小雨降るバス停で

この時期は雨が多い。でも、地面を濡らす程度ならまだいくらかマシだ。そう思い、外へ出る。

限界が来て仕事は止めることになった。

精神疾患の著しい人間など置いておけるわけがない。

それでも生活するために求人情報を見ていた。

だが、手のひらを返したオヤジに金ならやるから目立つなと止められた。

今の俺は無職で、オヤジに金をもらう情けない男になった。

理由なんて話したら警察に突き出されるか、よくて監禁だ。バカにされていた方がマシだと思った。


人気のない古いバス停留所。

腐りかけの木造待合所。

3人か4人が掛けられる程度の木のベンチ。

時刻表なんてとうに読めなくなっている。


子どものころ、よく遊んだ。

バスに乗る訳でもないのに。

ベンチの下、裏角、小さい子どもには恰好の遊び場だ。

俺の目にはその頃の自分が見えていた。

最初から金持ちだったわけじゃない。

後から成功した成金一家。

あの頃は何の悪意も罪悪感もなく、ただ純粋にふざけ合えた。

いつしか自分が偉いわけでもないのに偉そうにして、あんなことを……。


最悪な形で我に返ったんだ。

……無意識に涙が零れてくる。

雨よ、今日だけでいい、俺を濡らしてくれ。

そうフードを外した視界が翳る。


「わっ! 」


横を向いて考え事をしていて気が付かなかった。

バス停留所の中に入っておけばよかった。

声を発するより先にぽすっと小柄な体が俺にぶつかり、傘が道路に投げ出される。同時にカランと何かが落ちる音がした。


「す、すみません! 大丈夫ですか?! 」


肩を掴み、安否確認をする。


「あ、ごめんなさい。気が付かなくて……」


キレイな女性だ。しかし、微妙にズレて俺を見ていた。


「あの、申し訳ないですが、ステッキと傘を拾って頂けませんか? 私、見えないんです」


盲目を察し、何か引っ掛かったが慌てて傘とステッキを拾い、軽く水を切ってから持たせてやる。


「こっちが傘で、こっちがステッキです」

「ありがとうございます」


綺麗な笑顔で微笑まれ、俺の思考は奪われた。


□□□□□


「あら、どこか行くの? 待って、準備するわ」

「大丈夫よ、1人で動けるようになりたいの。遠くには行かないわ」


見えなくなってから過保護になり、1人にしてくれない。付きっきりでは私がダメになってしまう。


「そう? 気をつけてね。小雨だけど傘忘れないでね? 」


無理強いしないでくれることだけは有難かった。


玄関で、傘とステッキを渡してくれる。


「ありがとう、行ってきます」


笑顔で開けてくれたドアを出て、傘をさした。


向かうは人気のない古いバス停留所。

懐かしい匂いのする木造待合所。

3人か4人が掛けられる程度の木のベンチがあって。

きっと時刻表なんてとうに読めなくなっている。


子どものころ、近所のお兄さんお姉さんに遊んでもらった場所。

バスに乗るつもりもないのに来たくなった。

ベンチの下、裏角、よく隠れたっけ。すぐに見つかっちゃったけど。

映らない瞳で前を向き、その頃の自分を思い出す。

1番純粋で、楽しかった思い出。

こんなことがなければ、思い出すことも忘れていたままだったかもしれない。

晴れの日も雨の日も関係なく遊んだあの日々。

雨音が好きだった頃。


静かで人の気配など感じなかった。


「わっ! 」


ドンっとぶつかり、男性の声で気がつく。人が立っていたのだと。

知らない匂いと見えない弊害に慌てる。勢いで、ステッキと傘を手放してしまった。

雨が直接肌に降り掛かる。が、男性が自分より大きいのか、あまり当たらない。


「す、すみません! 大丈夫ですか?! 」


瞬間肩を掴まれ、ハッとする。


「あ、ごめんなさい。気が付かなくて……」


大きな手、優しそうな声。私は返事と共に声のする方へ顔を向けた。


「あの、申し訳ないですが、ステッキと傘を拾って頂けませんか? 私、見えないんです」


近くなのだろうが、雨の中闇雲に探すわけに行かず、願い出た。


「こっちが傘で、こっちがステッキです」

「ありがとうございます」


すぐに対応して、手にしっかりと持たせてくれた。

優しい人……。笑顔で返しながら私は、その優しさの中に何かを感じた。

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