20☓☓年 人生を生きる目標を

またしても、僕は心底驚された。

先日我が家にやってきた、嵐のような彼女に。


彼女の名前はアナスタシア。


つい先日、神に唆され僕の命を狙い、そして敗れた。

そんな立場でありながら、今僕の家で居候をしている。なんというか、たくましい女性だ。


とにかく彼女は雑だった。

凛とした振る舞いからは想像もできないくらいに。

下はだぶだぶのズボンを履き、上はシャツ一枚で家中を練り歩く。服がないからと言っていたが、絶対に言い訳だ。楽を求めた極地に違いない。

食事は僕がすべて作っている。皿くらいは運ぶが、料理を手伝う気配は微塵もない。

食事の後も皿は下げるが洗おうとはしない。流麗な仕草でダラダラしてる。

普通に掃除はするからそこは良いのだが、こうなると暇を持て余してるだけに見えなくもない。


人の家で、とてもふてぶてしい。

感心すら覚えるほどだ。



【アナスタシア】──、彼女はそう名乗った。

その名前は『目覚めた女』あるいは『復活した女』という意味を持つ。

なるほどな、いつ目覚める?


僕はある日、遂に我慢の限界を迎えて彼女を呼び立てた。




「私には、生きる目標がないのです」


渋い顔で正座をしながら彼女は語った。

誇るべき父を失い、神の啓示は紛い物。

もはや何を目標に生きればいいのか分からず、日々を無為に過ごしている。


話を聞いて多少得心がいった。

つまるところ、彼女には将来のビジョンがまるでないのだ。理想の自分像であった父の無念を以て、自らの理想に確信を失い目指す先を見つけられずにいる。


だが、この生活から理想が見つかるとは思えない。

僕は一つの決心をした。




ある日、僕は嫌がる彼女を引きずって、無理矢理僕の通う高校に編入させた。その様は予防摂取を嫌がる犬猫に酷似していたが、なんとか人間用の学校に入れることが叶った。

保護者代理は僕が努めた。僕はこの学校において、孤児院の頃よりずっと『優等』とされている。その為、この申し出も驚くほどすんなり通った。


この『優等』と言うのは、無論成績優秀という意味も含むが実際のところ『従順で扱いやすく口が硬い』という意味合いが強い。

孤児院にはごく稀に、子供の身請けをしたいという老夫婦が訪れる。その際はそこそこの寄付金と引換えに子供の身請けを行うが、身請けには無論な子供が選ばれる。

余計なことを言わない、優等な子供が。


そして、非常に残念な事ではあるが僕と関わる人間は大抵不幸に巻き込まれる。

今の家も、つまりはそういう経緯で手に入れた物になる。

可哀想ではあるがこの1000年、似たような事もはいくらでもあった。それも運命と思ってもらいたい、アーメン。




すべての手続きを終え、書類に判を押す。

合間、牧師(この学校における先生の意)より礼拝堂の損壊について少し聞かれたが、初めて聞いたとばかりに大袈裟に驚き知らぬフリを通した。

横目でこちらを見つめるアナスタシアを、「犯人はこいつです!」と叫んで突き出してやろうかとも思ったが、なんとか堪えた。

あの日の出来事を誤解なく説明して信じてもらえる自信は無いし、何よりあの日僕はそもそも学校にいなかった設定で通してる。

それが嘘だとバレるのはたいへん不味い。

仕方なく、黙って演技を続けた。


その後、軽く校内を案内し学校を引き上げる。

本格的な通学は明日からになる。


「私はうまくやれるでしょうか」


帰り道、アナスタシアがポツリと溢す。僕は引き籠もりの怠け者がようやく人並みの感想を口にした事に、正直感動していた。1000年生きても知らない事はままあるものだ。人を導くのって、結構いいかも。


「大丈夫だよ」

僕も同じクラスだし問題ないだろう、そこは配慮してもらっている。

それを聞き、アナスタシアの不安そうな顔に少し笑顔が戻る。

トボトボとした足取りにも元気が戻り、俯いていた顔も気持ち前向きになっている。

漠然とした不安より、新しい生活への期待が勝ったのだろう。

家につく頃にはすっかり元気になっていた。


僕はそれを微笑ましく見守り...ふと思った。

神の御子というものは、果たしてこんなケアまでするものなのか?





翌日、彼女は珍しく早起きをして、正座してご飯が来るのを待っていた。

料理を手伝うつもりは相変わらず微塵もないらしいが、これは改善傾向と言える。僕は喜々として朝食を拵えた。

二人で朝食を平らげ、僕が皿を洗う。

先に行ってていいよと声をかけたが、やはり不安なのだろう。彼女はソワソワしながら僕を待っていた。なら皿を洗え。


支度を整え彼女を連れ添い登校する。

緊張からだろう、元からお喋りではない彼女だが、今日は一際静かだった。

学校にたどり着き、彼女を牧師に引き渡す。

挨拶を促すと、彼女は流麗な仕草で礼をした。

その振る舞いに牧師は、ほぅと感嘆の息を漏らす。

人目を引く、非常に美しい女性ではある。絵画のようだと言えるだろう。人を惹き付ける神性も持つ。

立ち居振る舞いは凛として芍薬のようであるから、外面だけはとにかく良い。

牧師もすっかり心を許している様子で、僕はとても不安になった。


牧師に一切を任せて、先に教室に入り席につく。

僕の席は扉側最後尾、僕の希望だ。教室内をくまなく見渡せ最も死角が少ない。牧師より窓際も勧められたが、そこは狙撃を警戒して遠慮した。

席順含め、ある程度の自由が効くのも『優等』の特権の一つ。孤児院の秘密を知りつつ大人になった僕達は、ある意味体制側の彼らと持ちつ持たれつ。

その上での優等評価は、もはや体制側へ片足を突っ込んでいるに等しい。便利な評価だ。

席でしばらく待っていたら、先の牧師がアナスタシアを伴い現れて、彼女に挨拶を促した。


「さぁアナスタシア。自己紹介を」

「はい、牧師様。

──初めまして皆様。本日より皆様のご学友となりますアナスタシアと申します。若輩者ゆえご迷惑をかける事もあるかと存じますが、何卒ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。」

スカートをつまみふわりと礼をし、彼女は淡く微笑んだ。


教室内はしんと静まった。

その様子を、僕は最後尾の席から口をあんぐり開けて眺めていた。



──大したものだと、心底思う。

彼女は今やみんなの中心にいる。

席は最後尾窓際に机を継ぎ足し用意された。僕の隣でなかった事に若干動揺の色は見えたが、サッと隠して淡い笑顔で取り繕った。

ミッション系特有の堅苦しさも、彼女の肌にはあってるらしい。100点の振る舞いだ。

授業態度も悪くはない、背筋をピンと伸ばして真面目に机に向かっている。今に暴れだすんじゃないかとハラハラしたが、僕の思いと裏腹に遂にその姿勢が崩れることは無かった。

どうやら彼女、根は真面目なのかも知れない。

外面が良いだけの女性ではない、評価を改めなければならない。



「今日は、この後何かありますか?」

終業の鐘がなる。本日の学校が満了した合図だ。

アナスタシアはどうやらクラスメイトから放課後の遊びに誘われたようだった。

夕飯までには帰ってきなよと、軽く答えて追い返す。

いや別に、帰ってこなくてもいいんだが。





『夕飯までには帰ってきなよ』

これは私としては意外なセリフでした。

自覚はあります。迷惑しかかけていない居候。

あまつさえ彼の命を狙った過去すらある私が、まさかこんな優しい台詞をかけてもらえるとは思っても見ませんでした。


彼は優しい。何処か冷めてて本音のわからない所はあるけれど、それはわかる。

なぜ彼が天界に命を狙われているのか、私には皆目検討がつきません。


彼は、自分を罪人なのだと言った。

輪廻転生を繰り返し、1000年を生きた罪。

それはどういう罪なのですか? 自然の摂理を破った罪? それとも、また別の何か?


私には、生きる事が悪い事だとは思えない。

それが彼が天界に狙われている理由なのだとすれば、私は厭悪する。



初めて繰り出す都会の繁華街は、非常に刺激的でした。

楽しいだろう事は知っていたけれど、生きる目標を失い屍同然となっていた私が楽しむことは、私にはそれこそ罪のように感じられていました。

だから、無気力。これもまた罪的ではあったかも。


初めて行ったカフェテリア。初めて遊ぶゲームセンター。

全てが刺激的で、楽しまん方が難しかった。

うっかりお国の言葉が溢れる程には。


「花音、次はどうされますか?」

私は私を連れ立った彼女に問いかける。

真車まぐるま 花音かのん、彼女は私の前の席の女の子で、私に一番最初に話しかけてくれた人。

フランクな態度で、髪も茶色。浅黒い健康的な小麦肌に、八重歯が特徴的な女の子。最初の印象はまさに非行少女と言ったところですが、遊び場に詳しそうな辺りは興味を引かれます。

クラスでは少し浮いているようですが、せっかくのお話。好意は無碍にできないと誘いに乗りました。

結果、彼女で中々正解だったように思えます。

私は心ゆくまで楽しみました。




一通り遊んだあと、彼女の強い勧めでカラオケ店に入る。

街の外れの寂れたカラオケ店、くたびれたビル、掃除の行き届いていない内装。少し訝しみましたが、「ここが安いのよ」と言う彼女の一言に得心を得ます。

巷に詳しい彼女のお薦めなら間違いないでしょう。私はそこそこに彼女を信用し始めていた。


タッチパネルで部屋と時間を選び、2階の最奥の部屋に入る(セルフサービス式のカラオケ店なんですって)。

実のところ、歌は苦手。ノリのいい盛り上がる曲なんて一つも知らない。でもせっかくの機会、本気で挑まねば彼女にも失礼というものでしょう。

スーハー、スーハーと深呼吸を繰り返す。ううん、緊張します。

震える指で曲を選ぶ、画面を凝視し集中する。

ふと、タバコの匂いが香る。

少し驚き、振り返る。


「んでさぁ、あんた御堂くんのなんなの?」


さっきまでケラケラ笑っていた筈の花音が、急に悪態をつきながらタバコを片手にこちらを睨めつけていた。





居候を決める際、輪廻と取り交わした約束は2つあります。

1つは、同居している事を決して口にしない事。

これは円滑な学生生活を送る為の必須事項だと言っていました。

2つ目は、私の【奇跡】について、口外せずみだりに披露しないこと。

これもまた、円滑な人生の為の必須事項なのだと言います。


つまりこの質問は非常にまずい。私には鮮やかな返答ができかねます。とりあえず、なんとか場を誤魔化さなければ。私は頭を巡らせる。

「ええと、輪廻は遠い親戚でして...」

私の精一杯の言い訳、すかさず怒号が飛んでくる。


「あの人孤児だっつーーの!! 外人の親戚なんている訳ねーし!」


そうですか! 吃驚!

だめだ、彼女は私よりもずっと彼に詳しい。喋るほどボロが出る。どぎまぎしながら返事に窮していると、彼女は呆れた様子で口を開いた。


「はぁもういーし。あたしさぁ、ちょっと事情あっていい男探してんのよね。あの目を引く外見に、余裕ある感じの優等生ちゃん? スペック十分だし良くない? みたいなさ」


はぁなるほど見る目があって結構な事です。

呆気にとられていた私を横目に、彼女は言い放つ。


「だからアンタ、邪魔なんだよね」


パチンと彼女が指を鳴らす。すると、部屋の中に人相の悪い男達がゾロゾロと入ってきました。

出口を塞ぎ、ニヤニヤしながら人を見下してくる。


なるほど、そういう腹づもりでしたか。

自分の外見が目を引くことは分かっていました。生まれながらの不幸体質でもあります。だから、私にとってこのような事態は珍しいことではありません。

いつもの毎日、日常のワンシーン。


──こんな事、私にとっては災難にも含まん。

彼女ば良か人やて思うとった、私の見る目ん無さだけが遺憾に思う。

神に騙される程度の私だ。それも仕方ん無かことかも知れん。





悲鳴が響く。男達は我先にと部屋から逃げ出した。

部屋を出てすぐ、通路の壁を背に震える彼女に、私はゆっくり近付いた。


「なんなんだよ! あんた、なんなんだよ!!」


なってない、あんな奴らで私をどうにか出来ると思っていたならそれこそ遺憾です。私は部屋の隅に転がっていた一本の傘を手に、彼女を追い詰めていた。

小動物のように震える彼女を前に、私は気を落ち着かせて、優しい声音で語りかける。


「いいえ、何がでしょうか? 私達は今日楽しく遊んでさよならした。それだけですね?」


彼女は青い顔で何度も頷く。

私は優しく微笑みかけ、つられて笑顔になった彼女の頭に力いっぱい傘を叩きつけました。




まったく今日はひどい目にあいました。都会怖い。

好意的に近づいてくる人間とは大抵悪意に満ちているものなのですね。

自分の軽率さに反省し、とぼとぼと帰路につく。やはり芯を失った人間が成す事は大抵裏目に出る。行動に魂が伴っていないから。

などと一人反省会を繰り返しながら暫く歩くうち、私は小さな違和感を覚え始めました。五感に訴えかける小さな違和感。

周囲に漂う妙な臭い。

なんだか焦げ臭いような──。


後ろを振り返る、先程のビルから煙が登っているのが見える。

あ、タバコ──。花音の持っていたタバコ。そういえば、始末した姿を見ていない。

花音は逃げた? いやそんなはずない。

彼女はまだ気絶している。やったのは──、私だ。


私は今来た道を駆け戻った。ああ、やはり私は間違えました。

こんな私が、理想の自分など得られるはずがない。





「花音! いますか!」

店内に戻り声を張る。当然返事はない。先程の部屋を目指し、階段を登り廊下を駆け角を曲がる。


次の瞬間、むわっとした熱気が顔を叩く。なんですこの火の勢い! 火事の発生からそんなに時間は経っていないはず!

掃除の行き届いていない、古びた建物。火元はあちこちにあるという事ですか!


炎を掴み、剣に変え後ろに投げる。

私の【奇跡】、「万物を剣に変える力」で炎を退かします。

前に! 一歩でも前に!!

剣に変えた物体が私を傷つけることはありません。しかし、生きた炎は当然私の身を焼いていじす。

だから、どうした。せからしか!

手の火傷も省みず、私は駆けた。


いた、花音! 廊下の最奥に彼女を見つける。煙をしこたま吸い込んだのでしょう、グッタリしていて動きません。

火元はやはり先程のカラオケルー厶。すでに彼女の周りは炎に囲まれている。もはや一刻の猶予もない!

私は我が身も顧みず、両手を広げて炎に飛び込みました。

両手に精一杯の願いを込め、目を瞑り祈る。


花音! 貴方がどう言うつもりで私を誘ったかはともかく、私は今日確かに楽しかった。

私には、貴方を見殺しにはできません。

そうすれば、私は永遠に私にはなれないから──。




燃え盛る炎の中、私は彼女を抱きすくめていました。両手に赤熱する炎の剣を抱き。

煙を吸い込みすぎたのでしょうか。体が痺れます。迫る炎の中、もう一歩も動けそうにありません。

ああ、これが私の精一杯。もはや矢折れ刀尽きました。


こういう時、人は神に祈るのでしょうか。

では、神に裏切られた私は?

目を閉じ、思いを馳せる。お父様、私はうまくやれたでしょうか? 貴方を前にした時、胸を張って前を向けるでしょうか?


いいえ、いいえ! まだ足りない。全然足りない!

父にもらったこの命で、私は何も成していない!

助けて。助けて下さい。神も仏もいないこの世に、救いの手があるのなら。

藁をも掴む思いで、必死に祈りを捧げる名前を探します。


お願いです。助けてください──、輪廻!






その瞬間、炎の向こうの窓が割れ、弾けた。

ガラスの破片が炎に照らされ、煌々と輝き散っていく。

膨張した空気が一気に窓から吹き抜けて、涼やかな風が私の体と心を駆け抜ける。

誰かが立っている。

私が、心から求めていた、誰かが。


「帰りが遅いと思ってね、心配になって見に来たんだ。

 ...頑張ったんだね、アナスタシア」


私は、父が亡くなって以来、初めて泣きました。

悲しみからではなく。嬉しくって、嬉しくって。

貴方はやはり神の御子なのですね、輪廻。

この世に居ない筈の、困った人々を救う神様。


お父様。私は、あなたの居ない世界で生きていきます。

私の人生の道標、私は確かにこの目に刻みました。





僕は正直驚いていた。彼女に驚かされるのは、これで何度目になる?

帰りが遅いとやきもきしていたらにわかに周りが騒がしくなり、不安に思って様子を見に来たら、これだ。

僕に負けず劣らずの不幸体質。神性を持つものの宿命なのだろうか?


窓ガラスを割り中に侵入する。当たり前だがビルの中は非常に熱い。グッタリしているアナスタシアと、クラスメイトの花音を見つける。アナスタシアにはまだ意識があるらしい。

そうか君は、彼女を庇ったのか。

またしても驚かされたな。頑張ったんだねアナスタシア。



優しく声をかけ。歩を進める。

炎を挟んで彼女と向き合う。

彼女な爛々とした瞳で僕をまっすぐ見上げている。

僕は炎の中、ゆっくりと口を開いた。


「そういえば君にはまだ僕の【奇跡】を見せたことが無かったな。大したものじゃないけど折角だから見ていってくれ」


僕は、右手の木の腕輪を優しく撫でる。

すると腕輪はブルッと震え、次の瞬間大きく膨らみ素早く地面に幹をおろしていった。そして腕輪から伸びた木の幹にポッカリと孔が開き、大量の水が吐き出される。

彼女は驚いた顔でこっちを見ている。


「地下水を汲み上げているんだ。道管を通してね。僕の右手には一本の古樹をそのまま巻き付けてあるんだよ」


僕は「モノの形を変える」奇跡を起こせる。かつてイエスがそうしたように、神の御子が代々備える力の一つ。彼が石をパンに水をワインにしたように、変えられる対象に揺らぎはあるけれど。

この古樹は僕の最も古い友人の一人。困った時、いつも僕を助けてくれる。


辺りはすっかり鎮火していた。

僕はアナスタシアに近づき、手を差し伸べる。彼女は照れくさそうに、俯きながらその手を取った。

彼女が両手に掴んでいた炎の剣はいつの間にやらキレイさっぱりなくなっていた。形を変えても元の物質の性質は失われてはいないのだろう、どうやら一緒に鎮火してしまったようだ。


野次馬の居ない裏手側からこっそり外に出る。アナスタシアは随分と疲れている様子だったので、花音は僕が肩に担いで連れ立った。アナスタシアは何か言いたげではあったけど、あえて僕からは触れないようにした。彼女が言い出すまで待とうと思う。

ビルから離れ空き地に出る。すると今度はガラの悪い連中に囲まれた。

勘弁してくれ。今日はもういいだろう。


「おいてめぇ、何してやがる! その女をこっちに寄越しやがれ!」

ガラの悪い男たちは興奮した様子でまくしたてる。

「急に現れて、一体何のつもりだ。女っていうのは気を失ってるこの子の事か? 気絶した女の子を攫おうなんて腹づもりならとっとと踵を返して失せるといい。僕は外道は好きじゃない」


激高して、殴りかかる不良たち。

僕はそれを軽くあしらった。





──強い、べらぼうに強い。

10人に及ぶかと思われた不良の集団を、彼は肩に女の子を担いだままあしらっていました。

猪のように殴りかかってきた男の膝を蹴り、顎を撫でる。すると男はふにゃーと力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

軽く膝を突き出すだけで大の男が引っくり返り、殴りかかったたその手にちょんと力を加えただけで、隣のお友達が盛大に殴り飛ばされる。

ほんの数瞬の出来事。気が付けば、私の目の前にはもう既にいくつもの男の体が転がっていました。

その熟練した動きをつぶさに観察する。いつまでだって見ていたい程の、美しい動き。

ああ、やはり貴方だ。


だがいつまでも眺めてはいられません。私にはすぐにでも彼に伝えなければいけない事がある。

私はゆっくり口を開いた。





「その人たち、多分花音の取り巻きですよ」


えっ、そうなの?

僕はアナスタシアと、随分と数の減った不良達を交互に見る。

なるほど、そういえば先の彼らの発言、あれは花音の安否を気遣っての発言にも取れる。

弱った女子二人を伴っての不良の集団との対峙。冷静な判断力を失っていたのかも知れない。

しかしもう少し早く言ってくれアナスタシア。

もはや1人1体担いでも数が足りない程しか残ってないぞ。


そういう事ならと、僕は花音を引き渡す。

「煙を随分吸っている。まずは病院に連れていくべきだ」

彼らに一言アドバイスをかけ、追い返す。 


今回の件、ようやくこれにて落着と言えるだろう。

本当に長い一日だった。

さぁ家に帰ろう。暖かいご飯が待っている。

一歩を踏み出す。しかし、アナスタシアが着いてくる気配がない。

気になって後ろを振り向く。 




涼やかな風が吹いている。

彼女の髪が風にたなびき揺れている。

彼女は、凛とした眼差しを真っ直ぐにこちらに向け震える体で芍薬の如く立っていた。

なにか強い決意を感じさせる瞳。揺らぎの無い視線。

僕から目を逸らさずに、真正面に見据えて彼女はゆっくりと口を開く。


「輪廻。私は貴方になりたい」


本気の発言だと理解するには十分な眼差しだった。

そう、彼女は人生の目標を見つけたのだ。

僕が言うのも何ではあるが、恐らくは最も困難な目標を。

僕の1000年に、彼女は彼女の100年で追いつこうというのだから。


「...大変だよ」

「ええ分かっています。

 良ければ輪廻、貴方の全てを教えてください」


良いだろう。僕の1000年を君に教える。

追いついてみせるといい。期待して待っている。





この日、彼女はついに人生の目標を得た。

彼女の人生はこれから激動の道を辿るだろう。

願わくばこれを機に、皿くらいは洗うようになってもらいたいものだ。

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