青春とそれにまつわるリグレット

旅人

青春のリグレット

・・・雪の積もった山道を歩きながら、清顕とかすみは黙ったままだった。道は徐々に険しくなり、清顕がかすみの手をとってあげることもしばしばあった。そんな折には清顕はこの温かな手のひらが自分を、自分だけを求めてくれるならば何もいらないという気持ちになった。そして、もしもそうならば山奥の廃車で練炭自殺などはしないだろう、と。


やがて道がひらけ、2人の人生の終着点が目の前に現れた。そこは通行止になった車道との交差点で、サビのついたミニバンが1台、寂しげに雪をかぶっていた。2人はドアを開け、練炭を準備し、自分たちの身体を、この20年以上たましいを宿してきたこのかけがえのない肉体を、自らの手で殺すために、互いにロープと鎖で後部座席に縛り付けた。最後に各々錠をかけ、鍵を前部座席に捨てた。すでに目張りして開かないようにしてある窓には、霜がついて白っぽくなっていた。


清顕は震える手でトーチに火をつけ、着火剤が乗った練炭に炎を点そうとした。寒さで手が震えて、うまくいかない。と、かすみが手を伸ばしてその手を支えた。


「ご覧ください、人生最後の共同作業です」


かすみの涙混じりの冗談に、2人はそっと微笑んで、黒い魔物に火を点けた。パチパチと、火が楽しそうに爆ぜる。


「ねぇ、最後に聞いてもいい?」


かすみが消え入りそうな声で尋ねる。


「何?」


「清顕くんの、好きな人って誰?」


どうしてそんなことを聞くのだろう、そう思って清顕はかすみを見つめた。その目に涙が浮かんでいるのを見つけた時、清顕は全てを悟った。


「ぼくは、君が好きだ」


かすみの目が見開かれて、大粒の涙がこぼれた。


「私も、清顕君のことがずっと好きだった」


2人は見つめあった。互いの瞳に互いの顔が映るまで近くにいたのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう・・・?


「逃げよう」


かすみはうなずいた。起き上がろうとする2人を、さっき自分たちが結んだ縄が、鎖が阻んだ。2人は慌てて、自分たちを死に結びつけるその縛めを解こうとした。


「だめ、ほどけないわ」


ひとしきりもがいた後、ふたりは諦めて大人しくなった。


「寒いね」


「そうね」


「こうしたら暖かいよ」


そう言って、清顕は練炭に手をかざした。ふふ、とかすみが笑う。


「私たち、ばかね」


「ばかだよな」


そう言って、清顕は額を左側にいるかすみの胸にあずけた。


「暖かい」


そう言って涙混じりの笑顔で自分を見上げる清顕の髪を、かすみは愛おしそうに撫でた・・・


「ごめんね」


***


雪道の真ん中で爆ぜるその火はやがて消えて、ただ静寂だけが残った。

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