2-9 騎士団長グレン

 事件が解決するまでの日数、拘束料を払うことを王室に掛け合ってみる、とテセラが口にしたことで、一応デトネイトたちの不満は収まったようだった。

 ホームズたちは、三人の冒険者がいた部屋を辞し、廊下を歩いていた。


「どうも、あの三人は容疑者から除外してもよさそうだな」


 ホームズが口にすると、


「僕もそう思う」


 ワトソンが応じた。ホームズは、「ああ」と頷いて、


「あの中の誰かが犯人、もしくは全員が共犯なら、さっき言ったとおり、肝心の肝を隠しておくというのは意味がない。あの三人が被害者を殺す動機があるとしたら、分け前を増やすこと以外に考えられないからな。まあ、今のところはだが」

「うん、それと、もうひとつ、あの人たちが犯人じゃない理由が考えられる」

「何だ?」

「彼らが、ギルドに所属している冒険者だったからだよ」

「ギルド……そういや、殺されたスティールジョーの代わりに、そのギルドとやらで新しいメンバーを補充するとか言ってたな、あのデトネイトという聖職者クレリックが。で、あいつらがギルドに所属していると、どうして犯人じゃなくなるんだ? そもそも、ギルドって何だ?」


 ホームズが説明を求めると、えへん、とひとつ咳払いをしてからワトソンは、


「正確には『冒険者ギルド』っていうんだけど、その名のとおり、冒険者たちが所属する組合みたいなものさ」

「冒険者っていうのは、全員がそこに所属しているわけか?」

「いや、中にはギルドに属さない『ヤミ冒険者』もいるよ。でも、ギルドに籍を置いていたほうが圧倒的に有利なんだ。なにせ、そこに所属していれば、目的にあったパーティ結成のためのメンバー紹介や、色々なところから持ち込まれる『仕事クエスト』を斡旋してくれたりもする。代わりに冒険や仕事で得た報酬の何割かをピンハネされるけど、それを補って余りあるメリットがあるといえるだろうね、ギルドに所属するってことは」

「なるほど。より冒険だけに集中できるってわけだな」

「そういうこと、だから、ギルドに所属している冒険者たちは、ギルドから除名されることをとても嫌がる」

「除名って、まさか?」

「そう、色々な要件はあるけれど、中でも問答無用、一発で除名されて二度とギルドに復帰できなくなってしまう、ギルドにおける最大のタブーがある、それが『同僚殺しカリーグ・キリング』」

「そういうことか」

「そうなんだ。報酬に目がくらんだくらいで、ギルドに所属している冒険者が仲間を殺すなんてことは絶対にない」

「そうか、だからあのミリアムっていう魔法使いマジック・ユーザーは、自分たちがスティールジョーを殺すわけがないと、あんなに自信満々に言っていたのか」

「うん、もし彼らが犯人で、それがばれてしまったら、普通に衛兵騎士団に逮捕されるうえ、もう冒険者としての人生は終わりだよ」

「なるほどな」


 ホームズが納得したところに、


「あの、ホームズ様」テセラが声を掛けて、「これから、どちらに?」


 次なる捜査方針を尋ねた。殺害現場となった客室を出てからあてもなく歩いているうちに、ホームズとワトソンの話が長くなってしまったため、三人は廊下の真ん中で立ち止まっていたのだった。


「ああ、すみません。そうですね……容疑者――いえ」ホームズは、テセラの手前言葉を濁して、「王族のどなたかとお話できればと思うのですが……」

「レイチェット様、ファスタード様、ラムペイジ様の親子は、ただいま出掛けておりますので、夕方にならないと城へは戻らないかと思いますが。石化王子アストル様の母君アレイドラ様でしたら、城のどこかにいらっしゃるかと……」

「ああ、でも、ラヴォル王が、今夜の晩餐の席に皆さんそろって出席されると言っていましたね。でしたら、王族の方々とはそこでお話させていただきましょう。それなら……どうでしょう、当時を知る人に話を訊けますか?」

「当時、ということは」

「はい。五年前、アストル様が毒にやられることになった〈蠱毒こどくの森〉討伐に参加したメンバーに話を訊いてみたいのですが」

「もちろん構いません。王立騎士団の団長は、当時と変わっていませんし、メンバーもほとんどはまだ在籍していると思います」



 王立騎士団が使用している敷地は、城を囲う城壁の外にあった。ただ、外とは言っても城壁は堀を渡した橋で接続されており、簡単に行き来が出来る。この橋は一旦騎士団の敷地内に入らないと渡ることが出来ないため、不審人物が勝手に城内に侵入するために使用することはまず不可能だ。

 橋を渡り敷地内に足を踏み入れると、テセラは、あれが事務仕事などを行う詰所、あれが騎士たちの宿舎、あちらが訓練場、などと敷地内の設備を説明してくれた。橋を渡り終える頃から、ぶつかり合う金属音や、男たちの怒声、馬が駆ける蹄鉄の踏み音などが渾然となって耳に入ってきた。テセラが、疲労困憊といった様子で近くを歩いていた若い騎士に声を掛けると、


「ああ、テセラさん」若い騎士は、隣に立つホームズとワトソンに怪訝そうな視線を向けながらも、「……グレン団長ですか? ええ、いますよ。……はい、特に忙しそうにはしていませんので……ええ、いつものように暇つぶしに僕ら若手をしごいています――あ、今の話はご内密に……そ、それじゃあ、呼んできますので、詰所の応接室でお待ち下さい」


 若い騎士は足早に訓練場方向に向かい、三人は言われたとおり詰所の玄関をくぐった。

 応接室で待っていると、ガチャガチャという金属音が近づいてきて、直後ドアが押し開けられ、


「テセラさん、何か御用でしょうか?」


 壮年の男性が顔を見せた。さきほど話をした騎士と同じように、全身を鎧に包み、腰には大小二本の剣を提げている。


「グレン団長」とテセラは椅子から立ち上がり、「あの、こちら……」


 同じように立ち上がったホームズとワトソンに手を向けたが、紹介するより先に、


「ああ! あなた方が〈たんてい〉というやつか! ラヴォル王から話は伺っていたよ」


 グレンは鎧同士がぶつかる金属音を鳴らして近づくと、まずホームズに握手を求め、


「王立騎士団長のグレンです」

「ホームズです」


 グレンの圧に押されがちに若干身を引きながら、握った手を上下に振った、いや、振られた。続いてグレンはワトソンにも握手を求め、


「お、同郷か?」

「はは、ワトソンです、よろしく」


 グレンが掛けた言葉には意味があった。騎士団長グレンも、ワトソンと同じように褐色の肌をしていたためだ。その様子を見てホームズは、


「グレン団長と、うちのワトソンは出身が一緒なんですか?」

「俺はブルザリだが……まあ、掛けてくれ」


 グレンは三人に着座を促し、自分も空いている椅子にどっかと腰を打ち据えた。


「僕もそっち方面です」


 ワトソンが答えると、


「おお! そうか! 随分と苦労しただろ? あ、いや、お前さんくらいの歳なら、そうでもなかったか?」

「はい」

「はは、そりゃ結構」


 グレンは、ガハハと笑った。そのやり取りを見聞きして、きょとんとしているホームズに、グレンは、


「ああ、お前さんは異界人いかいびとだから分からんか。俺が若い頃は、まだブルザリアンってだけで、都市部では随分と差別を受けてた時代でな」

「ブルザリ生まれだから、ブルザリアンですか。それは国名ですか?」

「今は国名になってるが、そもそもはあそこら南の一帯全部の地名みたいなものだったな。独立国家として認められるってんで、馴染みの深いブルザリを国名にしたってわけだ」

「こちらの世界にも、そういった差別というのはあるんですね」

「ほう、お前さん――ホームズだっけか――の世界も、そうなのかい?」

「え、昔に比べれば随分と減ったとはいいますが、実際のところはどうなんだか」

「似たようなもんだな。こっちも差別が完全に根絶やしになったわけじゃない。それでも、俺みたいなブルザリアンが王立騎士団に入団して、なおかつ騎士団長に任命されるなんて、ちょっと前じゃ考えられなかったことなんだぜ」

「そうなのですか。騎士団ていうものは、人種無関係で完全実力主義の世界なのかと」

「そうありたいもんだね。先の大戦じゃあ、身体能力に優れるってんで、俺らブルザリアンを容赦なく奴隷にして兵隊としてこき使ってたってのにな。七英雄のひとり、轟将ごうしょうマグナスはブルザリアンだったっていう説もあるんだぜ――おっと、そんな話をしに来たんじゃあ、ねえんだよな」


 グレンは表情から笑みを消した。


「はい」ホームズも真剣な顔をして、「グレン団長は、五年前の戦いの現場にいらっしゃったとか」


 その言葉を聞くと、笑みとともにグレンの目から明るい光も消えた。それを見たホームズは一瞬躊躇したが、


「そのときのことを、詳しく教えてもらえないかと思いまして。概要はこちらのテセラさんから伺いましたが、実際目にした方の生の声を聞きたいのです」

「……ああ、いいぜ」


 グレンは覚悟を決めたように鋭い眼光を戻すと、


「蠱毒の森に到着した俺たちの部隊は、数日に渡る調査で、収斂蠱毒となっていたバジリスクの居場所と行動範囲を掴んだ。そこまで来たらもう、あとはもう包囲を狭めて仕留めるだけなんだが、それが難しい。戦場は乱立する木々や繁茂した植物で見通しが十分じゃないうえ、頭上に覆い被さる枝葉で日光も遮られた、真昼でも夕暮れみたいに薄暗い森の中だ。ただでさえ条件が悪いうえ、そこは敵にとっては数十年も過ごした庭みたいな場所だ。バジリスクって魔物は、普通にしてても強敵なんだが、そいつが全長数メートルにまで生長して、おまけに最凶最悪の毒を持つ収斂蠱毒になっちまってる。少しの油断が即、命取りになる。

 俺は部隊の中でもりすぐりの精鋭どもを選抜し、バジリスクとの決戦に向かった。支援任務として、魔法使いマジック・ユーザー聖職者クレリックも一緒にな。万が一のことを考えて、さらに十数人を俺たちを包囲するように後衛に置いた。もしバジリスクが俺たちと戦いを抜けて最前線から後方に抜け出してしまった場合に足止めをしてもらうためだ。アストル様には当然、後方での待機任務を命じ、アストル様もそれに素直に従ってくれた。

 俺たち最前線部隊は徐々に包囲を狭めていき、ついにバジリスクと遭遇、戦闘が始まった。俺たちは、事前に打ち合わせた戦い方を徹底するよう努めた。とにかく、敵――バジリスクの攻撃のうち、牙だけに気をつけること。やつの毒は牙を通してしか注入されないからな。鋭い爪や尻尾の打撃も恐ろしいには違いないが、牙に噛まれることだけは絶対に駄目だ。毒をくらってしまうことはもちろん、もしそうなれば、解毒剤を作るために早くバジリスクを倒して肝を取り出さないといけなくなり、毒を受けていないものも、そのことが余計なプレッシャーとなって普段の力を発揮できなくなる危険性がある。

 戦いは有利に進んでいた。勝てる、と俺は確信したね。恐らく他のメンバーも。だが……それが油断になったとは考えたくないが、万が一の事態が起きてしまった。メンバーのひとりがやられ、その隙を突いてバジリスクが背後に抜けてしまったんだ」

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