51 輝攻化武具

「……輝攻化武具ストライクアームズか」

「へえ知ってんだ」


 振り向いたビッツさんの表情は険しくゾッとするほどの気迫があった。

 少年はゆっくり歩いて近づきながら余裕の表情で受け流す。

 彼は自慢げに左手で刃を撫でた。


「いいだろ。『ゼファーソード』ってんだ」

「持ち主に輝攻戦士と同等の力を与える伝説の武具。こんな所でお目にかかれるとは」


 持っているだけで輝攻戦士と同じ力って、なにそれ。

 そんなものがあるの?


「ただの山賊が所有して良いものではないぞ。どこで手に入れた」

「人聞きが悪いな、オレは山賊でも盗人でもねーよ」

「私たちから荷物を盗もうとしているくせに!」


 私の突っ込みを無視して少年は懐から何かの紋章を取り出してビッツさんに見せ付けた。


「ほら。ちゃんと許可とってあんだろ」

「第一級国賓証だと? 王族やそれに準ずる者に認められた証……」


 えっなにこの子。

 そんなにすごい子だったの?

 それなのになんでドロボウみたいなまねをしてるんだ。


「命まで奪う気はねー。だから大人しく――」


 喋りながら少年が剣を引いた瞬間、ビッツさんが不意打ちで攻撃した。


 けれど奇襲は成功しなかった。

 少年は素早く反応。

 腰を低くしてすれ違いざま斬りかかる。


 ビッツさんは一歩も動けない。

 またしても乾いた音が響いた。


「悪いな、もう勝負するって次元じゃねーんだ」


 背後からの声。

 ビッツさんは振り返らなかった。

 また少し短くなった剣を握り締め怖い顔で歯軋りする。

 その頬を冷や汗が伝ったように見えた。


「輝攻戦士と生身で闘えるわけないだろ? わかったら諦めて荷物を置いていけ」


 淡い光を全身に纏った少年は小さい子に諭すように言う。

 あんなに強かったビッツさんがまるで子ども扱いだ。


 輝攻戦士はエヴィルを闘うための輝力エネルギーを纏った戦士。

 たしかに、強い。

 けど……


「ひ、卑怯だよ! 正々堂々と戦いなさい!」

「こっちも必死なんだ。この兄ちゃんも相手が悪かっただけで十分に強いから心配すんな」


 勝手なことを! 

 私は少年を睨みつける。

 ビッツさんが動く。

 彼は私を背に庇うと油断無く少年を睨んだまま大きめな声で言った。


「済まぬが勝ち目がない。ここは素直に荷物を渡そう」

「そんな! そしたら私たちが山を下りられなくなっちゃう!」


 思わず言い返してしまったけれど、そうせざるを得ないことはなんとなく気付いている。

 私たちのやりとりを見て少年は笑っていた。

 ええい腹立つ。


「今からなら日没までに麓へ戻れる。いったん引き返そう」

「けどお金を持ってかれちゃったら……」


 宿にも泊まれないし食事を取ることもできなくなってしまう。

 ノルドの町に戻ったところで何もできない。


「金は働けば稼げる。圧倒的な実力差がある以上やつの機嫌を損ねるべきではない」

「だけどそれじゃ時間が……」


 私にはそんなに時間はない。

 時が経てばジュストくんはそれだけ遠くに行ってしまう。

 彼が魔霊山にたどり着く前に追いつきたいのに。

 まだ国境も越えていないのに旅費を稼ぐために働いていたら数週間くらい間

に過ぎてしまう。


 ふと私はあることに気がついた。

 ビッツさんが強くっても輝攻戦士には勝てない。

 けどそれはこっちがあくまで普通に戦った場合の話だ。

 あの子が輝攻戦士になるならこっちもなっちゃえばいいんじゃないの?


 私が彼に輝攻戦士の隷属契約スレイブエンゲージをすればビッツさんも輝攻戦士になれる。

 元が互角なら簡単に負けることはないはず……だと思う。

 ここは人気の少ない山奥。

 誰かに見られる心配もないし……


 いやいや、なに考えてるの! 


 フィリア市ではその隷属契約のせいでジュストくんを犯罪者にさせちゃったんじゃない!

 山中とはいえ人が通る抜け道。

 誰が見ていないとも限らない。


 それにそれに隷属契約をするってことは、その、キ、キスをしないといけないわけで。

 さすがに誰にでもそんなこと軽々しくできやしない。

 あの時はジュストくんだったから特別だったわけで……

 だけど、だけどっ。

 このままやられちゃうなんて悔しいっ!


「……聞け、私に作戦がある」


 身もだえている私にビッツさんが耳打ちしてきた。

 なにがと聞き返そうとして大きな手に口元を塞がれた。

 大丈夫なの?

 荷物を取られないで済む方法があるの?

 目で問いかけるとビッツさんは私を安心させるように微笑んだ。


「荷物を渡すフリをしつつ隙を見て輝攻化武具を奪う」


 そ、そっか。

 あの剣が輝攻戦士になる力の元ならそれを奪っちゃえばいいわけだ。

 でもそう上手くいくのかな。


「やってみせる」


 そういってビッツさんが私の肩から荷物を下ろし――


「おっとそうはいくか。女、オマエが荷物を持って来い」

「女ぁ? なによその言い方は! あなたね……」

「そっちの兄ちゃんは下がってろ。余計なこと考えるんじゃねーぞ」


 私の抗議はまたまた無視された!


「……すまない」


 ビッツさんの落胆した表情が痛々しい。

 彼は私の肩に荷物を掛けなおし素直に後ろに下がった。


「さっさとこっちに来い。そっちの男、オマエは武器を捨てろ」


 ビッツさんは苦々しげに少年に従った。

 この状態で隙を突いて武器を奪うのはかなり難しい。


 悔しかった。

 荷物を取られるということ以上に私に付き合って山越えをさせたせいでビッツさんまで巻き込んでしまったことが情けない。

 彼はとてもよくしてくれたのに恩を仇で返すようなことになってしまって。


 カバンを両手に抱き少年に向かって歩く。

 けど途中で足が前に進むことを拒否した。


「どうした。早く来いよ」


 少年が私を急かす。


「どうして無理矢理奪おうとしないの? あれだけ速く動けるんだから私からひったくっていけばいいじゃない」


 それは強がりというよりこの少年の思い通りになるのが悔しくって言ってみただけの精一杯の反抗。


「いいのか? 加減がきかねえから腕ごともいじまうかもしれねえぞ」


 う……

 輝士御用達の銅剣をお菓子みたいに叩き割っちゃうような相手に乱暴されたら私の細い腕なんか簡単に千切れちゃうかもしれない。

 だけど逆に言えばそれをしなかったってことは、コイツもそんな乱暴はしたくないってことじゃないの?


「じゃあ渡さない」

「ルーチェ!」


 ビッツさんが悲痛な声で叫んだ。

 私のことを本気で心配してくれているんだね。

 でもちょっと試させて。

 紐を肩に掛けたまま布袋を強く抱きしめる。

 絶対に渡さないぞと無言の意思を伝える。


「……本当に腕ごとひっぺがすぞ?」

「や、やってみなさいよ。か弱い女の子にそんなマネができるならね」


 本当は悪い人じゃないと思いたい。

 昨日の一件だっていちおう助けてもらったようなものだし。

 だったらこっちが絶対に譲らなければ無茶なことはされないかもしれない。


 されないよね?

 しないでね?


「……面倒かけさせんじゃねーよ」


 軽く舌打ちをして少年がこっちに向かってくる。

 私なんか適当にあしらえると思っているのか剣は左手で軽く握ったまま構えもしない。


「わ、渡さないもん」

「いいやもらっていく」


 そう言って私の目の前まで来ると少年の周囲から光の粒が消えた。

 予想通りだ。

 少年は強すぎる力で私を壊してしまわないよう輝攻戦士の状態を解いた。


「おっ?」


 彼が荷物を掴むと同時に私は手を放した。

 引っ張ろうとしていた少年は勢い余って後ろによろける。


「やっ!」


 全体重を乗せての体当たり。

 ああ、私ってばいつからこんな卑怯な人間になったんだろう。

 けどこんな所で無駄に時間を潰すわけにはいかないんだもん! 

 倒れた少年に馬乗りになり懐からナイフを取り出……そうとした。


「ちっ、この!」


 が、少年は全身のバネを使って思いっきり私を跳ね飛ばした。

 剣を振り回し私の持っていたナイフを弾き飛ばず。


 そもそも普段の状態でも彼と私の力の差は歴然としている。

 反撃を予想していなかったとしても少年からすれば問題にすらなかった。

 結局わずかな抵抗と引き換えに彼を怒らせる結果になった。


 けれどそれで十分だった。

 後ろから近づく風切り音。

 私の横を掠めた剣の鞘が高速で回転しながら少年に迫る。


 避ける間もなくそれは少年の手にしていた武器を吹き飛ばした。

 ビッツさんが走る。

 鞘を投げると同時にすでに彼は駆け出していた。

 動揺した少年の脇を過ぎ一直線に少年の剣の元へと。


「ちっ!」


 慌てて振り返る少年の腕を私は後ろから力いっぱい掴んだ。


「させないっ!」

「このっ」


 強引に振りほどかれて私は地面に尻餅をついた。

 けれどその時にはすでにビッツさんは少年の剣に手を伸ばしていた。


 少年が猛然と追いすがり彼の背中に体当たりをかける。

 手から剣が抜け落ち宙を舞った。

 後ろからの攻撃を受けて地面に倒れこんだビッツさんを乗り越え、少年が手を伸ばす――


 その時、信じられないことが起こった。

 大地が脈打った。


 視界が揺れる。

 いや揺れているのは地面の方だ。

 どこからともなく植物の蔓が伸びてきた。

 鞭の様にしなやかなそれは少年が手にする直前、横から剣を奪ってしまった。


「な、なんだ!」


 少年が慌てて跳び下がる。

 蔓の伸びてきた方角に目をやるとそこには信じられないものが存在していた。


 木。

 ただしどこからどう見ても普通の植物じゃないことは一目瞭然。

 全長は二メートルほど。

 周囲に生い茂っている木々とは明らかに系統の異なる、どす黒い樹皮。

 葉は黒に近い青で一枚一枚が風に逆らっておぞましい蠢きを見せている。


 何より目を引くのは幹の中央やや下。

 植物には到底ありえない大きく横に裂けた動物的な口がある。

 中から覗くのは肉食獣を思わせる牙とまっ赤な舌。


「な……」


 青黒い葉の一枚一枚がギョロリと真っ白な目を剥いた。

 私は言葉を失って絶句する。


「な、なんなの、なんなの……?」


 えーと、えーと。

 こんな植物が存在するなんて学校で習ったっけ。

 突然の襲撃者に混乱して必死になって目の前の木に該当する名前を思い出そうと努める。

 けれどいくら考えてもこんなバケモノじみた植物は私の記憶の中にはない。


 私はその可能性を考えないようにしていた。

 だってそんなことってありえないじゃないの。

 山道とはいえここはファーゼブル領内なんだから。

 けどそれしか思いつかなかった。


「エヴィル……」


 信じられないけれど、その単語を私は思わず呟いていた。

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