第14話 四〇〇日目

「今日が二回目のライブですが、調子はどうです?ラブさん」

「問題ないよ。なんだかどんどん調子がよくなってきてて、エフトなんか少し音が走り気味なくらいさ」

「そうですか」

「そっちはどういう感じだい?前回もそうだけど、私達の音が何か役に立ってるのかい?」


今朝はラブが通信室で第四惑星上のワンと話をしている。最近では珍しく、ワンから早朝に連絡が入り、全員を集めての通話だ。


「こちらはずいぶんといい感じになってきてます。そろそろ多細胞の生物が現れ始めていて、さすがiWizですね、いったいどんな影響でこれほど進化が促進されていくんでしょう」

「よくわからないね……。でも、それは良いことなんだろう?」

「ええ。特に今回のケースでは、非常にありがたいです。皆さんがいなければせっかくここに生まれたLEP達も、こんなに早く生命として動き出すことはなかったと思います」

「そっか。良いことなんだったらいい」

「はい。良いことです」


ワンの口調にいつもと違う変化がある。いつもならもっと余計なことまで話して不興を買っていたワンが、今日はやけに話しやすい。ラブはそれに気がついたが、あえて指摘することをやめた。言ってもしかたのないことだ、とそう覚悟を決めている。


ラブは、最初にワンから頼みごとを相談された時にうすうすと気がついていた。

これまでの航海の中でワンが、なかなか本音を話さずにきたことについての事情がわかり、その時になって、これまでワンに対してわだかまっていた思いが整理され、そうしてワンという人の本質をなんとなく理解できたと思っている。


この男は、必要であれば平気で嘘をつく。お願いという言葉をこれまでに使ったことがないなんてのは嘘だ。私事では使ったことがないといちいち細かいことを言っていたが、私事以外では頻繁に方々の機関や様々な人間関係のトラブルで使いまくっていた。


そうしてこいつが嘘をつくときは、その方が効率がいいと思ったからだと抜かしたが、そうじゃない。そうする以外に方法がない時、そうしないと余計に時間がかかり問題が解決できないと判断した時に、この馬鹿者は嘘をつく。


ラブはワンを、そう理解していた。


「ワン、せっかくなんで教えて欲しいんだが、LEP学者って何のためにLEPと向き合ってるんだ?」


ワンがどうしてそこまでして、この星にこだわるのかを知りたいと思いラブは聞いた。


「なかなか難しいことを聞きますね。その答えは、正直なところ様々な理由としか言いようがないです」

「どういうこと?」

「僕の知っているLEP学者といえば、オウニがまず最初にあげられるんですが、彼の場合は単なる知識欲が強かったように思えます。『謎食い』とか言いましたっけ?中央で以前にエフトさんとライトさんが話していた、ときどき現れるユニークな生命の一種。アレに近かったかなぁ…」

「『謎食い』ねぇ……。エフト、ライト、あとで詳しい話、私にも聞かせて」

「いいよ、まかしといて」


ラブの真後ろに立って話を聞いていた二人が、そう頷いてラブに答えた。


「他には?どんな目的でLEPに関わっているんだ?」

「他は、多くは名誉欲でしょうか。知名度を上げたいと願ってLEPに無茶をお願いする方々は結構な数いるみたいですね。LENを経由してそうしたLEPの愚痴みたいなのが聞けますから、いずれマザーから教えてもらえると思いますよ」

「そうか、楽しみにしておく。……それで、ワンはどうなんだ?」

「え、僕ですか?」


驚いたような声が通信室に響いた。まさか自分のことを聞かれるとは思っていなかったのだろうか?


「僕のことは……」


そう言ったまま、ワンは暫く黙り込んでしまった。


ワンの乗る着陸船から海底の映像が送られてきている。ラブは、そこにワン自身を映さない理由を考えながら答えを待っていた。


「僕は、変なんです」


暫く経って、そう答えが返ってきた。


「僕は、生まれ方が特殊だったり、育ちも結構、出鱈目だったりして。あの、こんな話をしても引かないでくださいね。ちょっと自分のことを話すのはじめてなので、引かれるとかなりダメージが大きいと思うんです」

「はいよ、大丈夫だ。もし引いたとしても、ちゃんと言わないでおくから」


ラブは、本気で心配していそうなワンの声に、そう答えて緊張をほぐした。


「そうですね、言われなきゃ平気かもしれません。でしたら、……言います」


そう言ってワンは、話しはじめた。


「僕は、前に話した通りオウニのSINを譲り受けて、こうして人として生まれました。目が覚めたとき、目の前にいたのがLENのマザーです。彼女は僕の星でとても長く輪廻を回す役目をしてきた人でした」


いきなりの話にラブもライトも、それにエフトまでが驚きを隠せないでいた。少し離れたところで椅子に腰かけて聞いていたシオルも、思わず顔をあげる。


普通、人は中央の星の上に生まれる。その星は銀河の中心に一番近い星系にあり、その星系を越えて中心部に少しでも立ち入ろうとすると、光さえも出てこられない。そんな場所で目覚める。

目覚めて最初に、少し前に目覚めたであろう人に導かれ、ベート・ミドラーシュと呼ばれる学び舎へと向かう。そこで共通の言語であるアルファや五十音と呼ばれるカナを学び、言葉を覚える。もともと自分の星で使われていた言語を話せる者がほとんどだ。それとの類似性や違いなどを学んでいく方式のため、言葉はあっという間に身についていく。

言葉を覚えたら次に、自分の仕事を探すことになる。ラブ達のように音楽に携わる者や、絵画、映像、演劇といった芸術系の仕事を選ぶ者が多い。シオルのように物理と化学と学術系を選ぶ者も少なくはない。

皆、それぞれの星で輪廻を重ねて生まれてきた者ばかりなのだ。自然と生まれながらに身についた様々な才能、技能を持って生まれ、学び舎でそれを更に磨いていく。


「なあ、ワン。ベートには入ったことはないのか?」


全寮制のような場所のため、ラブはワンに「入った」かと、そう聞いてみた。


「そこには行ったことはありませんね。聞いたことはあります。誰からだったか忘れてしまいましたけど。行ってみたかったなって、思ったことは覚えています」


そう言うとワンは、また暫くの間黙り込んでしまった。


ラブの記憶では、学び舎でLEP学を選ぶ者は誰一人いなかった。成り方がこれほど特殊であるならばそれも納得だ。おそらくだが、何か他の仕事に就いていた者が、偶然にどこかでLEPの発生地と呼ばれる場所に出逢い、そうして成ってしまったのが始まりだろう。と、そうラブは考えていた。


「僕は、僕の星の上でマザーと二人、長い時を過ごしました。ほぼ滅びかけてましたからね、僕の星。だからオウニもあんな無茶をしたんだと思いますけど。そのせいで普通なら開くはずの扉がなかなか開かれることなく、マザーは僕とともに肥大した恒星を眺めながら、色々なことを教えてくれました。扉が開きさえすれば、僕らは銀河の中央へと行ける。そう教えてくれたのもマザーでした……」


聞きなれない扉という言葉に離れた席にいるシオルが、何かを思い出したようにうろたえている。ラブとライトはその様子に気づき、シオルに声をかけると席を変わることにした。


「ワン、ちょっと聞いてもいい?」

「ええ、シオルさん。機嫌は治りました?」

「うるさいわね!機嫌なんか悪くなってないわよ!ちょっと寝起きで眠かっただけなんだから、別に誰が最初でも気にしてなんかないわよ!」

「……そこまで言ってませんよ」


どうやらシオルは、今日の通話で最初にラブを指名したのが気に入らなかった様子だ。そう理解してワンはまた、余計なことを話しだした。


「ラブさんを最初にとお願いしたのは、今日のライブでまた頑張ってもらおうと思ってのことです」


そう返すワンの言葉を聞いて、席の後ろでラブとライトが大きくため息を漏らす。


「馬鹿なんじゃないの!なんでそんなことを私が気にしてるって思うのよ!」

「いえ、だってさっき……」

「だから、寝起きで眠かっただけだって!そう言ったでしょ!」


堂々巡りの不毛なやりとりが、そのまましばらく続いていく。ラブ達は既に呆れた顔で離れた席へと移動している。


「で、聞きたいことなんだけど……」

「ええ、なんでしょう」


ようやく本題へ戻る頃には、そろそろライブの準備をはじめる必要があった。ラブは、ワンがなぜLEPに向き合う理由をまだ聞いてないことに不満が残ったが、エフトとライトに急かされるように準備へとうつっていく。

シオルはその様子に気がついて、自分も準備の手伝いに行くと言い出す。


こうしてこの日は、はじまっていった。



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