22 図書室

 お弁当を食べ終えても、もう少し図書室にいることにした。

 エマちゃんは怖いけど委員の仕事で忙しいみたいであれからこっちには目も向けない。

 教室に戻っても気まずい雰囲気になるだけだし、そこらへんをブラブラ歩くのもむなしい。

 本でも読んで時間を潰そう。


 特に読みたい本もなかったので近くの本棚を軽く見回す。

 すると気になるタイトルが目に入った。


『聖少女プリマヴェーラ』


 魔動乱を終わらせた五英雄の一人。

 私と同じピーチブロンド桃色の髪だったと伝わる輝術師。


 序章の文を軽く斜め読みしてみる。




『プリマヴェーラは同じく五英雄の一人である大賢者グレイロードと並び、歴史上最高の輝術師の一人である。

 あらゆる種類の模範的な輝術を使うグレイロードとは対照的に極めて独自色の強い攻撃的な輝術を多用した。

 数々の奇跡を起こすプリマヴェーラはもはやただの輝術師とは呼べない。

 ゆえに彼女は≪聖少女≫という通り名で呼ばれている。

 

 また、対照的に戦場では見せる戦いぶりから一般にはあまり知られていないがこのような通り名もある。


 閃炎輝術師フレイムシャイナー


 彼女の正体は謎に包まれており出身や家族も不明。

 ファーゼブル地方に見られる名前だが公式には大国のどの輝鋼石にも洗礼を受けた記録は残っていない。

 そのため彼女は生まれつき輝術を扱えるという≪天然輝術師≫ではないかとも言われている』




 天然輝術師。

 その単語を目にした途端、嘘っぽさがにじみ出てきた。

 生まれつき輝術が使えるってどんな人間よ。

 これは例えば一度も習っていない古代語を最初から喋れるみたいなもの。

 普通に考えてあり得ない設定がこの本に書かれているプリマヴェーラという人物の現実味を失わせてしまっている。


 ともあれ世界を救った英雄には違いない。

 こんな人と自分を比べること自体がバカらしいと思い、私はすぐに興味を失って本を棚に戻した。


 隣の棚を眺めていると、またも興味を引くタイトルが目に入った。


『輝士と輝攻戦士』


 昨日、ジュストくんは輝士になるのが夢だって言ってたっけ。

 輝士っていうのがどういう職業なのかいまいち理解出来ないんだよね。

 それを知ることで彼のことがもっとわかるんじゃないか。

 そう思って手にとってみた。


 えっと……ケニジチト? じゃないや、ケナイト……ナイトだよ!

 knight!

 昨日の古着屋の看板もそうだったけど古代語って難しい。

 格調高く見せるために北部古代語を使われることもあるし。

 輝術の詠唱呪文なんかも基本的に古代語。


 高等学校で習う必修科目の一つだから卒業までに一通りは理解できるようになってなくっちゃいけなんだけど。

 どうして私はよりによって古代語が苦手なんだろう……

 って数学や機械マキナ科学も苦手だけどさ!


 いやいや、こんなところで落ち込んでいても仕方ない。

 私はペラペラとページをめくった。

 小難しい講釈やら解釈やらが小さい字でびっしりと書かれていて、読み始めてすぐに頭がいっぱいになってしまう。

 うう。ジュストくんのことを理解したいとは思うけど難しい本を読むのは辛いよ。

 でも、がんばって読んでみよう。

 もっとよく知りたいもん。彼のこと。


 軽く斜め読みしてみてわかったけど輝士になるのってやっぱり大変みたい。

 輝士としての勉強を終えて現役の輝士の下で数年間修業を積んで試験に合格して……学校の先生になるよりも難しそう。


 さらに輝攻戦士にもなると、それこそ血の滲むような努力と何百人かに一人の才能が必要なんだって。

 しかも輝攻戦士になるための洗礼を受けるためには大国の王様に認められて許可を得る必要がある。


 これは大変だあ。

 才能がある人はいいけどダメな人はどんなに努力してもダメなんて。

 ジュストくん、あんなに一生懸命なのに、なれなかったらかわいそう。

 きっと彼はそんなこと覚悟した上で努力してるんだろうなぁ。


 感心しながらパラパラとページをめくっていると、気になる箇所を見つけた。

 それは本の終わりの方、ついでの注としてとりあえず付け加えたみたいに他とは独立してページが取られていた。


 輝攻戦士の隷属契約スレイブエンゲージ

 スレイブエンゲージ? 聞いたことがない古代語。

 授業や日常生活ではもちろんこの本の中にもここまで一度も出てきていない。

 なんとなく気になって詳しく読んでみることにした。




隷属契約スレイブエンゲージとは輝鋼石ではなく高位の輝術師と契約を交わす事によって輝攻戦士と同等の能力を得ることである。

 本来輝鋼石から借りるはずの力を他の極めて大きな輝力を持つ者と契約を交わすことで輝攻戦士と同等の力を得る事ができる』




 へぇ。そんなのがあるんだ。

 なるほど、コレなら試験も必要ないよね。




『隷属契約は現在ではほとんど廃れてしまっている。

 他者と契約ができる輝術師がいないということが主な原因だ。

 契約によって輝攻戦士と同等の力を与えられるのはよほど熟達した輝術師に限られるのだ。

 機械の発達により、輝術を習得する者の割合も減ってきている。

 より多くの輝力を秘めている天然輝術師でもない限り――』




 ……え?

 ちょっと気になった単語があったので、もう一度読み返してみた。

 天然輝術師。

 私は本を裏からめくって出版元を調べてみた。

 輝士大国シュタールが発行している公式な書物。

 いわゆる創作の出版物とは違う。


 これってどういうこと?

 天然輝術師って創作の中の単語じゃなかったの?

 つまり天然輝術師は本当にいて、輝攻戦士になるための契約が出来るってコト?


 がたり。

 すぐ近くで物音がしたので私は本から目を離して顔を上げた。

 いつの間にか向かいにエマちゃんが座っていた。


「あ、私に構わず続けててください」


 相変わらずの笑顔。それが今は逆に怖かったり。


「う、ううん。もういいの。エマちゃんこそ図書委員の仕事は?」

「後半の人に引き継ぎました。働きっぱなしだったら委員は食事してる暇ないですよ」


 そう言って彼女は鞄からお弁当箱を取り出してその場に広げた。

 どういうつもりだか知らないけど一刻も早く逃げ出したい!


「あ、そう? じゃ私はこれで……」

「待ってくださいよ。一人で食事するのは寂しいんです。どうせ暇なんでしょ? 付き合ってくださいよ」


 お弁当箱をいそいそと包んでいた私の腕をエマちゃんがしっかりと掴んだ。


「いてください。お話しましょうよ」


 や、やだ!


「でもほら。図書室でお喋りは回りに迷惑なんじゃ……」

「周りには誰もいないですし少しくらい大丈夫ですよ」


 確かに昼休みの図書室にいる生徒なんて元から少ないし、ほとんどが入り口近くの席に集まっている。

 少しくらい喋っても迷惑にはならなそうだけど。


「友達が待ってて」

「教室から逃げてきたんでしょう」

「トイレに」

「我慢して下さい」


 えーっ。


「ルーチェ先輩とお話してみたいと思ってたんです」

「私と? どうして?」

「とってもステキな人だって聞いてましたから」

「え、す、すてき?」


 そんな風に言われるのは変な感じだけど、褒めてもらえるとは思ってなかったから私はついつい喜んでしまった。


「けど正直会ってみてがっかりしました。ただの平凡な小娘じゃないですか。どの辺がステキなのかさっぱり理解できません」

「………………」


 そりゃ、そりゃね!

 私なんて全然ちんちくりんだし、自分でも大して可愛いなんて思ってないよ!

 けどいくらなんでも小娘呼ばわりはどうなの!? いちおう先輩なのに!


「あ、あのねエマちゃん……」


 いい加減に怒りたくなってきた。私はこめかみをヒクヒクさせながら先輩らしく一言注意してやろうと思って、けど何を言おうか相応しい言葉を考えるのに迷っていると。


「でも」


 不意にエマちゃんが寂しそうな表情になる。


「インヴェルナータ先輩はそんな貴女が好きなんですよね」


 私は呆気にとられて考えていた事を完全に忘れてしまった。

 え? 好きって……どういう意味?


「私、インヴェルナータ先輩のこと本気で尊敬してます」


 エマちゃんは視線を外し、遠くを見るような目を窓に向けた。


「私だけじゃありません。剣闘部の一年生みんなそうですよ。二年生にして春の国内剣闘大会未成年女子個人戦を圧倒的な強さで優勝。綺麗で優しくって強くて頼りがいがあって……私たちにとってインヴェルナータ先輩はまさに絵に描いたようなヒーローなんです」


 部活ではすごくて頼れる先輩。

 人当たりがよくって面倒見もいい。

 運動だけじゃなく頭もよくて、さらにあの容姿。

 下級生の憧れの的になる条件は十分すぎるくらい揃っている。

 普段のナータを知らなければだけどねえ……


「そんな憧れの人と二人っきりで買い物なんてまるで夢みたいで……友だちには悪いけど私は前からずっと楽しみにしてました。けど……ちょっとルーチェ、聞いてるの!?」

「は、はい!」


 とうとうよびすて!

 今度は偽りの笑顔もなく明らかに敵意むき出しの表情で睨んでくる。

 私はその迫力に気圧されて思わず普通に返事してしまった。

 年下とは言え剣闘部の娘に迫力で勝てるわけない!


「インヴェルナータ先輩ってば貴女の話ばっかりなんですよ。服を選んでても部活用品を見てても、何かあるたびに貴女のことばっかり」

「わ、私の?」

「試合後でも見せないような嬉しそうな笑顔で、ルーちゃんは、ルーちゃんはって。もう私やるせなくって。けどそんなに言うならどんな人なのか見てみたいと思ってたんですけど……会ってみてがっかり」


 そんなこと言われても……私が悪いわけじゃないし。

 ってかナータ、そんなに私の話ばっかりしてるの? 何で?

 ひょっとして私のおばかな話を面白おかしく誇張して後輩の笑いものにしてたりして。


 ああそっか。だからこの娘はこんなに怒ってるんだ。

 憧れの先輩が私みたいなばかと仲良くしているのが気に食わなくて。

 そう考えるとますます怒りがわいてくる。

 ナータめ、どういうつもりか!


「張り合いのない……」

「はい?」


 エマちゃんが呆れた顔で私を見ている。


「もういいです。失礼しますね」


 そう言ってエマちゃんはどこかに立ち去ってしまった。

 な、なんなのっ? 意味がわかんない!




   ※


 昼休みが終わって教室に戻るとナータはいなかった。


「帰ったよ。体調がすぐれないって言ってたけど、たぶん仮病」


 ターニャが教えてくれた。

 ふん。別にどうでもいいもん。ナータなんか知らない。

 本当に風邪ひいてたってお見舞いに行ってやらないもんね。


「あのね、私たちちょっとナータと話してみたんだけど」


 私が露骨にふてくされているせいかターニャは遠慮がちに言った。


「ナータはもうそんなに怒ってないと思うよ」


 ジルさんがその後を次ぐ。


「言い過ぎたって反省してたぞ。ルーチェが折れればすぐ仲直りできると思うけど」

「うそだよ! 今朝私から話しかけようとしたもん! なのにナータってばまるっきり無視しちゃってさ! 私、絶対にナータから謝るまで許さないんだから!」


 二人は困惑して顔を見合わせた。

 仮にナータが本気で反省してたとしても私だって怒ってるんだし!

 ジュストくんとの楽しい時間を邪魔されたし、エマちゃんからは恨まれるし!

 絶っ対に私から謝ってなんかあげない!


「二人の問題だからこれ以上は口を挟まないけど……」 

「できるだけ早く仲直りしてくれた方があたしらもありがたい」


 うっ。そうだよね……

 とばっちりをくらう形になったジルさんとターニャには悪いと思うよ本当に。

 私にしたってずっとこのままだなんて思いたくない。

 ちょっとしたケンカは何度かあるけれど、ナータの反応が今までとは違っているから正直戸惑っている。

 できるなら早く元通りになりたいとも思う。


 けど、けどっ。

 私にだって意地があるんだから。


「……ごめん。もうちょっと待ってて」


 あんな一方的な態度とられて、それでもこっちから謝るつもりだったのにっ。

 いまさら私から折れるなんてできないよ。


「わかった。けどルーチェもナータもあたしらの友だちだから。二人がどうなってもそれは変わらないからな」


 素敵な友情に涙が出そう。


「ありがとうジルさん。ターニャ」

「ところでルーチェ。さっきから抱えてるその本は何?」

「え? ああこれ?」


 彼女が指差したのはさっきまで読んでいた『輝士と輝攻戦士』。

 もっとじっくり読んでみようと思って借りてきたんだ。


「輝士? なんで?」

「これはちょっと……」


 隠す必要はないんだけど、男の子から聞いた話で興味を持ったなんてちょっと恥ずかしくって言いづらい。


「そうだ。ターニャさ、天然輝術師って知ってる?」

「天然輝術師?」


 話題をそらすためっていう理由もあったけど、それ以上に「もしかしたら」ってキモチがあって聞いてみた。

 結局あの後、輝術関連の戸棚を探したけど天然輝術師に関する資料は見当たらなかった。

 もしかしたらよく調べれば載っている本もあったのかもしれないけど、時間がなくって断念するしかなかった。


 ターニャは輝術マニアって言っていいくらいにいろんな知識を持っている。

 実際に輝術が使えるわけじゃないけど、知識だけなら輝術理論の先生にも引けを取らない。

 だからそんなターニャなら知っているんじゃないかなって思ったんだけど。


「知ってるよ」

「本当!」

「うん。人並み程度には」


 ターニャの言う人並み程度は多くの場合「かなりマニアックに」って言っていると解釈して間違いない。


「本とか持ってる?」

「物語や伝記でよければ何冊か」

「かして!」


 私はターニャに飛びついてお願いした。

 昨日のジュストくんの話、そりゃただの作り話だとは思うけど。

 まあ暇つぶしに調べる分にはいいかもしれない。


「いいよ。けど突然どうしたの? 輝士とか天然輝術師とか」

「え、あ。あはは。ちょっとね。夏休みの課題研究にしようかなって」


 我ながら不自然なごまかし方だったけど、ターニャは深く詮索しないでくれた。

 自分が天然輝術師だったらいいなって期待してるなんて恥ずかしくって言えないよね。


「じゃあ帰りに家に寄る?」

「うん。ターニャ、ありがとっ」


 ターニャの手を握ってぶんぶん振ると彼女は困った顔で笑った。


「二人が何を話してるんだか全然わからん……」


 会話についてこれないらしいジルさんがポツリと呟いた。

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