61 移動中のお手軽トレーニング
「はい、目を閉じて!」
ファースさんの合図と即座に火を消し目を閉じる。
瞼の裏に陽炎のような残像が映る。
ガタガタと揺れる馬車の中にいながら暗闇の中を漂っているような不思議な気持ち。
体の奥に感じる光の欠片を集め残像に集中をさせるイメージを描く。
次第に残像が色を帯んで火の形になっていく。
「イメージできたらすぐに具現化!」
瞳を開けるとファースさんの顔が目の前にある。
私は人差し指を立てそこに火のイメージを重ねた。
決して体に力は込めず光の欠片を指先の空間一点に集中させる。
「
小さくつぶやくと、ボッと音を立てて指先に火が灯った。
小指の先ほどの小さな火。
だけど間違いなく私が自分で発現させた火。
そのまま十秒くらい維持し気を抜くと煙のように掻き消えた。
「オッケーよ、だいぶ上手くなってきたじゃない!」
「おかげさまです」
お城を出発してから四日め。
ファースさんの基礎訓練は思った以上の成果があった。
集中さえきちんとすれば今くらいのことは完璧にできるようになってきた。
自分の力で輝術を使える。
あこがれ続けた輝術を、私が。
うふふ。
嬉しいなっ。
協力を申し出た以上は足手まといにはなりたくない。
ここ数日その場の感情で突っ走って失敗するのを何度も繰り返してるし。
やっぱりやめますごめんなさいじゃ済むようなことじゃないし。
とっさの思いつきなんかじゃない。
小さな子が苦しんでいるのを放っておけないっていうのは理由としては十分じゃない?
そこだけは絶対に譲らない。
だからちゃんとそれを解決する力を手に入れる。
今度こそは失敗しない。
私は私にできることを、私にできることで少しでも力になりたい。
だからこうやって輝術の基礎特訓を続けてる。
私たちは馬車を借りて西の森を目指している。
そこに狼雷団のアジトがあるということはすでに調査して判明しているらしい。
彼らが本拠地を移動しないのは子どもたちを人質を取っているから。
あるいは討伐隊を返り討ちにする自信があるからかもしれない。
私たちの目的はあくまで病気の秘密を探り出す事。
原因と対策が解明できしだい間髪を入れずに輝士団が駆けつける手はずになっている。
これで表向き狼雷団を退治したのはクイント王国の輝士団ということになる。
と言っても実際にエヴィルが出てきたら戦うのは私たちだ。
一応ファースさんの仲間が別ルートから目的地に向かっているらしいけど、新人さんらしいからあまり期待はしないで欲しいって。
ファースさんとビッツさんが交互に馬を引き私はその間ずっとイメージトレーニング。
集中させてもらえたおかげでようやくコツをつかめてきた。
「あなたやっぱり才能あるわよ。普通は洗礼を受けた人間でもここまでに数ヶ月はかかるもの」
「そ、そうかな」
そんなふうに褒めてもらえるともっとがんばろうって気持ちになってくる。
「じゃあそろそろ次のステップに行きましょうか」
と言ってファースさんは道具袋から細長い棒のようなものを取り出した。
先端に布のようなものが巻かれて油が塗られてる。
「自分で灯して。先っぽの太いところに火を近づけて」
言われたとおり火をつけるため再び目を瞑ってイメージ。
光の欠片を探る。
指先に意識を集中……できた。
火を発生させるまでだいたい五秒程度。
そのままゆっくりと指を動かし棒の先に近づける。
と、先端の布の部分が勢いよく燃え始めた。
大人の拳よりやや大きいゴウゴウと燃える勢いの激しい火の玉ができる。
「わっ」
「松明っていってね。昔は洞窟探索なんかの明りとして使ったものよ。今じゃほとんど使われないけどイメージ特訓には丁度いいでしょ」
燃える松明を手渡される。
小型発火装置とは違って手に持っているだけで汗が出てくるほど熱い。
「今度はこれでイメージトレーニングね。火を消すにはこのキャップを被せて。特殊な燃料が塗ってあるから何度でも使えるわよ」
正直言って火の勢いに気圧される。
これくらいの火力を出せるようにならなきゃ戦力としては役に立たずってことだ。
でもフィリア市でナータを助けた時にとっさに放った火の玉はもっと大きかった。
イメージさえしっかり描ければこれくらいできるはず。
「焦らないでいいわよ。到着まで時間はあるから気楽にね。その後は火を矢みたいに飛ばす練習。これができれば王宮輝術師クラスよ」
私が王宮輝術師クラス?
それは凄いよ!
「がんばります!」
「そうしてちょうだい。エヴィルが大挙して出てきたら私たちだけじゃ心もとないし、あなたの輝術が頼りなんですからね」
やんわりとかけられるプレッシャーにも今の私は負けない。
きっとできる。やってみせる。
「いい顔ね。この前までのあわあわしてた子と同一人物とは思えないわ」
「あわあわなんて……けど自信がつきましたから」
目の前で燃え続ける炎を見つめながら私は言葉を返す。
「ところで私がこうやって輝術の練習しているのは問題ないんですか?」
これだけははっきり聞いておきたい。
天然輝術師は国家のバランスを乱す危険な存在――
特にファーゼブルでは存在そのものが許されない。
場合によってはひそかに処刑されることもある。
こうして輝士の目の前で輝術の特訓なんてしていていいのかなあ。
そんな私の心配をファースさんは軽く笑い飛ばした。
「あーいいのいいの。別に天然輝術師を探し出せって命令は受けてないから。終わったらしっかりと別の身分証明を用意して架空の人物に罪を擦り付けちゃうから問題なし」
「なんか適当」
「輝士なんて要領良くなきゃやってらんないわよ。私としては予定外の戦力が見つかってラッキーって程度ね。あ、でもその力を使って罪を犯した場合はフォローできないわよ。そうなると私の責任問題にも発展するから絶対にやめてね」
「やりませんよそんなこと」
炎越しに笑いあって思わず松明を落としそうになって慌ててまた笑った。
「それともう一つ聞きたいことがあるんですけど」
ひとしきり笑った後、私は真剣な表情を取り戻した。
「何?」
「このくらいの炎を自由に操れるようになったとしてエヴィルに通用するんですか?」
ビッツさんの剣を植物のエヴィルは全く受け付けなかった。
だから炎なら効果あるかというと疑問が残る。
っていうかいま思ったんだけど松明を直接ぶつけたほうが早いんじゃ……
「輝術で作った炎は普通の炎とは違うわよ」
「そうなんですか?」
「明るさも熱も変わらないけどね、輝術で起こす現象はすべて輝力を変換させたものだからエヴィルに対しては強い効果があるわけよ」
「へー」
そっか、輝術ってそういうものなんだ。
だから昔からエヴィルと戦うのは輝術師の役目なんだね。
「もちろんエヴィルの耐久性が術の威力を上回ったり、火そのものに対する耐性がある場合は別よ。けど、植物のエヴィルには間違いなく火の術は有効よ」
森で出会った木のエヴィルを思い出す。
散々に不快なめに合わせてくれたあいつ、今度はちゃんと自分でやっつける!
「あなたが術を使えるようになれば必ず役に立つ。わかった?」
「はい」
よおし、なんだか自信が出てきたぞ。
私なんかが本当にエヴィルと戦えるようになるかもしれないんだ。
「でもあまり気張らないでね。実際にエヴィルが現れたらできるだけ私たちで何とかするから」
「そうします。ところでファースさんは武器を持っていないんですか?」
私が質問するとファースさんは両の拳にはめたグローブを突き出し少し自慢げに説明した。
「輝鋼精錬された鉄板入りよ。私の戦闘スタイルは格闘。ほとんどのファーゼブル輝士はエヴィルに通用する自前の武器を持っているわ。大抵は剣か槍だけどね」
私は目の前に突きつけられたグローブの銀色の部分を凝視する。
よく見ると僅かに光を放っているように感じられる。
「輝鋼精錬は
「へえ」
「輝攻戦士ほどじゃないけどそれなりの腕があればエヴィルとだって戦えるわ。あなた一人に戦いを任せようなんて思っちゃいないわよ」
うっ……それはそうだよね。一国の危機なんだもん。
私はあくまでお手伝い。
よし、肝に銘じておくぞ。
調子に乗ってまたドジ踏まないためにもね。
「んじゃ見張りを代わってくるわ。あなたはもうちょっと練習してなさい」
幌を出て行ったファースさんと入れ違いにビッツさんがやってくる。
松明の火に驚いた様子だったけど輝術の練習だと説明すると頷いて腰を下ろした。
「熱心だな」
「楽しくなってきちゃいましたから」
ビッツさんは穏やかに微笑んだ。
この国に入ってからというもの、どこか影を落としていた彼も以前みたいな優しさが戻ってきた気がする。
この作戦が上手くいけば肩の荷も降りるはず。
「順調なのか?」
「うん。もう小さな火を出すくらいなら完璧だよ」
「次は松明か。そのレベルに達すればもはや立派な輝術師だな」
褒められるとちょっと照れくさいけど、確かにこれくらいの火を自由に使えるようになれば町のチンピラにだって負けないはず。
ひょっとしたら、エヴィルにも。
そう考えるとすごくない?
この勉強も運動もいまひとつだった私がエヴィルと戦える輝術師なんて。
いやいや調子に乗っちゃダメ。
あくまで謙虚に自分を戒めておかないと。
ビッツさんは壁に背中を預けて腰の剣の手入れを始めた。
折れた護銅剣の代わりに新しく用意した武器。
あれもたぶん輝鋼精錬された剣なんだろう。
エヴィルと戦うためには絶対に不可欠な武器。
なんだか彼も落ち着いているみたいだし、せっかくだからちょっとお話してみようかな。
「あの、ビッツさん」
「なんだ?」
彼は刃を磨きながら首だけをこちらに向けた。
「どうして私たちと一緒に行く事にしたんですか?」
本来は私とファースさんだけで潜入する予定だった。
けど出発直前にビッツさんも同行すると言いだした。
自分で輝士団を率いるならともかくこんな危険な、しかも表面上は記録に残らない作戦に参加する必要はないと思う。
「経緯はどうあれこの潜入作戦が最も重要であるのは確かだ」
低い声で話し始める彼の言葉を私は黙って聞いた。
「ならば国の行く末を憂うものとして志願するのは当然。保身や個人の名誉などより平和の方が大事だ」
「本当にこの国のことが大切なんですね」
言ってからバカらしい質問だと思った。
王子さまが自分の国を大切に思わないわけがない。
「ああ。国民すべてが家族のようなものだ……本当の平和と自由を勝ち取る日をいつも夢見ている」
「そうなったらいいね」
心から思う。
子どもの命と引き換えに町の人からお金を奪う狼雷団は絶対に許せない。
多少の危険は乗り越えてやろうって気持ちになってくる。
私ですらそうなんだから王子様の気持ちはもっとずっと強いはず。
「そなたこそよかったのか? 他国の、しかも輝士でもないそなたに危険な作戦に参加する義務はないのだぞ」
「それは言いっこなしだよ。自分で決めたんだから足手まといにならないよう精一杯がんばるだけ」
「そうか、ならば言う事は何も――」
突然、馬車が大きく揺れて停止した。
次の瞬間ファースさんが慌てて馬車の中に飛び込んできた。
「アンビッツ、ちょっと来て!」
「何が起こった」
ただ事じゃない様子だ。尋ねるビッツさんの声も緊張を帯びている。
「狼雷団の襲撃よ!」
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