67 団長の正体
え……?
「ビッツさん、いま、何て」
信じられない言葉が聞こえたような気がしたけど、聞き間違いだよね?
黒く長い裾を風にはためかせビッツさんは私に視線を向ける。
彼は落ち着いた声で答えた。
「以前はゆっくり挨拶をしている余裕がなかったのでね」
「で、ではなくて! ビッツさん、自分のこと」
「私は狼雷団の団長だと言ったことか?」
そして見た。
彼の服、お城を出てきた時と違う服の胸の部分。
狼と雷の絵が描かれているのを。
そんな、そんな……!
「う、嘘。だってビッツさんはこの国の王子様でしょ?」
「黙っていて悪かったね。しかし嘘はついていない。私は狼雷団の団長であると同時に、クイント王国第一王子アンビッツでもあるのだ」
ちょ、ちょっと待って。
頭がこんがらがってきた。
狼雷団はこの国にとって最悪の盗賊団。
エヴィルを作ったり子どもたちを苦しめてお金を稼いだりする悪い奴ら。
そのボスともなればまさに悪の親玉で、王子様にとっては倒さなきゃならない相手のはず。
なのにビッツさんと狼雷団のボスが同一人物?
「君は人を疑うことを知らない子だね。おかげで簡単に罠にかかってくれた」
「……ファースさんはどうしたの?」
「馬車ごと崖の下に落ちてもらった。もはや生きてはいまい」
仲間を殺したことを顔色一つ変えず白状するビッツさん。
彼はもう私の知っている優しい青年じゃなかった。
「うそ、だよね?」
それでも事実が受け入れられず何かの間違いである事を祈る。
けれど私の淡い期待は彼の薄笑いによって一蹴された。
「ファーゼブルの女輝士は死んだ」
はっきりと肯定され思わず頭に血が上る。
「どうして! どうしてそんなことをっ! ファースさんや子どもたちをっ!」
狼雷団のせいで国の人たちが、貧しい人々や子どもたちが苦しんでいる。
その光景をあんなに悲しそうな目で見ていたじゃない。
許せないって、だから私も協力するつもりになったのに。
ファースさんだってそう。
なのにどうして!
「国民に痛みを強いるのは辛いことだ」
ふと彼の表情に悲哀の色が浮かんだ。
病に冒される少女を見つめていた時と同じ。
やりきれない苦しみを背負った悲痛な顔。
けどそれはすぐに怒りの表情に変わっていった。
「すべては国の未来のためだ。お前も見ただろう、朽ち果てたプレッソの姿を」
少し前に見た光景を思い出す。
ノルドの町の近くにあったかつてはプレッソ城と呼ばれていた廃墟。
その残骸。
「五大国はやがてすべての国を吸収するだろう。魔動乱で小国の国土は荒れ多くの難民を生んだ。クイントにも遅かれ早かれ滅亡の時は近づいている。滅びた国の民がどれほど憐れな扱いを受けているか知っているだろう」
知らない、合併された国がどうなったかなんて学校で習っていない。
私が曖昧な態度を取っているとビッツさんの言葉にはますます熱が籠もる。
「国家存続のためには大国と互角に渡り合える力が必要なのだ。輝術師や輝攻戦士に負けない力を得るため私は狼雷団を結成しある研究に力を注いだ。その成果は君も知っているだろう」
「まさか、その人が飲んだ……」
「そう。人間を悪魔に変える悪魔の薬だよ」
その薬を使った人間がどうなるかを私はフィリア市で見た。
自分の体よりも遙かに大きなエヴィルが体内に出現し、内側から食われてとってかわられるおぞましい光景を。
「その生成と量産化、そして制御こそが狼雷団の真の目的だ。盗賊団としての表の顔はあくまで資金調達のために過ぎん」
「制御?」
「変化の過程で触媒となる人間と同一化することでエヴィルは凶暴性を失う。この怪物は牛頭のクインタウロスであると同時に剣士シミアでもあるのだ」
「ひょっとして子どもたちの病気も」
「エヴィル召喚に不可欠である魔輝をきわめて薄い濃度で注入したのだ」
ビッツさんの顔は苦々しげに歪んでいた。
自分の国を守るために大切な国民を犠牲にする矛盾を抱えた表情。
「どうしてそこまでして……」
「国民のためだ」
ビッツさんは言い切った。
「国を守るため私は力を求めた……悪魔に魂を売ってでも……」
「そのためにあの女の人を犠牲にしたっていうの!」
彼の声を遮って私は叫ぶ。
言いたい事はなんとなくわかる。
自分たちの国が大国に吸収され人々が不当に差別されるのが許せないって。
けどそのために子どもたちを辛い目に遭わせるなんてまちがってる。
ましてや人の命を犠牲にしてエヴィルを呼び出すなんて、狂気の沙汰としか思えない!
「実際に魂を売るのはあなたじゃない。その女の人も普通に暮らしていれば幸せになれたかもしれないのに、そんな姿になって一体何が嬉しいっていうのよ!」
「勘違いしているようだが彼女は自分から進んでこうなることを選んだのだ」
「嘘!」
ビッツさんは……いや。
狼雷団団長アンビッツは遠い目をしながら元女剣士の茶色く変色した体を撫でた。
「シミアはかつてはクイントの輝士だった」
元女剣士の牛頭のエヴィルはその言葉が聞こえているのか、低いうなり声を上げた。
「才能ある勇敢な剣士だった。クイント王国に彼女の名を知らぬ者はおらず、貧しい家庭に生まれた彼女にとってそれが何よりも誇りだった。ファーゼブルとの交流試合が行われるまではね」
アンビッツの体が怒りに震える。
「五対五の交流試合、我が勇敢なる輝士たちは善戦した。しかし奴らは敗色濃厚となると事前の取り決めを無視して輝攻戦士を投入した。シミアと言えども輝攻戦士に敵うわけがない。彼女は気付いてしまった、持たざる者の限界を。我らの努力など大国の者にとっては掌の中の児戯に過ぎぬと!」
握った拳で牛頭の腹を叩く。
元女剣士のエヴィルはピクリとも動かなかった。
「驕り高ぶった者どもを圧倒的な力で蹂躙せねば傷ついたプライドは癒やされない。彼女が命を捨ててでも成したかったのは、やつらよりも強い力をもって復讐を果たすことなのだ!」
アンビッツの顔はすでに狂気の計画に溺れる悪魔の形相だった。
「力で復讐するなんて、それこそ力に溺れた証じゃない」
エヴィルなんかになって幸せなわけない。
心を持たないバケモノを生み出して、それが輝攻戦士以上の力だとして、その後に残るものなんてあるもんか。
こんな怪物になってしまって一体何が幸せだって言うの!
「平和ボケした都市の少女には理解できんよ。我らはいつでも大国の脅威に怯えている」
「普通に暮らしている人の幸せを奪うことは許されるの? 差別って言うけど
「少しの苦しみの後に子や孫は報われる。これは必要な犠牲なのだよ。世の中は変わる。大国の実質的な支配の時代に終わりを迎えれば――ぐっ!?」
アンビッツの言葉が強制的に途切れた。
いつの間にか近寄っていたダイが彼の頬を殴りつけたんだ。
「ごちゃごちゃうるせーよ。オマエの事情なんかどうだっていいんだ」
「貴様……おい、やれ!」
アンビッツが怒号を上げる。
元女剣士……クインタウロスがその巨大な拳でダイに殴りかかる。
ダイはそれを紙一重でかわして、カウンターの一撃を牛頭の腹に叩き込んだ。
「なっ!」
攻撃ははっきりと直撃した。
なのにクインタウロスはわずかによろけただけ。
反対の手を振り上げて叩き下ろす。
ダイは剣の腹で受け止める。
けど相手の力の方が遥かに強い。
彼は足下の地面を削って何とか倒れずに耐えた。
「ふはははっ! クインタウロスを他のエヴィルと一緒にするなよ! 魔動乱よりはるか昔からクイントの地に残る伝承、たった一体で百を超える輝士団を全滅させたと言われる破壊の王者だ! 長い時間をかけて少しずつ悪魔の薬を取り込んでようやく彼女が手にした希望の姿! 輝攻戦士と言えどもクインタウロスの敵ではないわ!」
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