序章 師匠と弟子

 かみの色、不明。ひとみの色、不明。容姿、不明。

 ──しんだいから出ることもままならないたぐいまれきよじやく体質。


 それが世間の知る、秘密の姫君わたしのすべて。


「オフィーリアひめさま、女王へいと姉君が入団をごしようだくくださいましたぞ」

 きゆうの庭園で行われていたけいの真っ最中。

 それもけんと剣が結び合ったつばい状態のときに、今自分にとって何よりも気にかかる最重要案件を持ち出されたものだから、オフィーリアの手からわずかに力がける。

(しまった……!)

 と思ったときにはもうおくれ。師は寄る年波を置き去りにした力強い剣さばきで、オフィの剣をはじく。

「っ、ずるいわよオースティン!」

「勝利のごくは主導権のだつしゆみずからの行動に相手を反応させることがかんようですぞ」

「あーはいはい、すきを生んだわたしが悪うございましたっ! ──で、さっきの話、たのんだわたしが言うのもアレだけど、よくお母様とお姉様をろんできたわね」

わしは姫様が《聖なる黄金の十字架セント・クロワ》への入団を望まれていると申し上げただけですじゃ」

 さやに剣を収めながらのオースティンの言葉にオフィは数回目をてんしゆんさせ、「えっ?」と首をひねる。

「それですんなり首を縦にったの?」

「『反対してもでしょうね』と、お二人とも口をそろえておっしゃっていましたな」

 一度言い出すと聞きやしない、オフィのがんな性格をいやというほど知っている二人だ。説得するだけ時間の無駄、と早々に結論づけたのだろう。

「あと、『顔に傷の一つでも負わせた相手はそくざんしゆ』とも」

 ……をしないようにしよう、相手のために。オフィはきもめいじた。

「じゃあ《セント・クロワ》入団にあたっての直接のこうしよう相手は、あなたってことでいいのよね?」

 いしだたみに転がっていた剣を拾い上げたオフィは、オースティンの顔をいどむようにえる。

 オースティンはしようし、困ったようにかたすくめてみせた。

「このヨボヨボジジイめに大層な役目を一任されるとは。陛下と姉君も人が悪い」

「ヨボヨボの意味を調べ直すことをすすめるわ」

 首の後ろで一つにわえた髪と、たくわえられたあごひげはほぼ灰色。としだけならばろうれいど真ん中のオースティン・ウィクリフだが、そのかたきは国王直属だん、《セント・クロワ》一番隊隊長けん総隊長──せいえい部隊のトップだ。白い制服、それから総隊長を示す金十字入りの白マントをまと身体からだぜいにくいつさいない。

 げんえきどころか、王国最強の座にくんりんし続けている化け物である。

「団を預かる身からすれば姫様の入団はかんげいですじゃ。しかしながら祖父代わりとしてはみすみす危険な職種にかせたくはなく。まったくジジイ心は複雑ですのう」

「気持ちはうれしいけど、ぶっちゃけ女手足りてないんでしょ」

 戦争きようだったという先王が、「戦力になるならねこの手でもなんでも使え」という持論の持ち主だったために、女子も騎士に従事できるようになった。

 とはいえ、女子の希望者はあつとうてきに少ないのが実状だ。

「ごもっとも。総隊長としての立場とジジイとしての立場のはざれる中、入団に条件を定めることで心のかつとうに折り合いをつけただいです」

「入団できるなら無理難題どんと来いよ。で、その条件って?」

「まずおんの身分は儂の他にはとくしていただきます」

 オフィーリア・リズ・レーヌグラン。肩書きはレーヌグラン王国第二王女である。

 わけあって、虚弱をたてまえおおやけから一切秘されてきたために、付いた二つ名は『秘密の姫君』。

 ──騎士になるためにたんれんを始めてから体質は改善。おかげで健康にうれいは何一つなくなったが、幼いころされた虚弱のうわさてつかいしないまま現在に至る。

 生まれてこのかた王女として国民の前に立ったことがないためだろう。ちまたでは実はすでに死亡しているだの、人前に出られないほど不器量だのと好き勝手な噂がっているとか。

「知られた際にはそく退団、よろしいですな?」

「ええ、わかったわ」

 幼少期は女王である母によって秘され、騎士になると決めてからは、自らの意思で身分をかくしている。いつぱんじんよそおってしょっちゅう城下にしているオフィにとって、そう難しい条件ではない。

「それから姫様は、隊長付きになっていただきましょう」

「異論はないけど、学院を出ていない人間がいきなり隊長付きって不自然じゃない?」

 騎士志願者は、まずまなである四年制の王立騎士学院を卒業して内部入団する。

 入団後は従騎士として自団のせんぱい騎士に付き、二年の下積み期間を経て正騎士にじよにんされるのが通例。例外として学院に通わず、副隊長格以上の階級者によるすいせん入団もあるが稀だ。

 入団はまだしもぽっとでの新人が、若手やちゆうけんをすっ飛ばして隊長付きに、とはなかなか異例である。

「さすがにただの従騎士として放り込めませぬ。ゆえに姫様は儂のとおえんの貴族れいじようとして入団してもらいますぞ」

「うわーコネしゆうしかしない。でもしょうがないわね。エリート軍団《セント・クロワ》はただでさえせまき門だもの」

 王立騎士団の方がまだ女子に門戸を開くことについてかんようだ。事実、女子隊員が少ないながらも複数ざいせきしている。

 だがしかし、オフィが入りたいのは《セント・クロワ》のいつたく

《セント・クロワ》でなければ、意味がないのだ。

「儂が最もしておりますのは、姫様のお美しさですじゃ」

 オフィは花の十六さいこしまである赤みがかった金髪ストロベリーブロンドに、けぶるようなまつふちどられた大きなエメラルドの瞳。はだは鍛錬に明け暮れているとは想像がつかないほどキメの細かいせつぱくだ。外見は文句なしのうるわしきおとである。

「王女という肩書きでけんせいできない姫様に、おおかみどもが群がるのは火を見るより明らかですからのう」

「総隊長のこうは何にもまさよくりよくになる、か」

「本来なら儂の隊にてお預かりしたいところですが無理ですゆえ」

「総隊長率いる一番隊は叙任五年以上の経験者しか所属できない規定だもの、仕方ないわ」

「ですからゆいいつ、姫様を守ることのできる存在に任せますじゃ」

 わたしを唯一守れる存在?

 ぱっと思い浮かんだのは三番隊。あそこの隊長は《セント・クロワ》のこういつてんだ。

「女だてらにくつきような騎士を従えているだなんててきよね。あこがれちゃうわ」

「姫様の配属先は三番隊ではありませんぞ」

 てっきりそうだと思い込んでいたオフィは目をぱちぱちとまばたかせる。

ちがうの? でも三番隊しか女隊長が率いる部隊なんてないわよね?」

「あそこは副隊長にちと問題が……。姫様の配属先の隊長はゆうしゆうかつ実力的にも申し分ないのでご安心を。三番隊とは別の意味で少し、いや、かなりやつかいやもしれませぬが……」

 おくに物が挟まったような物言いが、らしくない。

 何か言いづらい事情があるようだが、オフィの決意はとっくの昔に決まっている。

「……覚えてる? 『我ら騎士の大義名分には、時としてに人の生をうばうこともふくまれております』」

 騎士を志すと決めたときに、オースティンから投げかけられた言葉。

 十年った今でも、オフィは一言一句違わず思い出せる。

「『てた者、その死をなげく者、救えなかった者の数だけごうを背負う。姫様にはそのかくがおありですかな』──答えは〝イエス〟」

 何度かれても、オフィは同じ答えを出す。

「王女の身空で騎士になるってんだから業も苦難も上等よ。全部まとめて背負ってやるわ」

 どうもくしたオースティンは、そのあとすぐ満足気なみを浮かべて言った。

「ならばかつやくに期待しましょうぞ」

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