソードを取り出し、好戦的な目で睨み返す。


「クイント王宮剣術の真髄、見せてくれるわ」

「言ってろ。輝攻戦士にならなくたってオレの方が上だって思い知らせてやる」

「キリサキさん、カッコイイ……ああ、でもダメ、私にはジュストが……でもそっちの銀髪の方も素敵」


 ええい、なんだかよくわからなくなってきた。

 こうなったら、放っておこう。

 私は呆然としているジュストくんの隣に移動した。


「あ、ルー。この状況は一体……」

「それは私にもわからないの。ごめんなさい、立ち聞きなんてするつもりはなかったんだけど」


 あったんだけど。


「いや、いいよ。フレスのことが心配で様子を見に来てたんだよね」


 う。ま、まあ、そうと言えなくもないけど。

 心配だったのはフレスさん自身よりも、二人の関係だったわけで……


「村に戻ろうか。旅立ちの荷物をまとめなきゃいけないし」

「あ、うん」

「楽しみだね。世界の平和のために戦う旅なんて夢みたいだよ」


 ……そうか、そうだよね。

 ジュストくんはそのために輝士になったんだもんね。

 じゃあ、私もそれに付き合おう。

 自分の力の謎のことや、世界の平和とやがて来る魔動乱。

 いろいろと気になることはあるけれど、今はもう少し、彼の傍にいたいと思うから。

 不純な動機だってわかってる。

 けど、それが私の一番だもん。


 私は白の生徒として新代エインシャント神国へ向かう。

 彼と一緒に世界を救う旅、出てみよう。

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