第9話 ワン-説明の下手な男
「O-UNI.X、聞こえますか?こちらはワン。無事に第四惑星に降り立ちました」
操船室にワンの声が響く。シオルを含む四人が、スクリーンの一画に映し出された映像を見て息を呑んだ。
「この星を覆う液体は、主成分は普通の水でいいんですよね?」
画面の下方全てが、波打つ液体に覆われている。陸地などどこにも見えない。見渡す限りがすべて海、の惑星がスクリーンに映っていた。
「ああ。マザーの分析ではそうなっている。念のためサンプルをシオルにも解析してもらったが、水の他も至って普通の成分だそうだ」
スクリーンの向こうから問いかけるワンに、船長のラブがそう説明した。
「そうしたら着水して、そのまま潜水に移ります。……しかし、ほとんど大気がないというか、大気成分も気化した水ですか。いろいろと駄目な惑星ですね」
「大丈夫なのか?ライトかエフトを連れていっても良かったんだぞ?」
「何を言い出しているんですか、船長。あなた方はもう一度音楽をやるために、これまで十一回も危険な旅に同行してきてくれました。今回が最後なんですから、最後の最後にこんな面倒なこと……」
ワンの言葉がそう聞こえてすぐに、音声による通話がプチンと途切れた。おそらくは水中へと入り込んだのだろう。O-UNI.XのLEP媒介通信では、暫く時間を空けないと通話が再開できない。
ラブと他の三人は、心配顔でスクリーンを見つめ続けていた。
◇
スクランブルを発令してすぐに、船は緊急警戒状態に入った。想定外の存在に近接した際にとられる最大限の防御態勢だ。
そうしてすぐ、船長のラブと指揮官のワンは船のマザーに謁見することにした。マザーは数多のLENをその内側に内包している、この船の中核となる存在だ。
「マザー、ワンです。緊急スクランブル、自然発生型か他から持ち込まれたものかわかりませんが、目的の第四惑星に生命素子の存在が確認できました」
ワンからの報告に、輝く光にしか見えないマザーが落ち着いた声で答える。
「……心配はありません。スクランブルの必要もないでしょう。惑星の周辺を同行している衛星から、微量ながら素子反応が出ています。内側に一番近い衛星です。そこの極点に雄株と雌株の反応を確認しました。それぞれが南北に別れ存在しているようです」
「発生地がですか?この辺縁に?」
「ええ。それも最近のものではないようです。雄株の長が私に気づき、ずいぶんと古いアルファを送ってきました」
「マザー?LEP前の雄株からですか?そんなことがあるのでしょうか?彼らは知性すら無いとされているのに」
「ワン、あなたは師であるオウニに似て性急すぎます。彼らに知性がないと決めつける根拠はありますか?彼らは素体であるがゆえに、ただただ己というものを強く持ちすぎているだけ……。……送られてきたアルファの種類が判明しました。失われた十二文字の内のいくつかが含まれています。彼らは、すでに失われた別の銀河から流れ着いた可能性があります」
「理由の説明をお願いします。別の銀河とは?失われた銀河から来た根拠を教えてください」
「別の銀河から来た根拠として、送られてきたアルファの解析からそう判断しました。アルファの前文からは『この地まで長い旅をしてきた。』と『かつて空は星々で明るかった』の二つが読み取れました。それに合わせ、アルファの組み合わせで彼らの暮らしていた星から見た宇宙の星々が示されています。その星々の配置、距離を、この銀河の恒星配置と比較した結果、類似性の高い場所が見つかりませんでした。一番近しい場所との比較値は0.03となります」
「ずいぶんと低い値ですね」
「続いて、失われた銀河の根拠としてですが、彼らの送ってきた星の配置に近しい構成の恒星配置記録がありました。かつてこの銀河と交差し、合流を果たした銀竜星雲の恒星配置です」
「……銀竜?シルバードラゴンのことですか?」
「そうです。この宇宙が誕生した直後に生まれた最古の銀河。そのひとつである銀竜星雲です」
「なぜそんな銀河の恒星配置が残って……と言うか、あるんですか?この船に?」
「ええ、あります。ライフはどこにでもありますから。合流後の彼らから私もずいぶんと多くのことを教えてもらってきています」
「それは羨ましい……」
「あなたもその気にさえなれれば……」
ワンとマザーの会話は、同席しているラブには意味が解らないものだった。それでもこの場所に出入りできる資格を有しているのは、この船の責任者であるラブだけなため、ワンだけを残して席を立つわけにもいかない。なのでラブは、ソワソワと落ち着きなく時を過ごしている。
すると突然、ワンがラブに向かって言った。
「船長、相談なんですが……」
いつになく真剣な顔でそう言ってワンは、ある提案をラブに持ちかけた。
◇
そうしてワンからの相談が終わると、ラブは他の乗員全員を連れに操船席まで出かけた。あまりにも突飛で聞いたことがない相談に、ラブは船長として少し悩んでいた。ワンの提案を呑めば、全員の人生が変わる。しかし呑まなければワン一人にとてつもない苦労を背負わせてしまうことになる。
今回の探索に至るまでの間に、ワンにはずいぶんと多くの借りをつくってきた。そもそも、iWizを活動休止にせざるを得なくなった後、何をすればいいのかわからないまま過ごしていたラブ達に、音楽再会のための辺縁探索の話を持ちかけてくれたのがワンだ。ワンがいなかったら今でもあのままくすぶり続けて過ごしていたかもしれない。
ワンは合計で十回の辺縁探索を完遂すれば、晴れてiWizの音楽活動を再開させることができると、そう持ちかけてきた。一介のLEP学者になぜそんな権限が?と尋ねると、ワンは自分のことをオウニの弟子だと説明した。問い合わせてみたところどうやらそれが嘘ではないとわかる。LEP学の祖と言われているオウニであれば、銀河内に施行されている法令を変えてしまうことも可能だ、と信頼できる伝手からも情報を得た。
……本来であれば、そうした代替などなしでiWizを活動再開する許可を出すべきはオウニである。彼のアイデアのせいでラブ達は、何よりも大好きな音楽ができなくなったのだ。しかし、銀河中のオーディエンスが自分たちの音楽に興味を持ってくれた原因もオウニにある。
また、法令を変えてしまうほどの権力をオウニが持っているのだとしたら、無下にそう責めるわけにもいかない。下手をすれば二度と音楽などできなくなる。
そう考えたラブは、メンバーと相談し、ワンからの提案を呑むことにした。もともとライブツアーのために中央部近縁の星域を航行する宇宙航行船や装備類は揃っている。
それを使って最初に行った辺縁ではとんでもない苦労をしてきたのだが、それはまた別の話。
以降はワンの伝手で今の探査船を手に入れて、苦楽を共に今日まで一緒にやってきた。そんな身内とも言えるワン一人に、とてつもない苦労を背負わせて、再び音楽活動を再開などラブにできるわけがない。
◇
暫くしてラブが、操船室にいた三人を連れてマザーの部屋へと戻ってきた。
そこでワンは、先ほどラブにした突飛で聞いたこともない相談を皆に話すために口を開く。
「皆さんには今から、LEPの世界に足を踏み入れていただきたいと思います」
ワンの第一声が皆の驚きを誘う。シオルは期待と驚きの目を見開き、ライトは口をぽっかりと開け、エフトは言われた意味が解らないのか他の皆をキョロキョロと眺めている。
「今回、この第四惑星にLEPの発生地が見つかりました。発生地に至った我々のSINは、通常よりも加速的な変化をしてしまいます。知らなかったとは言え、僕らはここでその発生地に巡り逢ってしまいました。僕はともかく、皆さんにとってこれが良いことなのか悪いことなのかはわかりません。結果的に皆さんは、これまで僕がいた段階と同じところまで昇ってしまうことになります」
相も変わらず、ワンの言い回しは回りくどくて分かりにくい。ただでさえ知識の少ないエフトが困った顔でワンに尋ねた。
「ワンちゃん、ちょっといい?」
「はい、エフトさん、どうぞ」
「あの、それって、要するにどういうこと?」
「簡単に言えば、皆さんも今日からLEP学者の一人として生活していくということになるということです」
ワンの答えに納得がいったのか理解しきれなかったのか、エフトは「ほーっ。」とだけつぶやく。その様子を見て、エフトのすぐ隣に立つライトが手を挙げた。
「はい、ライトさん、どうぞ」
「俺達に、今からLEP学者って名乗れってことなのか?」
「違います。名乗る名乗らないは自由です。今回のことで皆さんは、LEP学者には特有の、LEPと意思の交換が可能になるという、資格というか……バチみたいなものなんですけど、チャンネルが開いてしまうことになるでしょう」
「それはつまり……どういうことになるんだ?」
「簡単に言えば、知りたくもないことを知ることになりますし、見たくもないものを見ることになります。嗅ぎたくもない匂いを嗅がされたり、聞きたくもない音も時々聞こえます。あと、稀にですが誰かに触られたような感触がして驚くこともあります」
「……ワンは、これまでずっとそうだったってことか?」
「ええ、まあ。……いえ、実のことを言えばその辺りは、周囲に浮いているLEP達と話をすれば簡単に解決できる問題です。止めてくれって伝えればいいんですから……」
「え⁉周囲にLEPって浮かんでいるものなの?」
驚いて今度はシオルが声をあげた。その表情にワンは、また大仰に勘違いをされているような気がして言いなおすことにする。
「ええ。あ、いえ。どこでもというわけではなく、ある程度まとまりを持って浮かんでたり寝そべってたりしてます」
この説明に皆は、驚きと怪訝な顔でワンを見つめた。
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