30 取り調べ

「もう一度確認するぞ。新代暦九九八年生まれの十七歳。南フィリア学園二年生。現在は技術者の父親と二人暮らし……間違いないか?」

「はい。間違いありません」


 室内を照らすのは小窓から僅かに差し込む光。

 それと淡い輝光灯の光だけ。

 じめじめした暗く狭い部屋。

 目の前にはテーブル越しに私を詰問し続ける厳つい顔のおじさん。

 後ろには腰に剣をぶら提げた衛兵が五人も見張りに立っている。

 市役所警備課の尋問室で私はもう一時間近くも取調べを受けていた。


「資格、免許なし。成績は普通。素行も悪くない至って平凡な良家のお嬢さん……気に障ったら失礼。だが君が他者を輝攻戦士にできるほどの高位輝術師だとはどうしても考えられないのだがね」

「けど本当なんです。私が彼を輝攻戦士にさせたんです」

「君が名前を偽っているんじゃない限り、該当するデータの人物は一切の輝術を習得していない。それどころか輝鋼石の洗礼を受けた記録すらない。そんな人間がどうやって他人を輝攻戦士にできるっていうんだ」

「だから多分ですけど私は天然輝術師で、私自身の輝力を彼に与えたんだと思います」


 天然輝術師の存在なんて私もただの作り話だと思ってた。

 でもあの瞬間は確実に出来ると確信していた。

 ボーッとしてほとんど夢中だったからよくおぼえていないけど、確かに私は自分の意志で彼と契約をした。

 期待とか万が一とかではなく絶対にできるって確信を持って。


 そして私は実際に隷属契約スレイブエンゲージに成功した。

 いまでもまだ信じられないけれどジュストくんが輝攻戦士になったのは紛れもない事実だ。


「天然輝術師ねぇ……」


 衛兵のおじさんはぽりぽりと頭を掻いて、それからバカにするように笑った。


「そんなもの実在するわけがないだろう。ふざけるのもいい加減にしろ!」

「そんなことないです! ほら知りませんか? セアンス革命時代の聖女ソレイユとか……」

「『深緑の聖女』かね? 私も読んだことがあるが実際の聖女ソレイユは歴とした記録の残る王宮輝術師だ。公的資料も残っている。生まれながらに輝術を使えるっていうのは、まあ物語として面白みを加えるための作り話だろうな」

「そっ、それは知らないですけど、私は本当に天然輝術師なんです!」

「若いころは物語にあこがれるのも構わんがね」


 真面目に説明しているのにおじさん衛兵は馬鹿にするように肩をすくめた。

 周りの衛兵さんたちも同じように口元を抑えて笑いを堪えている。


「時と場所を選びたまえ。いまの君は重大事件の参考人なんだぞ」


 ペンが私の鼻先に突きつけられる。


「君が正気なら作り話でこの場を逃れられるとは思っていないだろう」


 た、確かに理解してもらえないかもしれないけどさ。

 本当の事なんだもん! 

 ああもうなんて言えば信じてくれるの!?


「では本題に入るぞ。あの男はどうやって輝攻戦士になった? 神殿に忍び込んで勝手に洗礼を受けたのか? それとも不法に取得した小輝鋼石を持っているのか?」

「だから私が彼とスレイブエンゲージをして――」

「いい加減にしろっ! 作り話は聞かないと言っているだろうがっ!」


 おじさん衛兵が机を叩きつける。

 びっくりしたけど、怯まないぞ。

 だって嘘なんか言ってないもん!

 あの時、確かに私は自分の中にある光のかけらを感じた。

 それが私の中に宿る輝力だった。


 それを分け与えることでジュストくんは輝攻戦士になった。

 そしてエヴィルをやっつけた。

 物語が本当だったことも私が天然輝術師だっていうことも、はっきりと確信を持って言える。


 なのに信じてくれない。

 自分が天然輝術師の素質があるってことがわかっても輝術を使えるようになったわけじゃない。

 できることといえば隷属契約くらい。

 この場でして見せれば流石に信じてくれるかもしれないけど――


 私は部屋の中をぐるりと見回した。

 尋問しているおじさんは問題外。

 他の人たちも三十代から四十代くらいの無骨でむさい人たちばっかり。

 こんな人たちに、その、キスするなんて絶対にイヤっ!


 ……そういえば夢中でやっちゃったけど私、ジュストくんにキスしちゃったんだ。

 うわ。思い出したら顔から火が出そうなってきちゃうよぉ!


「な、泣いても無駄だぞ。解放されたかったら知っていることを正直に喋れ」


 顔を覆っていたのを勘違いしたのかおじさんは心持ち柔らかな声で言った。

 そう言われても信じてくれない以上は何を言っても仕方ないじゃない。

 事実は事実。

 私との隷属契約でジュストくんは輝攻戦士になったんだから。 

 信じてもらえない以上何も語ることはない。

 もし適当な嘘を言ってごまかそうとしても逆に辻褄が合わないからすぐバレちゃうに決まっている。


「まあいい。喋る気になるまで何時間でも――」

「隊長!」


 おじさんが何か言おうとした時、別の若い衛兵が室内に駆け込んできた。


「ノックくらいせんか馬鹿者! 取調べ中だぞ!」

「申し訳ございません! しかし緊急の知らせが……」


 何事か耳打ちされると途端におじさん衛兵の顔色が変わった。

 手を振って合図をすると部屋の中の衛兵たちがそろって剣を下ろした。

 おじさんは私の方を向いて言った。


「出ろ。釈放だ」

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