小さな私の大きすぎる恋

旅人

小さな私の大きすぎる恋

 彼に出会ったのは春のある晴れた日だった。窓から外を眺める私の目の前を高校の制服を着た彼は楽しそうに口笛を吹きながら歩いていた。私はそんな彼が少し羨ましかった。私と同じくらいの年頃の男の子ならいくらでもいたけれど、あんなに楽しそうに学校へ行くのは彼だけだったからだ。それから私は毎日窓枠に座って学校へ行く彼を見ていた。帰ってくる時間はまちまちだったけど、大抵いつも遅かったから見つけるのは難しかった。私だって、家のことを手伝っているのだもの。

 夏に差し掛かる頃には、彼に話しかけたいと思うようになっていた。1つ年上のお姉ちゃんが彼と同じ学年だったから、私は彼のLINEを聞いてくれるように頼んでみた。お姉ちゃんは少し気の毒そうに、LINEを聞いてどうするの、と尋ねた。私は彼がふたつ返事で私とLINEをしてくれると思っていたので、少し傷ついた。お姉ちゃんは私をそっと撫でてなぐさめてくれたけれど、私は自分の小ささが悲しくてその夜泣いてしまった。

 少ししてから、私はお母さんにスマートフォンをもらった。正確には私の名義ではなく、お母さんの名義なのだけど。私の小さな指でも使えるように、画面は一番小さなものにしてもらった。私はそうやって、Twitterを始めた。一番はじめの投稿を書くときはどきどきした。


> ひかる @KobitoNoHikaru・17s

> お母さんにスマホを買ってもらいました。私もみんなみたいに楽しい写真をたくさんあげていきます。


 お姉ちゃんは「写真はインスタでしょ」と笑ったけど、私はうふふ、と言ってごまかした。Twitterは、彼のために始めたのだもの。


 スマホをもらってすぐの頃、多分2週間くらい前、彼が家のそばの電柱にもたれてスマホをいじっているのを見かけた。画面には青い四角に白い鳥のアイコンがあって、彼はそれを押して画面に何か書いていた。私は「悪いかな」と思ったけれど、お父さんにもらった小さなオペラグラスでのぞいてみた。そこにはこんなことが書いてあった。


> 庄司 @SyojiBanjiOK・1m

> 今日も部活。終わったらアイスを食べよう。アキラ某でも誘うか。


 庄司というのは彼の名字だ。アキラくんは彼の友達で、同じサッカー部。私は大慌てでそのIDをメモして、大事にしまっておいた。


 さて、今こそ彼のアカウントを探すときだ。私は検索ウインドウに @SyojiBanjiOK と彼のIDを入れてみた。見覚えのある、泥で汚れたサッカーボールのアイコン。私は、そのアカウントをフォローした。


 その日はどきどきしてなかなか勉強が手につかなかった。私のこと、気づいてくれるかな?私のアカウントのアイコンは、お父さんが撮ってくれたこの家の写真なのだけど。私のタイムラインには、自分で投稿した自分のご飯の写真が並んでいる。面白いと思ってくれるかな?


 その日の夕方、スマホが突然ぶるぶる震えて、私はびっくりして飛び上がった。慌てて駆け寄ると、Twitterの通知。彼が私をフォローした、と書いてある。私は飛び上がって踊り出した。うれしくて、世界中の人にありがとうと言いたい気分だった。


 画面をうっとりみていると、彼が私の昼ごはんの投稿にコメントをしているのに気づいた。信じられない思いでそれを開く。


> 庄司 @SyojiBanjiOK・3m

> Replying to @KobitoNoHikaru

> すごいですね、どうやってこんな小さなものを作ったんですか?


 私は大急ぎでコメントを返した。


> ひかる @KobitoNoHikaru・24s

> Replying to @SyojiBanjiOK and @KobitoNoHikaru

> 私ね、結構料理が得意なんですよ。手先も器用なの。サッカー部がんばってください。


 すぐに返事が返ってきた。


> 庄司 @SyojiBanjiOK・17s

> Replying to @KobitoNoHikaru and @SyojiBanjiOK

> なんで知ってるの?あれ、この家見覚えがあるなあ。ひかるさんは三丁目の黄色い家の人?


 私はうれしくなった。


> ひかる @kobitoNoHikaru・14s

> Replying to @SyojiBanjiOK and @KobitoNoHikaru

> そうよ。いつもあなたのこと、窓から見てるもの。お姉ちゃんがあなたと同じ学年で、色々聞いてるし。ね、DMしていい?


 すぐに彼からDMが来た。


> お姉さんって、何組?

> えっと、3組だよ。国広あかり、って人。

> 知ってる!クラス委員してるよね。ひかるさんは同じ高校?


 私は唇をかんだ。高校には行っていない。でも、中学生とは思われたくないし。正直に書こう。


> 私ね、ちょっと事情があって高校行ってないの。でも、今16歳よ。

> そうなんだ…

> 私ね、友達いないの。ね、友達になってくれる?


 そのメッセージを送りながら、心臓がどきどきした。


> いいよ。おれ、ひかるさんの写真好きだよ。

> ありがとう、ひかるでいいよ。

> わかった、おれも浩二でいいよ。でも、国広さんに妹がいたなんて知らなかったなぁ。

> ふふ、私の存在は秘密なのだ。

> お姉さん美人だから、3組の人気者らしいよ。同じクラスの安田と付き合ってるけどな。


 なるほど、それは知らなかった。返ってきたらとっちめよう。


> ひかるも美人なのかな?笑

> 私はかわいい系なの。お姉ちゃんは背も高くて美人だけどね。


 こうして、私は浩二くんと話すようになった。私たちはだんだん仲良くなって・・・当然ながら、私と会ってみたい、と浩二くんが言い出した。お姉ちゃんからも、庄司くんからあなたのこと聞かれたわよ、と困ったように言われた。私は困り果てた。でも、存在を疑われては元も子もない。折衷案として、私はLINEのアカウントを作って、浩二くんと交換した。LINEのアイコンは、少し迷ったけど私の顔写真にした。お父さんの大きなスマホで撮ってもらったその写真は、我ながら結構かわいいと思う。私の長い黒髪はゆるやかにカーヴして、小さな丸顔を縁取っている。目はぱっちりしていて、ほおは少し紅い。全体的ににっこり微笑んでいて、これなら浩二くんのハートを射止められる気がした。


> やっぱりすごいかわいいじゃん。笑

> でしょ〜。小動物的なかわいい系なのよ、私。

> 小動物。笑。


 そうやって私たちはLINEをするようになった。夏が終わって秋が来る頃には、私たちは毎日のようにLINEで話すようになっていた。浩二くんは外の世界のいろんなことを教えてくれた。サッカー部の練習のこと。夕日がきれいだったこと。アイスクリームの味。アキラくんのこと。お姉ちゃんの彼氏のこと。浩二くんは写真もたくさん送ってくれた。私もご飯の写真やお気に入りの服を着た私の写真を送った。そんな私を見て、お姉ちゃんは「春が来たね」と言って私を小突いた。


 ある日、浩二くんからいつものようにLINEがあった。


> あのさ、声を聞きたいな、ひかるの。

> え、

> ひかるの声、絶対小動物的かわいいだから。

> わかった。ちょっと待って。


 私は大慌てでイヤフォンを持ってくると、プラグをスマホに挿した。結構硬い。一所懸命押し込んで、やっと挿さった。


> いいよ。


 すぐに浩二くんから通話が来た。


「もしもし、ひかる?」

「浩二くん?」

「うん、聞こえるよ。やっぱり声もかわいいじゃん」

「・・・そう?うれしい」

「今日さ、アキラに『最近お前彼女できただろ』って言われたんだ」


 私は心底びっくりした。でも、いや、だからこそ、上手く返事できた自分をほめてもいいと思う。


「そうなんだ。勘がいいのね、アキラくんは」

「え???」

「私は好きよ、浩二くんのこと。私、家に引きこもりでしょ。お姉ちゃん以外に同じ年頃の話し相手もいなくて、でも浩二くんは私のこと大事にしてくれるもの。今日も学校に行くところ、窓から見てたのよ」

「ひかる、おれもひかるが好きだ。・・・おれ、お前に会いたい。お前が何か問題を抱えているのはわかるけど、おれ受け止めるから」


 イヤフォンの向こうで、浩二くんが絞り出すように言った。私はもう、ためらうことをやめた。


「うん、わかった。土曜日の、お昼に来て」


 夕飯の時、お母さんとお父さんとお姉ちゃんに、明日浩二くんが来るよ、と言った。3人は目を見合わせた。お母さんは少しためらった後、

「大丈夫。ひかるの好きなようにしなさい」

と言ってくれた。お父さんも、お姉ちゃんもうなずいている。


 その晩はなかなか眠れなかった。


 土曜日はあっという間に来た。うちのドアを開けて、浩二くんが入ってきたとき、私はお姉ちゃんの手のひらに座っていた。浩二くんは私を見て、にっこり微笑んだ。


「小人のひかるに、会いにきたよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな私の大きすぎる恋 旅人 @tabito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ