音と唄と思い出と
一颯
1 I’m looking for …
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突然の出来事だった。
僕が呆然としているうちに事は物凄いスピードで過ぎ去っていき、
気がつけば彼女の葬儀は終わっていた。
そう、まるで、ちり、のように消えていった。
*
誰もいない部屋に1人戻ると、誰もいない事実に泣いて、喚いて、狂いそうだった。
全ての感情に蓋をして、奥底に押し込んで、涙を飲み込んで廊下を歩いた。
塩なんて振ってなるものか。
彼女が存在していた証明が消えていきそうで怖かっただけだ。
喪服のネクタイを緩め、ソファに座り込む。
ため息を一つつくと、テレビの脇にある写真立てが見えた。
この前、そう、ついこの間だ。
なんの記念でもないけれど撮った、写真。
いつの間にか現像され、木枠に入っている。
重い身体を動かして立ち上がり、写真立てを手に取る。
「君は…こうなることが分かっていたの?」
だからこうして、記念日でもない日に、この部屋で、思いつくままに写真を撮ったの?
携帯のデータだけじゃなくて、わざわざ現像して、枠も買って、飾ったの?
僕が、君から離れられないように。
─好きだよ。好きだったよ。今でも、これからも。
儚く、切なく、酸っぱくて、でも甘い、過去の思い出達。
去年の夏祭りで食べたわたあめのように溶けた僕の恋。
淡い思い出。消えることのない記憶。忘れていく現実。
愛しい思いだけが大きくなって苦しい。
これから冬になるのに、君がいないんじゃ、寒いじゃないか。
思いが、願いが、涙という形になってとめどなく溢れる。
行かないで、これからもずっと一緒にいてほしい。
*
重い足を引きずるように会社へ向かう。
乗車率200パーセントの息が詰まる電車にゆられ、立っていた僕は思わず窓ガラスに手をつく。
あぁ、なんて日だ。
すみません、と小さい声で座っていた人に言う。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
お兄さんこそ大丈夫ですか?なんて言われた。
「なんだか心ここに在らず、って顔してます。」
「…え?」
いや、あったことはあった。
原因はわかってる。
「…ご心配ありがとうございます」
苦笑いをしながら返した。
すると座っていた女性はふふっ、と笑い、本に目を落とした。
切り揃った前髪に、長い黒髪、耳の上に赤いピンがバッテンに止まっている。
…いや、こんな見てたら変人か。
ため息をついて可動域が狭くなっている首を回した。
「あ、これ、差し上げます。」
そう言って目の前の女性は、赤から黄色のグラデーションで、ラミネートされた花弁を僕の前に出した。
「それ、去年の隅田川の花火大会の時の花火の欠片です。」
この人は何を言っているんだろう。
そんな言葉が顔に出たのか彼女は続ける。
「信じるか信じないかはあなた次第です、って言っておきます。」
あ、次で降りるんで、すみません。
そう言って席を立った。
僕は呆然としつつ、ドアに向かう彼女を目線で追う。
彼女が座っていた所は、いつの間にか違う誰かが座っているし、人混みに紛れて彼女の姿を見失ってしまった。
「花火の、欠片。」
思い当たる節はある。
去年の夏だ。亡きあの人と隅田川の花火大会を見に行った。
赤と黄色の花火、キレイだね。
そんなことも言っていた。
そういえば、今年、花火観そびれちゃったね。
本当は諦めたくない。
嘘だって思いたい。
でも。
来年は、一緒に観よう。
現実じゃなくたっていい。
少しだけ前を向けた瞬間だった。
*
少しだけ埃が積もった写真立てを見る度に思い出す。
彼女がいた証、生きていた印、
携帯のカメラで自撮りしたあの日。
満面の笑みの彼女と隣で戸惑っている僕。
僕は、
君だけが足りない世界で僕は生きていけるのだろうか。
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不慮の事故で大切な人を失った僕が
亡くしものを探しに行く話
そこにあるのは華やかで鮮やかな
過去の栄光だけだった
NEXT➣
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