♯77 宰相の謀略

 それから俺たちはこっそりと宰相たちの後を追い、ついに遺跡の中へと潜入。【神眼】等のスキルで常に敵の動きを把握し、ユイたちに危険が及ばないよう最新の注意を払う。


 そのまま薄暗い内部をシャルの剣から読み取った記憶の通りに中を進んでいき、あの隠し扉まで到着。


 ――静かに扉を開け、すぐに入り口近くの竜の石像の影に隠れた。


 そっと顔を覗かせれば、奥の方には確かにあのドラゴニアの少女が囚われている姿が確認出来る。

 そして、石像近くの狭い牢中で鎖に繋がれていたシャルは鎧も脱がされており、武器もなく軽装の状態で自由を奪われていた。


「シャル……!」

「シャルさん……っ!」


 俺とユイの小さな声が漏れる。リリーナさんたちもわずかに息を呑んでいた。


「ちょっとっ、早く助けに行った方がいいんじゃないっ?」


 小声で話しながら落ち着かなさそうに尻尾を振るミリーに、リリーナさんもまた俺たちにだけ聞こえる声量で返す。


「いえ。宰相の目的はあの聖剣をシャルロット様に抜かせることでしょう。そのために必ず牢の鍵を開けるはずです。それまでは待ちましょう」


 その発言に頷く俺たち。

 とにかく今は、チャンスを待つしかない。


 するとそこで、牢の前に立つ宰相たちに気付いたシャルがそっと顔を上げる。

 拘束されていてもその目は力強く宰相を捉えており、宰相はその眼光に軽く怯む。


「ふ、ふん。ようやく目覚めたか、エイビス。貴様は騎士よりも囚われの姫がお似合いではないか」

「……宰相殿、何を企んでいるのだ……」

「企み? ……はっ、やはり貴様はヴァリアーゼの騎士としては甘すぎる。あの化け物とこの剣とを見ればわかるだろう」

「……どういうことだ? 我が聖剣を何に使おうとしている……!」

「あのドラゴニアは長年封じられ弱り切っている。だが、それでも我々が近づくことさえ難しい魔力を持っているのも事実。しかし、この聖剣さえあれば今のヤツを葬ることは容易だ」


 聖剣を手に口角を上げる宰相。

 シャルの瞳に明確な怒りの感情が宿る。


「……! 貴様……っ!」

「ああ勘違いするなエイビス。何も私はヤツを殺そうなどと思ってはおらんよ」

「な、に?」


 疑問顔のシャルに、宰相は満足げにシャルの牢の周囲を歩き回りながら饒舌に語りだす。


「当然であろう。かつて地上を揺るがし、世界を滅ぼすほどの力を持ったという伝説の竜――ドラゴニアが我がヴァリアーゼの領地に存在したのだぞ。エイビスよ、お前にはこの現状がわからんか? そんな勿体ないことが出来るはずあるまい」

「……ならば、あなたは一体、何を……」

「知りたいか。ふむ、そうだな。最期までヴァリアーゼへ尽くす健気な騎士たるお前への餞に教えてやろう。何簡単なことだ」


 足を止めた宰相はその聖剣を掲げ、そして高らかに言った。



「この聖剣を使ってドラゴニアヤツを服従させ――我がヴァリアーゼ最強の兵にするのだ!!」



『っ!!』



 シャルだけではない。

 俺たちも一様に驚愕するしかなかった。


「考えてもみろ! 我が騎士国がドラゴニアの力さえ手にすれば、それこそこの大陸を――いや、世界中を支配することも夢ではない! 貴重な同胞たる騎士たちの命も無駄に散らすことはなく、神に等しい力を持つと云われるヤツを! 最強の、無敵の兵を使うことが出来るのだ!」

「兵……だと? 馬鹿なっ、神聖な竜族を服従させるなど不可能だ!」

「それはわからんぞ。ヤツは人が何度生まれ変わって人生を終えるかというほど長くこの場所に封じられて、それでもなお生に執着している。そんなにも大切にしてきた命の危機とあっては、ヤツも人に逆らうことは出来ぬのではないか?」

「宰相……貴様っ! ――ぐっ」


 聖剣を手にいやらしく微笑む宰相に、シャルは強引に動こうとして、しかし手足共に縛られており、苦痛に顔を歪めるだけだった。

 それでもシャルは、その強い意志の宿った瞳で訴えかける。


「荒唐無稽な真似はやめろ。無駄だ。何よりその剣はお前たちごときに抜けるものではないっ」

「そのようだな。だからここへ来たのだ」

「――何?」

「エイビス。貴様に正真正銘最期の仕事を与えよう」


 そこで宰相はようやく腰にぶら下げた鍵を取り、それを使って牢を開閉。中へと入っていく。その緊張感に俺は息を呑む。


「この剣を抜け。後は私たちがあのドラゴニアを服従させる。そうすればヴァリアーゼが世界を支配するのも時間の問題となろう」

「……その話を聞いて、私が協力するとでも思っているのか? ありえん。貴様たちのような悪党に手を貸すつもりはない。ならば死を選ぶ」

「ふん、この後に及んで命乞いさえしないお前の騎士道精神にはほとほと呆れるな。甘い戯言ばかりして口にし、理想を振りかざして国を堕落させる王子によく似ている」

「貴様ッ! クローディア殿下になんと無礼なッ! あの方は本気で世界を救うために励んでおられるのだ!」

「私も同じだよエイビス。世界を救う――そのために我が王に世界を支配していただこうというのだ。行き着くところは同じだろう」

「違うッ! 貴様たちの歩む道の跡にはヴァリアーゼの歴史を汚す怨恨と増悪しか残らん! クローディア殿下はその戦いという歴史を変えようとなさっているのだ!」

「それが愚かだというのだ。戦いなくして歴史は変わらん。何より、戦いがなければお前たち騎士に何の価値がある? 戦いのない世界にお前たちの居場所などないのだぞ」


 宰相の発言に、シャルはハッとしてわずかにだけ固まる。

 しかし――それでもシャルは前を向いた。


「……それでも構わない。私たちが、騎士が戦う必要のない世界に私は進みたいのだ! そんな世界こそが本当に平和な世界だ!」


 その瞳に曇りない光を宿し、真っ直ぐに断言するシャル。

 

 だが宰相は「話にならんな」と首を振って一蹴し、ゆっくりとシャルの元へ近づく。


「さぁ、剣を抜けエイビス。これが貴様の最期の仕事だ」

「断る。ヴァリアーゼとその聖剣の名に泥を塗れるはずもない」

「最期の仕事を果たせば命を助けてやると言ってもか?」

「くだらん。秘密を知った私を生かしておくはずがない」


 既に覚悟を決めているのだろう。シャルは最期まで騎士らしくあることを望んでいた。


「ふむ……そうか」


 すると宰相は残念そうに眉をひそめ、それから何かを考えるように顎に手を当て。

 そして、まるで妙案でも思いついたように軽く告げた。




「――では仕方ない。お前の部下たちを全員反逆者として処刑しよう」



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