俺と幼馴染みの君たちと、異世界で始める家族ゲーム

むぎめしpetit petit

第1話

 築30年のごく普通の文化住宅。見た目も中身も平凡な世帯の、二階に佇む俺の部屋。今日も一日何事もなく、平和で、のんびりとした夜を迎えている。


 パソコンの動画サイトを開き、最近よく見るアウトドア系の投稿を見ながら、もう少し暖かくなったらどこかの山へ出掛けてみようかなんて、ぼんやりと数ヶ月後の予定なんかを考える。


 俺、沢村祐一さわむらゆういちは卒業を間近に控えた高校三年生。

 あと二ヶ月ほどで大学生となり新生活が始まる予定なのだが、中高一貫のエスカレーター式の大学にそのまま進学したため、朝向かう先はほぼ一緒で引っ越しの必要などもなく、今はただ卒業式や入学式などの行事を待つばかりという、とても平穏な毎日を過ごしている。


 だが最近は少し寂し……つまらない日々だったりもする。我が家の隣に暮らす新山にいやま家には同級生の幼馴染みとその妹がおり、二人とは昔から仲が良く、一緒に勉強したり遊んだり、時に悪戯をしたりと、幼少の頃から成長を共に歩んできた。


 裏を返せばそれは新山家の人たちにとって、隣に住む俺という男が姉妹に対する悪い虫として認識されていないという、残念な理由の上に成立している関係だったりするのだが、それはまあいいとして、実はここ2週間ほどその新山家の皆さんと顔を合わせていない。


 なんでも親の実家である別の世界へ帰っているとかで、姉妹の姉のほう、新山玲奈れいなの部屋にある、男が読んでもイイ感じの少女マンガの続きを読むのを楽しみにしているのだが、残念ながらいつその時が来るのか分からない状況である。


 新山玲奈れいなとその妹の新山莉奈りなは、見た目も性格もなかなか対照的で、子供の頃から一緒に育ってきた俺は、彼女らのパーソナリティに関して既にプロ級の見識を擁してしまっている。


 だがあえて今一度言うなら、姉の玲奈は女にしては身長が高く、俺と同じ位の170cm位。黒髪のショートボブにバレー部で鍛えた頑丈そうな身体、出るところはしっかりと出ているが、その大きなシルエットと暗めの性格から、セクシーキャラとして学校ではあまり認識される事の無かった、ちゃんと見れば結構可愛いのに、なんだか残念な青春を過ごしてきた不遇の女だったりする。


 対して妹の莉奈はというと、金髪ロングヘアーに姉と同様出るところはバッチリ出ており、ニコニコと天使のような微笑みを湛えながら、男女関係なく振りまく愛想に撃沈した男は数知れずという、漫画の世界の住人のようなとんでもない美少女である。

 制服がSサイズのため胸の膨らみはさらに際立ち、歩く姿にはキラキラとした存在感、座ればちんまりとしたマスコット的可愛らしさを併せ持ち、玲奈がちょっと可哀想になってしまう程のハイスペックぶりは、俺達のいなくなった来年の学校生活で一体どんな浮名を流すのかと、正直大変に心配でもある。


 多少莉奈のほうを多少良く言ってしまった。だが今のは説明をする時の客観的な評価だ。

 俺は昔からこの姉妹が喧嘩で取っ組み合いをしたり、冷蔵庫の麺つゆをコーラと間違えて噴き出したり、部屋でオナラをしたりなどの情けない姿を無数に見てきた。


 そんな俺の冷静さが、彼女らとの恋仲への昇華を妨げているのを分かってはいるのだが、それは恐らく向こうにとっても同じで、今のところ俺達は殆ど兄妹のような愛情を互いに持ち合わせ、お隣同士家族ぐるみの、楽しい日々を送っている。


 で、その新山家の皆さんが今帰っている別の世界の事なのだが、まあ簡単に言うと父親がどこかで勇者をやっていて、お母さんは魔女をやっていたらしい。


 無論この地球上にその力を行使する物理法則は存在しない。ここ日本ではお父さんの春人はるとさんは流通系のサラリーマン、お母さんの美佐みささんは近所のスーパーでパートという、ごく普通の一般家庭を形成している。


 今帰っている世界では、変わらず強大な力を発揮出来るというのだが、そもそもなんでこの世界にやってきたのかを、俺はあまりよく知らない。

 玲奈の話では、向こうにいるとちょっとマズいから二人で魔法で転移してきたらしいのだが、娘二人は間違いなくこの街の生まれで、今実家に戻る理由もちょっとした里帰り。おじいちゃんとおばあちゃんにコッソリ孫の顔を見せに、年に二三度だけ行き帰りの出来る力を絞り出しているのだという。


 まあ、俺にとってはそんな事より、玲奈の部屋にある漫画の続きと、莉奈の男関係の潔白性、二人の胸にくっついている膨らみを、今後どうやって攻略していけばいいのかという事のほうが余程重要だ。


 異世界への興味なんて、男の子の俺にしてみれば実は滅茶苦茶ある。だが、地球で生まれた生物の生存を立証していないらしく、そもそもするつもりも無いという。


 それならば、俺は生まれ育ったこの街で、この二人のどちらかともっと仲良くなって、地球に生まれた日本人として幸せに暮らしていく事を考える、その方が生産的だ。

 玲奈の尾てい骨には悪魔の尻尾みたいなのがくっ付いてたりするのだが、そんな事は些事で、俺はアイツの磨かれていないダイヤモンド的可愛さが、好きで好きでたまらなかったりする。


 早く帰って来ないかなあ、などと思いながら、窓の外に目を向けると、屋根を挟んで正面には玲奈の部屋、その右側には莉奈の部屋が、暗闇の中ひっそりと、主の帰りを待っている。


 三週間前、莉奈の部屋からバレないようにくすねてきた黒いニーソックスを、寄り代のように枕元に置き、俺はシーリングから吊るされた紐を引いた。


 お隣の家と同じく、暗くなった俺の部屋。天井に二人の顔を思い浮かべながら、俺は今年度最後の平穏な一日を、今、終わらそうとしていた。

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