♯78 静かな怒り



「――っ!? な、なに!?」


 

 それにはシャルの顔色が一瞬で変わる。

 俺たちも息を殺しながら、しかし同じような表情をしていただろう。


 激しく動揺するシャルに、宰相は淡々と続けていく。


「何を驚く。国のため、民のためを想う我が王の命令に反したとあらば当然であろう。反逆者であるお前の部下たちもまた、お前と同様の思想を持っておるやもしれぬからな。ヴァリアーゼに害をなす者たちには消えてもらうしかあるまい」

「貴様……どこまで腐っているのだッ!!」

「よし。それと、お前が気に掛けていたアルトメリアの里も再度焼き払ってしまうか。あのときは勇者とやらに邪魔をされたらしいが、私の部下がまた行きたがっていたものでな。今度こそアルトメリアの魔力も我が手に収めてしまおう」

「!? ま、まさか……あの時の兵は、貴様の……――っ!! ずっと探していたのか! それであんなにも早く里を見つけてッ!」


 次々明かされる真実に震えるシャル。

 対して宰相はいやらしい笑みを浮かべたまま言った。


「今頃気付いたか? ようやくアルトメリアたちの隠れ里を見つけたと思ったら、まったくお前にはいつも手を焼かされる」

「それでも……それでもヴァリアーゼの宰相か! そんな非道な真似が許されるはずがない! 王がそんな命令を下すはずがないっ!」

「下したのだよ。王はこの世界を――アスリエゥーラを手中に収め、平和を手にしようとされているのだ。お前たちはその邪魔をしていることがわからんのか?」

「違うッ! それでは平和など訪れない! だから私は王子の元へついたのだ!」

「ふん。ああ、そういえば今、あの勇者とアルトメリアの者たちがお前の部下と共にヴァリアーゼへ来訪しているらしいな?」

「なっ……まさか、貴様……っ!」

「王子によって手厚い歓迎を受けているのだろうな? いや、何も起こらないといいがな」

「やめろ……やめろッ! カナタ殿やユイ殿に手を出すな! 彼らは無関係だッ! 手を出すことは絶対に許さんッ!!」

「それはお前次第であろう? さぁどうする――」



 衝撃の真実にユイは両手で口を覆って震えていて、歯をむき出しにしたミリーは今にも飛び出しそうにぶち切れていて、それをテトラとアイリーンが必死に止めてくれていた。それでもミリーは耳と尻尾を立たせて叫ぶ。


「放せッ! 放しなさいよ! アイツ、今すぐぶっ飛ばして切り裂いてやる! もう二度とあたしの家族に手を――むぐぅっ!? むう! ううううう~~~っ!」


「……ミリー、やめろ」


 ミリーの口を押さえて静かに告げる俺。

 その行為にミリーはキッと鋭い目を向けてくる。


「静かにしてくれ。今はシャルと言い合ってるからなんとかなってるけど、これ以上騒ぐと気付かれるかもしれない」


 そう言ってミリーの口から手を離す。

 すると彼女はテトラとアイリーンに制止されながらも俺にしがみついてきて、声量を落としつつ叫ぶ。


「何で止めるのよカナタっ、アイツら絶対ヤバイじゃない! 気付かれるのが怖いくらいなら突っ込んでぶっ飛ばせばいいのよ!」

「そんなことしてもしもシャルに危害が加えられたらどうすんだよ」

「うっ……そ、それはそうだけどっ! でも黙ってなんていられないじゃない! ていうかなんであんたはそんな落ち着いてんのよ! ああそうあたしたちや里よりあの騎士の子の方が大事なワケ!? だからそんな冷静で――」

「ミリー、やめて」


 そこで、声を絞り出しながら懇願するようにそう言ってくれたのはユイだった。


「違うの、ミリー。カナタは、きっと、一番……」


 ユイは悲しげな顔でふるふると首を振り、ミリーは要領を得ないように眉をひそめる。

 だけど、俺の表情を見てようやくミリーも察してくれたようだった。


「カナタ……あんた……目が、赤く……」

「素っ気ない言い方で悪い、ミリー。あんまり余裕がないんだ」


 俺はシャルと宰相の方を見つめたままそう答える。


 ミリーの言う通り、俺は冷静で落ち着いている。

 頭はクリアだし、目の前の出来事に集中することが出来ていた。


 だがそれは――【精神集中】の才能を使ってシャルを助けることに意識を向けていたからだ。


【思考加速】の才能を使って先を見据えていたからだ。


【鷹揚自若】の才能を使って自分の気持ちを強引に落ち着けていたからだ。


 他にもいくつもの才能で自分を保ち続けていたから、俺はまだこうしていられる。

 逆に言えば、それらの才能を使いでもしなければ俺だって堪えきれていないということだ。

 


「………………ごめん、カナタ」



 シュンと謝ったミリーの頭を軽く撫でる。

 謝る必要なんて何もない。

 俺たちの代わりに一番言いたいことを言ってくれる。こういう素直なミリーが俺は好きだ。

 だけど、今にも駆けだしてこの拳を震いたい気持ちの熱は、まるでマグマのように俺の胸の奥で噴火しかけている。

 

 そこでテトラとアイリーンがようやくミリーを開放してくれて、そのタイミングでリリーナさんが小声で告げる。


「――シャルロット様が剣を抜いたら参ります。テトラ、アイリーン。準備を」


 その声はいつも通り冷静で、しかし明確な怒気を孕んでいる。テトラもアイリーンも同じ気配を漂わせながら黙って頷いた。その深い呼吸によって彼女たちの纏う空気は張り詰められていき、【心の深化】を使用しているのがわかる。

 だからこそミリーもようやく冷静になっていく。俺やユイや、そしてリリーナさんも、みんなが自分と同じ気持ちでいることを知ったからだろう。

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