66 女剣士の怨念

「なるほど、お前がスカラフの言っていた輝攻化武具使いの少年か」

「そういうオマエは追っ手の輝士十五人を打ち負かしたっていう噂の女剣士か?」

「だったら何だ?」


 刃を交える二人は互いに一歩も譲らない。

 同じように光の粒を纏うダイと女剣士は力も互角……


「がっかりだ」

「何だと?」


 じゃなかった。

 ダイが力任せに剣を跳ね上げる。

 女剣士のバランスが崩れた。

 背後にまわり挑発するように剣の柄で背中を軽く押す。


「くっ、ふざけるな!」


 女剣士が体勢を立て直して振り返った時、ダイはすでに頭上を取っていた。


「おりゃあああっ!」


 振り下ろされる渾身の一撃。

 女剣士は武器で頭を庇う。

 威力が強い。攻撃を受け止めきれない。

 その手から武器が弾き飛ばされた。

 丸腰になった彼女の喉元にダイのゼファーソードが突きつけられる。


「期待はずれってことだ」


 同じ輝攻戦士なのに、らかにダイの方が上手だった。

 単純な動きだけの問題じゃない。

 同じ光の粒を纏っているけれどその輝きは見るからにダイの方が強かった。

 武器の質の差なのか持ち主の力の差なのかはわからない。

 なんにせよ同じ輝攻戦士でもこれだけの差が出るんだ。


「……殺せ」


 首筋に剣を当てられながらも射るような眼差しでダイを睨む女剣士。

 その呟きは苦々しい。


「やなこった」


 ダイは言う事を聞かずに切っ先を下げた。


「情けをかける気か!」

「人違いだった。悪いけどオマエに興味はねーんだよ」


 人違い?

 どういうこと?


「あ、あなた狼雷団をやっつけるのが目的だったんじゃないの?」

「ついでの話な。本当の目的は人探し。無駄足だったけど」


 ダイはつまらなそうに言う。

 何それ! 輝士団も手を出せない盗賊団の壊滅がついでとかいったいどういう神経してるの!


「たいして強い奴もいないみたいだし、もうオレは帰るぜ。あ、こいつはもらっておくから」


 ダイは女剣士の落とした剣を拾い上げると彼女に背を向けて歩きだした。

 本当に返ろうとしているみたい。


「ちょっと待ちなさいよ! ここまでやっといて後は知らんぷりってどういうことよ! あとちょっとで盗賊団をやっつけてこの国の人たちも救えるのに!」

「オレは別に正義の味方じゃねーし。そこまでする義理はねーよ」

「じゃ、じゃあせめて病気を治すクスリを見つける手伝いくらいしてよ」

「病気? クスリ? 何のことだ?」


 こいつ……本当に狼雷団が何をやっているのかを知らないの?


「もう、いくらなんでもあんまりに無責任――」

「お前らはいつもそうだ。いつもそうやって我々を見下す」


 低い声が私の言葉を遮る。

 けっして大きな声じゃないのに、とても重い響きで。

 女剣士がゆっくりと立ち上がった。

 その体が小刻みに震えている。

 彼女の目はダイの方を向いている。

 瞳に宿っていたのは――明白な怒り。


「いつもそうやってぇっ!」


 叫びながら女剣士が駆ける。

 すでに彼女の武器は奪われている。

 ダイは余裕の表情で挑発するように指を振った。

 女剣士の動きは止まらない。

 そのままダイの目前に迫り、


「なっ?」


 余りの光景に言葉を失った。

 女剣士は素手でダイのゼファーソードを掴むと、自らその刃を腹に押し当てた。

 刃は彼女の体を貫き背中から血しぶきと共に飛び出した。


「な、何すんだ!」


 予想外の行動にダイも戸惑っていた。

 怒りを持って自分自身の体を傷つける。

 それは攻撃を受ける以上の恐怖。


「お前たちはいつもそうやって見下す! だから私は求めた! 輝術師にも、輝攻戦士にも負けない力を! 貴様ら輝攻戦士を根絶やしにするために!」


 刃を握ったまま口から血を吐く。

 痛くないはずはないのに女剣士が発する声は感情をぶつけるような怒りの声。

 その声に僅かな喜びの色が混じったのを感じ取って全身に悪寒が走る。


「そして私は手に入れた! どんな人間相手にも負けない究極の力を!」


 次の瞬間、女剣士の体が膨張し、破裂した。


 服が破れ素肌が露になる。

 けれどそれは人間の女性の体じゃなかった。

 背中の肉が有り得ない形に隆起しいびつな形にふくれあがる。

 丸太のような足が巨体を支え両腕が異様に肥大化していく。

 その体のあちこちにはかつての女性輝士の肉片がちりばめられていた。

 人が内側から壊される。


 その光景を見るのは二度目だった。

 一度目はフィリア市で、何かの液体を飲んだ隔絶街の住人がみるみるうちに体内に生まれた魔犬に食われていった。


 同じことが目の前で起こっている。

 自分の身体を作り替え人がエヴィルに変わっていく。


「な、なんだよコイツは……うわっ!」


 牛の頭に男性的な筋肉質の体をもつ半獣半人の姿。

 醜悪なエヴィルと化した女剣士はダイの体を易々と担ぎ上げる。

 と、ボール投げでもするよう無造作に放り投げた。


 地面に叩きつけられる直前、ダイは身をひねって体勢を立て直す。

 飛ばされた勢いのまま地面を二回転半。

 立った途端によろけて膝を突いてしまう。


「こ、こいつは、なんなんだ……くっ」


 戸惑うダイの手に武器は握られていなかった。

 投げられた時の衝撃でどこかを怪我したのかうめき声を上げてその場で蹲ってしまう。

 すでに原型を残していない牛頭の元女剣士が彼に迫る。

 このままじゃダイがやられる。

 私は叫んだ。


っ!」


 歩くエヴィルの背中目掛けて火を放つ。

 その狙いは真っ直ぐに牛頭のエヴィルに向かい――


「ウガアアアアッ!」


 牛頭のエヴィルが巨大な丸太のような右腕を振るう。

 私の放った火はあっさりとかき消され宙に火の粉を残して消滅した。


「うそ……」


 輝術がきかない。

 そんな、輝術で作った火はエヴィルにダメージを与えられるんじゃ……?

 いやファースさんはたしかこうも言っていた。

 エヴィルの耐久性が術の威力を上回っていたり属性に対する耐性がある場合は云々。


 パワー不足。

 私の術じゃこいつを傷つけることはできない。

 だ、だからってあきらめるもんか!


っ、っ!」


 続けざまに火の輝術を放つ。

 そのすべてが腕で防御されてしまう。

 しまいには牛頭は腕を振るう事もせず、その体で私の術を平然と受け止めてしまった。

 牛のような顔をしているのに人間のように嘲笑を浮かべながら。


 私を脅威ではないと判断したのか地面を一歩ずつ踏みしめながらゆっくり近寄ってくる。


「あっ、ああっ。ひ、火っ!」


 あ、あれ?

 じゅ……術が発動しないっ?


「火っ、ひ、ひひひ、ひいぃっ!」


 叫んでも火は出ない。

 そうしている間にも牛頭のエヴィルは子どもの体ほどもある腕を前後に振りながら向かってくる。

 自分の二倍近い巨体がゆっくり近づいてくる光景は恐怖以外の何者でもない。

 パニックに陥ってるせいで術のイメージが上手くいかないんだ。


 お、落ち着こう。

 まずは光の欠片を探り出して具体的な火のイメージを浮かべてっ。

 とかやっているうちに牛頭のエヴィルは目前に迫っていた。

 あの丸太のみたいな腕で殴られたらぐちゃぐちゃに潰されちゃう。

 やだ、恐い。助けて、誰か――


「やめろ!」


 聞き覚えのある声が響いた。

 エヴィルの足が止まる。

 男の人の声、ダイじゃない。

 この声はひょっとして!

 期待と共に声をした方を向く。

 思ったとおりの人が崩れかけた建物の側にいた。


「ビッツさん!」


 透けるような銀髪。

 間違いなく途中ではぐれたビッツさんだ。

 仲間と再会できた喜びに安堵の息が漏れる。

 よかった。無事だったんだ。

 敵には遭遇しなかったのか彼が纏った派手な赤と黒の服には汚れ一つもない。


 ……派手な赤と黒の服?

 なんだろう様子がおかしい。

 ファースさんはどうしたんだろう。

 その服はいつ着替えたの?


 私の疑問とは裏腹に彼はこちらに向って歩いてくる。

 ゆっくりと私の方へ。

 いけない、今度はビッツさんが狙われる!

 私の輝術も全く通じない、輝攻戦士状態のダイを軽々と投げ飛ばした牛頭のエヴィルに!


「グルルルゥ……」


 ……あれ?

 ビッツさんが近づいても牛頭は唸り声を上げるだけでピクリとも動かない。

 彼もまるっきり無防備なのに目の前のエヴィルを恐れる様子はない。


「半獣人のエヴィル『クインタウロス』……これがお前の怨念の形か」


 ビッツさんが手を伸ばす。

 体毛に覆われた牛頭エヴィルの体を撫でながら愛おしそうな目を向ける。

 何が、起こっているの?


「制御はできているようで安心した。しかしシミアよ、命令無視はよくないな。危うく計画が台無しになるところだったぞ」

「び、ビッツさん……?」


 どうしてエヴィルに話しかけているの?

 それにその喋り方。

 私の知っているビッツさんとはどこか違う。

 彼の視線がこちらを向き、私はゾッとした。

 彼は今までに見せたことのないような薄笑いを浮かべていたから。


「予定と違ったがいいだろう。予想以上の耐久性を証明できたのだから」

「オマエは何者なんだ」


 ダイの声がビッツさんの言葉を遮った。

 手に握った剣の切っ先とともに射殺すような視線をビッツさんに向ける。

 やだな。違うってばダイ。その人は敵じゃないよ。

 私と一緒にいたの見てたでしょ。

 ああ、あの時は彼がこの国の王子様だってことは知らなかったっけ。

 説明してあげなきゃ。


「だ、ダイ。この人は」

「久しぶりだねキリサキダイゴロウくん。改めて自己紹介をさせてもらう。私が狼雷団団長アンビッツだ」

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