COLOR DOGS ~国王直属独立特殊部隊~

白野廉

1匹目 月を追う狗


 スポットライトに照らされたテーブルの上に、シャッフルしたトランプを置く。


「さて、それでは。ゲームを始めましょうか」






 色素が薄い茶色の髪をオールバックで固め、ピッシリと整えられた燕尾服はキッチリとネクタイを締めて。キラキラチカチカと瞬く照明に照らされながら、半円を描くようにして囲むカウンターテーブルの中心で愛想よく笑いつつカードを切る。


「なーんでこんなことしてんだ俺……」


『まぁまぁ、お仕事なんだし文句言わずに。ディーラーの恰好良く似合ってるよ、グリーン』


「嬉しくねーっス」


 ポツリと呟いた小さな独り言。本来であれば誰にも聞かれない筈のソレに返ってきた、インカム越しの声。成人を迎えていい歳した野郎にしては高めで柔らかく耳障りの良いその声の持ち主は、俺の所属する組織の幹部の一人である、イエローだ。


『一先ずコッチのお仕事は完了だよ。ソコのネットワークその他諸々は全て掌握済み。そっちは準備オッケーかな?』


「ウィ」


 ジャラジャラと大量のコインやチップがこすれ合う音が絶え間なく、やかましく響き続ける。強い酒気と纏わりつくようなタバコの煙。運命の女神に翻弄される哀れな民がこぞって底辺を競っている。

 イエローが言ったように、仕事でも無ければ俺がこんな場所に立つことなどあり得ない。今回の俺の任務は、ディーラーとしてこの違法カジノに潜入。そして制圧、並びに一斉検挙、というものだ。王政が権力を司るこの国で違法ドラッグをバラ撒いている、という情報を掴んだために、俺たち、国王陛下直属特殊部隊が処理にやって来た、という訳だ。確固たる証拠も掴んだし、後は捕らえるだけ。

 インカムでイエローから再度簡単に説明された、任務遂行の為の作戦計画。スリーカウントで店内のブレーカーが落ち、三十秒もしないうちに予備電源に切り替わる。カジノの客である一般人は出来るだけ傷つけてはならない、という縛り付き。

まぁ、なんだ。多少スリルがあった方が張り合いがあるというもの。カウンターの下にあらかじめ隠しておいた装備を、そっと確認した。




『三』


 こちらの準備が整ったことが分かったのか、インカム越しのイエローの楽しそうな声がカウントを刻み始めた。


『二』


 ボーイソプラノの軽やかな声を耳にしながら目を瞑る。目の前に座る客どもに多少変に思われても問題無い。だってどうせ、なぁ。


『一』


 ピン、とスモーク弾のストッパーを引き抜き、宙に放り投げる。と、同時。バン、と派手な音を立ててブレーカーが落ち、店内の照明が全て消え、辺りは暗闇に包まれた。柔らかで上質なカーペットの上にスモーク弾が落ちてゆく。慌てふためく客のやかましい声とソレをどうにか落ち着かせ原因を探ろうとするオーナー側の怒号を尻目に、カウンターの下へと潜り込んだ。カジノ内に一気に充満する催眠ガス。騒がしかった声は瞬く間に立ち消え、ドサドサと複数の重たい物が床に転がる音だけが残った。


「パープルの調合ヤバすぎってか怖いっスわ」


『うっわエグいな……予備電源稼働まで推定二十!』


「おーけーイエロー」


 緩い返事を返し、片太ももに二本ずつ、計四本のサバイバルナイフを燕尾服の上から装備し、右手にハンドガン左手に大ぶりのハンティングナイフを携え、光源の一切ない暗闇の中へと足を踏み出した。




 催眠ガスの詰まったスモーク弾を放り投げる場所をカジノのど真ん中辺りにすることで客の殆どを先に眠らせてしまおうという考えだったとはいえ、すんなりと上手くいくとは思っていなかった。それもパープルのお陰ではあるのだけれど。……あの毒大好きマッド野郎に感謝するのも癪というかなんというか。たまたま壁際に立っていた為に催眠ガスが効かなかった警備員たちをあらかた昏倒させたところで、パッと照明が点いた。予備電源が作動したようだ。唯一の出入り口を振り返って見てみれば、そこには武装した警備員たち。


「……武装してるとか聞いてないんスけど」


『うーん……店側の過度な武装は原則禁止なんだけどなぁ。現行犯でも捕縛できるね。頑張れグリーン』


「ちょ、っと無茶な!」


 自分に向けられた数多の銃口。慌てて近くのカウンターテーブルに潜り込めば、サブマシンガン特有の連射音と、チカチカと瞬くマズルフラッシュが辺り一帯を占領した。


「めんどくさ」


 ズタボロになってきたこのカウンターじゃあ、あと数秒も保たないだろう。懐から閃光弾を取り出し、無造作に放り投げる。カチン、と火薬が着火した音。瞬間、全てを塗り潰すかのような眩い閃光。銃弾の雨が、止んだ。

 初速から一気にトップスピードへ。比較的近くに立っていた男の顎をカチ上げ、隣りの男の首に手刀を落とす。次の男を蹴り飛ばし、数人を昏倒させたところでリーダーらしき男は視界が回復したのか、声を張り上げる。殺せ、あの侵入者を殺せ、と。もっとこう、命令することが他にもあるだろうに、……なんて。


「あんな奴に求めちゃダメか」


『んー? グリーン、なんか言った?』


「なんでもねーっス」


 眩んだ視界から回復した男たちが再びこちらに銃口を向けてくる。構わずに一歩跳び退り、すぐ傍にあったスロット台の上に飛び乗った。熱烈に見つめてくる銃口を振り切るように、スロットの群れの上を駆け抜けた。自分を追って放たれる銃弾たちの当たりどころが良かったのか、悪かったのか。派手な音を撒き散らしながらコインが大量に排出されていく。撃ち尽くしたハンドガンはその辺に放り投げ、元気よくコインを吐き出しているスロットの陰へと飛び降りた。滑り込むように、持ち主が居なくなり放置されていたサブマシンガンを拾い上げ、天井に向かって乱射する。


「頑張って生きてて、ね!」


 弾を全て吐き出しきった彼女もその辺に放り投げ、予備のサバイバルナイフを仕上げとして天井に投擲する。位置が割れたせいで危うく蜂の巣にされるところだったが、頬と腕に多少かすった程度で済んだ。まぁ、一般人に毛が生えた程度の戦闘能力みたいだし。スリルを求めるのはお門違いだった、って事なのかな。中央の大きなシャンデリアが落下するのに巻き込まれる男どもを視界の端に入れながら、ハイになっていた気持ちが落ち着いていくのを感じる。






「はい、後はアンタだけ。自害は、あー……どうせ出来ないか」


 目の前で震えているのは、このカジノを取り仕切っているボス。周りにはその身を守ってくれる筈だった男たちが、一人残らず寝転がっている。残された、ただ一人。


「ふむ。ご苦労だったな、グリーン」


 カツン、軍靴の音を響かせながらカジノ内に入ってきたのは、月光を秘めた髪色を長く伸ばした容姿端麗な男。軍服を翻しながら威風堂々紅いカーペットの上を歩き、震える男の前で立ち止まり、差し出したのは国王陛下直筆の書状。国王陛下直属特殊部隊のリーダーへと宛てられた、このカジノの行く末。


「こ、国王直属……ッ、王政の狗風情が……!」


「狗、ね。まァ、否定はせんさ。だが、そんなモノに噛みつかれる気分は如何かな、マスター?」


 一体どちらが悪役なのかと首を捻りたくなる程の悪人面。ブラックの気迫に負けた男は哀れにも小さく縮こまっている。ブラック、あんなに笑顔で何か嬉しい事でもあったのだろうか。


『我らがリーダー、ブラックはグリーンのアクロバティックな暴れ方がお気に召したみたいだよ』


「お前たちの活躍はいつ見ても心が躍るからな」


 ブラックの後から入ってきた王国軍が、床に倒れている男たちを捕縛して地上へと連れ出していくのを眺めながら、頬が緩んではいないだろうか、と傷を触るふりをしながら確認する。


「……次は西の国境沿いの任務がいーっスね」


「ふむ。確かに最近、グリーンからしたら生ぬるいであろう任務しか無かったな。久しぶりに戦場で派手に暴れに行くか」


『おーけー。それなら、グリーンの言うように西の帝国がそろそろ動きだすっぽいし、そこ狙っていこうか』


 バサリ、とコートを翻し歩きだしたブラックを追いかける。戦闘しか能の無い俺だからこそ。砂塵舞う戦場で戦果を挙げて、アンタを支えたい。こんなちっぽけな俺を掬い上げてくれた、アンタを。


「行こうか、グリーン」


「ハイル、マインリーダー!」




 月を、追う。



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