第13話 三〇〇日目

衛星に降りて三〇〇日目、シオルの耳には辺りに漂うLEPの声が聞こえていた。

二〇〇日目に行ったiWizのライブが影響したせいだとワンはそう説明した。iWizの音に活性化したLEPが、発生地である衛星の極地にまでその音を伝え、衛星の極地に住むLEPの雄株と雌株とが強く惹かれあい一気にLEP化したのが原因だという。

密度の濃いLEPの中にいると、人はその体内のSINがより沢山のLEPを吸収し、LENと近しいものに変化するのだそうだ。


「LENに近くなったSINを体内に宿す人のことを、LEP学者と中央は呼んでいます。LEPの声が聞こえるようになるのがその証拠です」


そうワンは言った。


「だとすると、私達がこの衛星で一年間過ごすっていうのは……」

「ええ、一日も早くLEP学者になってもらいたかったからです。そうなればようやく、僕の作業を手伝ってもらうことができますので」

「……それ、先に説明することってできなかったかなぁ」


通信室での定時連絡で、シオルはワンにそう愚痴をこぼす。するとワンは――


「嫌ですよ。だって説明しちゃったら、ひょとして成ってもらえないかもしれないじゃないですか、LEP学者」

「はあ?」

「だから最初に説明したでしょう。『LEP学者になると知りたくもないことを知ることになりますし、見たくもないものを見ることになります。嗅ぎたくもない匂いを嗅がされたり、聞きたくもない音も時々聞こえます。あと、稀にですが誰かに触られたような感触がして驚くこともあります。』って」

「それは聞いたわ。けど、私達みんなそれでもあなたの手伝いをするって約束したでしょう?」

「ええ、そう聞きました」

「その時に一緒に、これこれこういう準備が必要で、そのためにLEPの発生地で一年間過ごして、ちゃんとLEP学者になってから手伝ってもらいます。ってそう言えばいいのよ!」

「あ、そうか。そう言えばなるほど、確かにスムーズに話が通りましたね」

「あ、そうか。じゃない!あんたって本当におかしいんじゃないの、頭が!」

「……失礼ですね。シオルさんほどじゃありませんよ、頭は」

「うるさい!もういい!今日はこれで終わり!」


シオルはそのまま通信室を出ると、自室へと向かった。





シオルが自分の部屋に入り、ベッドに頭から飛び込んだ頃、O-UNI.Xで第四惑星の状態を観測していたマザーの元に、惑星の異常事態を示す値が届く。重力場の異常、そう判断したマザーは、緊急の通信で衛星上のラブに連絡を取ることにする。


「どうかしたかい?マザー」

「ラブ船長、緊急事態が発生しました。第四惑星の重力場に異常が見られ、このままでは惑星上の大気や水が宇宙空間に放出されてしまう可能性があります」

「わかった。私とライトで至急上にあがる」


そう答えたラブは、シャワーあがりの肌に船員用スーツを着込むと急ぎ足で自室を出ていく。


「着いたよ。マザー、状況を説明して」

「今より0.3前に第四惑星の重力場異常を検知しました。急激に減っています。重力が弱くなり赤道面から宇宙空間へと、次第に第四惑星の質量が放出中です。現在も進行しています」

「ワンは?ワンには連絡はとれたの?」

「はい。最優先で第四惑星上のワンへと伝達してありますが、未だに返答がありません」

「チッ!ワンに何があったか確認して。ライト!動かすよ!」


ラブとライトが二人でO-UNI.Xを動かそうとしていたちょうどその頃、エフトは衛星上で不思議なものと相対していた。





「あなたの音がとても心地よく私達のリズムを整えてくれていました。そのおかげで私達は『私』として結晶することができたんだと思います。それから……」


衛星上を日課のランニングに出たエフトは、赤道面をしばらく走ってそれに出逢った。真っ白に輝く兎……のような形をした光る何か。エフトにはそれがそう見えている。


「とにかくですね、私は感動したわけなんです。ですからそのお礼をと思ってこうしてここに留まっているわけなんです」

「えっと……とりあえずいい?」

「ええ、もちろんです。なんでしょうか?」

「君、誰なの?」

「私は……そう言えば私、まだ名前などない存在でした」

「あははははは。ごめん、そういう哲学的なの、僕苦手なんだ」


そう言って再びランニングに戻ろうとするエフトを、その白兎は制するように前に出る。


「お待ちください。せめて何かお礼でもさせてもらえませんと、私もこうやって形になった甲斐がありません」

「いいよ、そんなの。お礼とかはラブちゃんに言ってあげて。あの人のおかげで僕やライトはiWizをやってこれたんだからさ」

「それはもちろんです。ボーカルの方には後ほど念入りなお礼をさせていただきます。その前にあなた様にも、何かさせていただけませんでしょうか?」


どれだけ断っても執拗な白兎に、エフトは少し呆れ顔で言った。


「じゃあさ、僕達の仕事が無事に最後まで終えられるように祈ってて」

「そう来ますか!あなた方の一ファンとしてはもちろん、祈ることだけでよろしいのでしたらいくらでも祈っておきます。が、しかし、それとこれは別の話。できましたら何か欲しいものだとか、逢いたい人だとか、そういったお礼の仕方はいかがなものなんでしょうか?」

「うーん、欲しいものなんて今はないよ。逢いたい人かぁ……。それを言ったら見つけてきてくれるの?」

「ええ、もちろん」

「だったらさ、iWizのプロデュースをしてたオウニってお爺さん」

「かしこまりました。では早速、行って参ります!」


そう言うと白兎は、渦を巻くように光の粒子となって飛び去っていった。


「……見つかるわけないじゃん。ワンの話じゃもうこの世界にいないんだから。まったく、ファンだとかって面倒なんだからもう」


エフトはそうして再びランニングに戻っていく。……おそらくエフトは、ランニングを走り終えて着陸船に戻るころには、今起こったできごとを忘れてしまうだろう。その時その時の気分が一番とそう思って生きているエフトには、些細なできごとでしかないからだ。





「船長、繋がりますか?こちらはワン、今第四惑星上で重力異常の解消を終えましたので報告です」

「ワン!大丈夫だったのかい?」

「はい、大丈夫です。マザーからの検知を聞いてすぐに対処に向かっていたため、今まで連絡が取れなくて申し訳ありません」

「そうか、よかった。で、何が原因だったかわかるかい?」

「はい。誕生後間もない惑星にはよくあることなんですが、核にあったLENが急にLEPへと戻ってしまいました。いくつかのLEPを見つけて事情を確認してきたんですが、方向性の不一致ということで解散になってしまったそうです」

「……すまん、もう一度説明してくれる?」

「ですから、この惑星のLENが内部のLEP同志で言い争いになってしまったそうで、大多数のLEPがLENを離れ、もう一度最初からやり直したいと言って出ていったそうです」

「……ごめん、ワン。その内容だとちょっと私には難しい……」

「まあ、よくあることって言っても割と珍しいケースですからね。自身の内部で意見が合わないって僕は初めて聞きましたよ。大抵はもっと簡単な理由が多いですがね」

「そう、なんだ……」

「はい。なので出ていった分の補充を終え、これから今後の方向性についてLENと話をしてみます」

「……ああ、任せた。私らはもう一度衛星へ戻っておくよ」

「はい、ご足労かけてすみません」

「うん。いや、まだ船を動かす前だったから。大丈夫、気にしないで」

「では急ぐので、これで失礼します」


O-UNI.Xの操船席で頭を抱えているラブ。隣に座るライトは、なんと声をかけたらいいか困ってしまった。


こうして、衛星での三〇〇日目が終わろうとしていた。



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