62 敵襲!
男たちが四人、馬車の行く手を阻んでいた。
みな例の狼ジャケットを着込んで禍々しい三日月刀を手にしている。
「てめえら何者だ!」
「降りて面ぁ見せろ!」
声高く威圧する狼雷団の団員達。
ファースさんが馬車を降りて彼らの前に立った。
ビッツさんもそれに続く。
まだ戦力として数えられない私はファースさんに言われて馬車の中に隠れている。
二人が囲まれ剣を突きつけられた。
ファースさんは相手を刺激しないように下手にでて何か話していたけれど、狼雷団の一人がビッツさんの顔を見た瞬間に様子が変わった。
「せいっ!」
近くにいた男の後頭部にファースさんの鋭い回し蹴りが炸裂する。
色めき立つ狼雷団の団員たち。
ファースさんは次々にそいつらを蹴り飛ばしていった。
ビッツさんも剣を抜く。
彼が剣を振ると目の前の敵が持っていた三日月刀が半ばから折れ宙に舞った。
「我らに出会ったことを後悔するんだな」
強い強い!
二人とも盗賊なんかまるで相手にならない!
「ちっ」
刀を折られた盗賊が身を翻しておもむろに走り出した。
仲間を捨てて逃げるつもりらしい。
「逃がさないわよ」
あいつを逃がしたら潜入作戦がバレてしまう。
病気を治す方法を隠滅されたらどうしようもない。
ファースさんが逃げた団員の背中を追いかけた。
彼女の姿が見えなくなるとビッツさんが剣を納めて馬車に戻ってくる。
「もう大丈夫だ。あとは彼女に任せておけば――」
そのとき新手の団員が三人茂みの中から現れた。
それぞれが手にしているのはいるのは輝士のような直剣。
「ちいっ、まだ残りが潜んでいたか」
ビッツさんは再び剣を抜く。
また戦いが始まった。
剣の腕前は明らかにビッツさんの方が上だけどさすがに三人相手には苦戦している。
闘いながら何かを言い合っているようだけどここまでは聞こえない。
手助けするべきか。
けど今の私が起こせるのは小指の先ほどの小さな火だけ。
とてもじゃないけど援護にはならない。
下手に出て行っても足手まといになったら嫌だし……
ああでも、せめて何かを投げつけて敵の気をそらせるくらいはできるかも。
そんなことを考えていると布を裂くような音が背後から聞こえた。
「ひっ」
ようなじゃなかった。
実際に布が裂けていた。
幌を鋭利な刃物で裂き後ろから賊が馬車に侵入してきた。
「見つけたぜ。天然輝術師のガキだ」
「うお、本物の
狼ジャケットの男が二人。
間近で見るとより凶悪な三日月刀と毒でも塗ってあるのか赤黒いナイフをそれぞれ手にしている。
助けを呼ぼうにもビッツさんは三人相手に戦闘中。
下手に声をかけてよそ見させたらやられてしまうかもしれない。
どうしよう――と迷ったのが命取りになった。
盗賊の一人がナイフを投げてきた。
「きゃあっ!」
驚いて身をよじったところをもう一人に押さえつけられる。
組み敷かれた私の口に布が押し当てられた。
「ふにゃぁ」
甘い香りが鼻腔をくすぐり私の意識は闇に沈んだ。
※
気付いた時、私は二人の男に担がれていた。
男たちは私たちを肩に乗せて茂みの中を全力疾走している。
「んー! んんんー! んんんんー!」
声を出そうとしたけれど口の中に何かを詰められている。
その上ロープか何かを巻かれているので喋ることはできなかった。
っていうかしょっぱい!
何この布!
「おい、目を覚ましやがったぜ!」
「仕方ねえ! もう一回睡眠薬を嗅がせろ」
走りながら余った手で男の一人がビンを取り出す。
睡眠薬……?
さっきはそれで意識を失ったのか。
ふと疑問が浮かぶ。
気を失う前、この人たち私の事を天然輝術師って言ったよね。
どうしてバレてるの?
私が天然輝術師であることを知っているのはビッツさんかファースさんくらい。王様にはあくまで私は輝士のお供だと説明しているはず。
あ、いやもう一人いた!
あの黒装束の男……たしかスカラフとかいうやつ!
アイツが狼雷団の副団長ならすでに情報が伝わっていてもおかしくない。
今回の待ち伏せもあいつがどこかで命令を出しているんだろう。
それよりも気になるのは私を捕まえてどうするつもりなのかってこと。
エヴィルを可愛がるくらいだから頭のおかしな奴に決まっているけど。
ひょっとしたら、解剖、とか……
いやだあっ!
もう一度眠らされたら大変なことになる。
この状況でできること……暴れたところで力じゃかないっこない。
となれば。
目を瞑り火をイメージ。
体の中を駆け巡る光の欠片を前方に集中し一気に形作る!
瞳を開けると同時に男が手に持った睡眠薬をしみ込ませた布が一気に燃え上がった。
「あひゃあっ!」
やった、さっきより少し大きくなってる!
松明でのイメージ訓練の成果だ。
突然の発火に驚いた男が手を放した隙に私は地面に降り立った。
幸い両足は縛られていない。
「こ、こいつ輝術を使いやがった! 口を塞いでいるのにどうやって!」
普通、輝術師は言葉を喋れなくされると無力になってしまう。
けれど自分自身の輝力を術に変換する天然輝術師に輝言は必要ない。
あ、古代語を学ばなくて済んでラッキーとか思ってないからね?
とはいえ私にはこれが精一杯。
体格のいい男の人二人をやっつけるだけの力はない。
となればやる事は一つ、ひたすら逃げる!
私は背中を向けて一目散に走り出した。
走りながら口を縛っていた縄と布を取って投げ捨てる。
気絶していた時間はどれくらいだろう。
馬車はどっちかわからないし、どれくらい遠く離れたのかもわからない。
けれどとにかくいまは走るしかない!
歩くのは得意だけど道のない茂みの中を走るのはさすがにキツい。
それでも全力で走る。
むき出しの素足や腕が痛い。
突き出した枝や葉で擦り切れる。
「待ちやがれガキィ!」
後ろからは怒号を上げながら追ってくる狼雷団の団員。
思いがけない反撃に怒りは頂点に達しているようだ。
捕まれば何をされるかわからない。
立ち止まるわけにはいかない!
「ビッツさん! ファースさん!」
声の限りに叫ぶ。
このままじゃ追いつかれるのは時間の問題。
せめて二人に声が届けば。
後ろの二人が何かを叫んでいる。
どうせ口汚い罵声に決まっている。
そんなのは耳に入れたくない。
焦っているような気がするのは私を逃がすと任務が失敗になるからだ。
それにしてもなんて嫌らしい声。
隔絶街の人たちといい勝負。
その声は聞きたくなくても私の耳に入り込んでくる。
「そっちは崖だ! 死にたいのか馬鹿!」
ああもう聞きたくないのに!
ひどいよいくら私が憎くてもそんな酷いこと言わなくてもいいじゃない。
ガケとか、そういう……
はい?
ふわり。
全身に浮遊感。
ただし決して心地いいものじゃない。
足が地に着かず、まるで空を飛んでいるよう。
視界が開ける。
目の前には沈みかけた夕日のオレンジと空との境界がくっきりと映し出された薄黒い山の稜線。
眼下に広がる森。
あは。私、そらをとんでる……?
んなわけない!
森を抜けると同時に足元が消失し駆けていた勢いのまま崖から飛び出して。
あは、あははは。ははははは。
落ちるうぅぅぅぅっ!
景色が目まぐるしく反転し見えない何かに引っ張られているように地面に吸い寄せられる。
全身が強い風の抵抗を受けて内臓が口から飛び出しそうになる。
私、死ぬのかな?
死ぬよね? こんな高いところから落ちたら、あははっ。
あははじゃなくて。
ああ、どうせなら、このまま風になりたい。
せめてもう一度風になってとんでいきたい、あの人ところまで……
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