クリアファイルから召喚するキャラクターシートの嫁キャラ達

煮詰めうなぎ

プロローグ

「ああ、そうか。ようやくか」


 キャラクターに薬草を集めさせながら呟く。俺、式葉しきば こうはそこそこの企業に勤める普通のサラリーマン(40)だ。月収も丁度平均の辺りで、豪華な暮らしなんてしていない。冷凍食品で弁当を作り、晩飯は雑に済ませ、気が向いたら安くて量が多い中華料理へ行く。そんな生活をしている。


 折り返しの人生だが何があるかわからないし、ずっと貯金をしている。その一環で趣味は金が掛からない一つしかない。それはルールブックを元に自分の好きな妄想ができる、ファンタジー世界を舞台としたTRPG『アルディナート』だ。一人で黙々とキャラを作ってはレベリングをすることを、出会った中学生の頃から続けている。両親にも友人にも脳や精神の病を心配された。大きなお世話だ、失礼な。


 まあともかく、俺は暇さえあればアルディナートをしていたんだ。シナリオクリアを果たした膨大な数のキャラクターシートは、一人も欠かさず大切にクリアファイルへしまってある。悲しいことではあるが、シナリオが終わればそこで彼らの物語は終わりなんだ。でないと新しいキャラクターに出会えない。


 のだが、実はシナリオクリアしたにもかかわらず、未だにレベリングを続けているキャラクターが一人だけ居る。一番初め、中学の時に作った美少女エルフ『セルフィ=エクィン』。自分の欲望とロマンを忠実になぞった、氷魔法を主力とし練成術で武装するキャラ。"経験点X倍"というGMチートを使わず、こつこつと育てることに楽しみを感じている。


 彼女をレベリングをするに当たり、学校の登校中や授業中にも脳内でサブクエストを消化し続けた。アルディナートで使うダイスは6面のもののみ。登校中には透明なプラスチックボールにダイスの入ったアクセサリーを使い、授業中には鉛筆を転がして間に合わせた。


 そうして続けているうち、いつしか夢でまでレベリングをするようになった。さすが夢というべきか、セルフィがリアルに動く様には感動を堪え切れなかった。何故か夢の内容をはっきり覚えているので、せっかくだからと記録に残して経験点も乗せることにした。


 またある日、大学に行っていたときだったか、働き始めていたときだったか。朝起きて日課の薬草集めをしていた時だ。ふとダイスを使わなくても、行動の成否がわかるようになっていることに気付いた。彼女のレベルが高いから全部成功、なんてオチではなく。直感的に「ダメだった」「イケた」と感じるようになった。


 このことを大いに喜んだ俺は、脳内高速レベリングを繰り返した。つい何年か前には複数のシナリオを同時進行できるようになり、新キャラのシナリオとセルフィのレベリングを満遍なく楽しめた。いくつもの火山を竜ごと氷山へ変え、こそこそしているみみっちい邪教団を邪神ごと消し飛ばしたりもした。とても爽快感があって良いストレス解消になる。


 そうすること更に数年経った今日。ようやくセルフィのレベルが目標の1000に到達する。何故1000かというと、ルールブック上最強の悪神ブルグリフスと女神アルディナートのレベルが500だから。大体はエネミーレベルの2倍あれば『やられる前にやれ』でソロ討伐ができるんだ。


 最後にしてはしょっぱいが、今集めてきた薬草を納品すればぴったりレベルが上がる。そうなるように調整してきた。薬草採取に始まり、薬草採取に終わる。書き直してだいぶ磨り減ったレベル欄に「1000」と書き入れ、ステータス成長を行って、スキルの獲得・成長を行う。


 ひとしきり眺めてから、本のように分厚くなったクリアファイルとは別の、彼女だけのクリアファイルへとしまう。俺と彼女の数年間ダラダラと続いた物語はようやく幕を閉じる。


 そのはずだった。突然山積みになったクリアファイルが眩く輝き、俺は意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る