52 エヴィルを飼う老人
「その通り」
一瞬、木が喋ったのかと思った。
よく見ればバケモノ植物の隣に人が立っている。
おじさん……と呼ぶには少し年の過ぎた白髪まじりの初老の男性だった。
やや大きめの黒いマントが象徴的。
薄ら笑いを浮かべる人相は非常に嫌らしくいかにも悪役然とした感じ。
「植物のエヴィル。『デンドロン』のラオ=バークだ。私の可愛いペットだよ」
黒マントの老人は淡々とした口調で語った。
発音のはっきりしないうつろな声はどこか浮き世離れしている。
それ以上に語る言葉の内容は私には理解しがたかった。
「ペット……その木が?」
「おやお嬢さん。デンドロンが珍しいかな?」
黒マントの老人はなぜか嬉しそうに解説を始める。
「エヴィルとは邪悪。魔に属する異世界の生命の総称。動物型、植物型、亜人系の妖魔型など他にもあらゆる種が存在する」
聞いてもいないのに勝手に説明を始める。
いや植物のエヴィルっていうのも驚いたけど気になったのはそこじゃなく。
「ラオ=バーク」
老人は呟いてぱちんと指を鳴らす。
異形の木デンドロンが蔓を伸ばす。
それは背後からこっそり接近していた少年の足を打った。
「ぐっ」
奇襲を制され手痛い反撃を受けた少年は顔から地面に倒れた。
四肢にエヴィルの蔓が撒きつきうつぶせのまま地面に押し付けられる。
「解説の最中にせっかちなガキめ」
「か、返しやがれ……オレの剣と荷物」
「それはできない。これ以上ワタシの可愛い子たちを傷つけられたくないのでね。お嬢さんたちのおかげで手間が省けたよ」
老人は嫌らしく顔をゆがめて笑う。
「……どういうことだ」
ビッツさんが油断なく老人を睨みつけながら問いかけた。
質問に答えずニヤニヤしている老人。
その背後から別の人間が姿を現した。
「すいません、あの女には逃げられちまいました」
バンダナを頭に巻いた体格のいい中年の男だった。
彼の羽織っているジャケットには見覚えがある。
雷をバックに狼が吠えているマークが刺しゅうされたその服はノルドのチンピラが着ていたのと同じものだ。
「構わぬよリキャ、これを持っておれ」
老人はデンドロンが奪った少年の剣をリキャと呼ばれた男に渡した。
彼は恭しく礼をして受け取りそれを宝物のように懐に抱える。
「自己紹介がまだだったね。ワタシはスカラフ。狼雷団の副長を務めている」
「狼雷団?」
「クイント王国を本拠にしている盗賊団だ」
答えはビッツさんから返ってきた。
狼に雷のマーク。
なるほどいかにも盗賊っぽい。
「盗賊団という呼ばれ方は不服だね。ワタシたちは私利私欲で動く俗物ではなく誇り高き崇高な目的を持った正義の悪党なのに」
な、なにこの人。わけわかんない。
「ノルド周辺では末端構成員の横暴な振る舞いから多少の勘違いを受けているようだがね。組織の名を利用して傍若無人に振る舞った下っ端共は責任を持って処分するのでご心配なく」
「よく言う。クイントでも同じような事をしているだろう」
ビッツさんの声は明確な怒気をはらんでいた。
この人たちの正体はよくわからないけれどエヴィルなんてものを利用している時点で普通じゃない。
フィリア市でのことを思い出し私はつい口から文句が出た。
「そんなバケモノを飼ってる人が正しいはずが――」
「ワタシの可愛いラオ=バークをバケモノだと!」
淡々と話していたスカラフの過剰な反応に私はびっくりして口を噤んだ。
スカラフはすぐに落ち着きを取り戻す。
「……失礼。手塩にかけて育てた息子同然に大事なペットなんでね。そのような表現は使わないで欲しい。
なんかさっきから変だと思ってたけどデンドロンというのが種族名で、ラオ=バークというのは個人的につけた名前らしい。
同じ種族が何体もいるなら名前をつけることもあるかもしれないけれどエヴィルを息子同然と言い切るのはちょっと薄気味悪い。
「本当はもう一体いたのだけれどね。ルル=ミークと言ってすぐに幹を赤くする可愛いヤツだった。その少年に殺されてしまったがね」
目をギラつかせながらスカラフは倒れている少年を睨みつける。
口調は淡々としているけれど表情は憎しみに満ちていた。
エヴィルを殺された事に怒っているんだ。
「許すわけにはいかないが輝攻戦士相手に正面から挑むのは得策ではない。寝込みを襲ってなんとか荷物を奪ったのだが輝攻化武具だけは手放さなかった」
つまりこの少年は私たちと会う前に狼雷団と一悶着あったわけだ。
輝攻戦士になれる剣を持っていることといい、いったい何者なんだろう。
そんな狼雷団とのイザコザで荷物を失ったから私たち相手に山賊まがいのことをしたわけだ。
結果私たちとの争いの最中に輝攻戦士になれる剣を手放し、そのチャンスをうかがっていたスカラフがそれを奪ったというわけだ。
「さて、そちらの二人はもう用済みだが……」
スカラフは拘束した少年を足蹴にしながら薄気味悪い笑みをこちらに向ける。
「せっかくだし一緒に始末しておくかの」
「くっ」
物のついでのように言うスカラフ。
悔しさと苛立ちを込めて私は思いきりにらみ返してやった。
「簡単にやれると思うなよ」
折れた剣を手にビッツさんが前に出たる。
その背中に私を庇うように。
足の遅い私はともかくビッツさん一人だけなら逃げられる可能性もあるかもしれない。
だけど彼にそういう考えはないみたいだ。
「どうしてそこまで……?」
「いいのだ、任せておけ」
「たいした自信だ。折れた剣でいったい何が出来ると言うのかね?」
「試してみればわかるさ」
ビッツさんは折れた護銅剣を構えてデンドロンの巨体に向き合った。
エヴィルの恐ろしさは私もよく知っている。
普通の人間にどうにかできる相手じゃないということも。
このままじゃダメだ、なんとかしなきゃ。
輝術が使えれば加勢できるかもしれないけれどフィリア市を脱出するとき以来一度も成功していない。
だったらやっぱり方法は一つしかない。
「そうか。では……やってみるとしよう!」
私がそれを行う前にスカラフの声を合図としてデンドロンが蔓を伸ばした。
鞭のようにしなやかにビッツさんに迫る。
彼は横飛びでそれを避けたけど着地点を別の蔓に払われた。
「くっ!」
蔓がビッツさんの右腿を打つ。
刃物で引かれたかのようにざっくりと服ごと肉が裂けて傷口から血が迸る。
「ビッツさん!」
「来るなっ!」
反射的に駆け寄ろうとした私をビッツさんは鬼気迫る表情で怒鳴りつける。
私は気迫に満ちた彼の迫力に推されて足を止めた。
「ほう。若いのにたいしたものよ……リキャ」
スカラフが呼びつけたのは先ほどから少年の剣を持ったまま直立していた中年の狼雷団員。
「ラオ=バークに運動をさせる。お前は黒髪のガキを押さえつけておけ。腕の一本くらい斬り落としても構わん」
物質的な冷たささえ感じさせるその声にリキャと呼ばれた中年男はぶるりと震えた。
その恐怖は明らかにスカラフ――エヴィルの飼い主に向けられている。
デンドロンの根っこあたりから生える四本の蔓。
その内二本が少年を押さえつけるのに使用されている。
すべての蔓を使用するためには少年の拘束を解く必要があった。
命令されるままにリキャは少年に近づきその背中に馬乗りになる。
「てめぇっ、どけっ!」
いくら少年が強いと言っても体格差がある大男に押さえつけられてはどうしようもない。
「な、仲間の仇」
リキャは腰のナイフを抜くとそれを少年の首筋に当てた。
少年は暴れるのを止めその切っ先を見返す。
「どうしたやれよ」
喉を掻っ切られそうだというのに少年の声に臆した響きは感じられない。
「なんならそいつを試してみろよ 輝攻戦士になれば最強の力が手に入るんだぜ」
「……副長の命令、絶対。それに自分にはこれを使いこなせない。それくらい知っている。無理やり使わせて奪い返そうとしても無駄」
「ちっ」
少年が舌打ちすると同時に背後でビッツさんのうめき声が聞こえた。
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