♯5 異世界温泉ダイビング


「なん!? えっ、ぼご! ごぼぼぼぼぼぼ!?」


 よくわからない力に吸い寄せられるように、俺の身体はどんどん秘湯の底へ沈んでいく。

 なんで!? この温泉こんな深くなかったぞ!? ていうか何に引っ張られてんだ!? そもそも何が起きてんだこれ!


『大丈夫、落ち着いてください。目を開けて』

「もご!? ご、ごごぼぼぼばーん!?」


 聞こえてきたのはお姉さんの声。

 目を開ければ――不思議と目の前にしっかりお姉さんの姿が見えた。それに、声も鮮明に聞こえてくる。


『苦しいのはわずかです。もうじき扉をくぐります。直前までお見送りさせていただきますね』

「ごぼ……ごごぼぼぼ!?」

『さぁ、あちらを』


 お姉さんが笑顔で俺たちの下を指差す。


 見た。


 すると――緑色の不可思議な空間の中の底に、巨大な『扉』が待ち構えている! 

 そしてそれは、ゆっくりと静かに開いていた!


 ――ちょ、なにこれなにこれどういうこと!?


 意味がわからない俺はお姉さんの方をガン見する。

 するとお姉さんは、そっと俺の胸元に手を当て、


『せめてものお礼として、そしてあちらの世界で生き抜くため、私からも『本』をプレゼントさせてください。カナタ様に私の力を――『転写』いたします』


 そう言って、お姉さんの手が温かく輝き、そこから複雑な形をした魔方陣みたいなものが出現。それはゆっくりと回って収縮し、俺の胸の中へ消えていく。

 心臓が大きくドクンと脈打った。

 瞬間、頭の中に無数の『文字』が刻み込まれていくような感覚を得て、その文字たちが一冊の本に集約し――収まる『イメージ』が脳内をめぐった。

 なんていうか、強引に凄まじい量の知識を詰め込まれたような、凝縮された情報をダウンロードされたような、そんな、よくわからないけどとんでもないものを貰ったような気がした。


『これでカナタ様の能力は潜在上限に達し、27604512の『才能スキル』と93775820の『魔術』を扱える適正を得ました。初めは必要なときに自動発動しますが、段階的に鍵が外れ、やがて頭と身体が仕組みを理解していけば自らの意志で行使出来るようになります』

「ふごごご!? がぶぶっ」

『これで、あちらの世界でも秘湯めぐりを楽しむことが出来るはずです。少し大げさな力ですが……どうかわたくしを、いえ、わたくしの世界を、お願いします』

「もご、もごごごごご!」


 お姉さんさっきから何言ってるんだ!? 俺、どうなるんだ!?


『さぁ、扉が開きました。カナタ様に、どうぞ加護がありますよう――』

「ごぼぼぼ! ごぼぼぼぼぼっ!」


 いつの間にか開ききっていた謎の巨大な扉。

 俺の身体はそこに吸い込まれていき、お姉さんとどんどん離れていく。


 手を伸ばすと、お姉さんは優しい笑顔で――



『いつかまた、カナタ様にお逢い出来る日を心待ちにしています。

 ……わたしの、わたくしの名前は――――』




 だが、その名前を聞く前に姿は消え、声は断ち切れて――




「ごもごごごご! もごごごごごご~~~~~~~~~~~~!」




『だから! 何がどうやってんだよ~~~~~~~!』と叫ぶこともままならず、俺はそのままわけもわからず『扉』をくぐり落ちていった――。



 ♨♨♨♨♨♨




「――どわあああああああああああああああああああ!?」



 次に気付いたとき、俺はなぜか空に浮いていた。というか落下していた!


「なんだよこれなんだよこれなんだよこれ! 空飛んでる!? スカイダイブ!? ちょっと待てどうなってんだよおおおおおおおおおおおお!」


 素っ裸のまま上空を落ちていく俺。うおおおお寒い寒い寒いってぇ!

 なんとか姿勢を動かして上を見れば、そこにはゆっくりと閉じて消えていく扉があった。

 どうやら俺はあそこから落ちてきたらしい。いやいやなんでだよ!? つーかなんだよあの扉は!


「く――そおおおおお!?」


 続いて眼下を見れば、そこにあるのは山。山山山。ごつごつした岩肌と生い茂った木々しかない。


「いやいや死ぬだろ! パラシュートもないのに山に落ちたら死ぬだろ! ちょっとこれどうなってんのどうすればいいの!? お、おねえさあああああああああん!」


 あのお姉さんに助けを求めるも、俺の声は空に響くのみ。


 ――が、そこで突然頭の中に一冊の本のイメージが思い浮かび、そこから勝手にある『言葉』が飛び出してきた。

 すると視界が一瞬だけ赤くなり、パリン、とどこからかガラスの砕けるような音がして、先ほどまで山しかなかったはずのその落下地点に、今は人里のようなものが確認出来るようになった。小さな里だが間違いなく民家があり、人が住んでいるのがわかる。


 さっきまでは絶対になかった里が、今はなぜか“視えて”いる!


「なんだ、これ? は? 何が起きて――えっ?」


 意味もわからず呆然とするしかない。

 が、そんなことをしている間に地上はみるみる近づいていき。


「――あ。や、やべぇ! このままじゃ!」


 ぐんぐんと近づいてきた地上――そこには巨大な湖のようなものがあり、どうやらもうそこに落ちるしか生き残る方法はないようだった。

 いや、なんか湯気っぽいの見えるしこれ温泉じゃないか!? 落下地点にいきなり秘湯!? お姉さんの世界ってここ!? 秘湯めぐりってこういうことなん!?



「だーもうわけわかんねーよ! どうにでもなれええええええええええええええ!」



 すべてを覚悟した俺は、水泳の飛び込み競技のように手を前に突き出し、ついにそのまま巨大な秘湯に飛び込んでいったのだった――。

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