4章 殺したがる人形
1
日曜日。進展と呼べるようなものはなく、考えてはいましたよ、と言い訳だけ並べていたいような状態で、ついに当日がやってきてしまった。青梅蛍は、水喰土礫とともにタクシーで国城の屋敷に向かっている。
「なにかわかりましたか?」
青梅はとなりでゆったりとしている水喰土の尋ねた。会うのはこの前、屋敷を訪ねたとき以来だ。
「すべてわかったよ」
「ほんとですか。犯人は誰です?」
「それはわからない。わかっていることがすべてわかったというだけだ」
なんだそれは。なにか哲学論のできそこないみたいだ。
「それよりもさ、人形を守る方法はなにか考えてきた?」
「いえ、ずっと密室のことを考えてました」
「なんで?」水喰土が不思議そうな表情を見せる。「密室好きなの?」
「別に好きではないですが、密室の謎を解明できれば犯人がわかるかなと」
水喰土がうなるようにしてみせる。
「それを考えるのは自由だけど、僕らが依頼された仕事がなんだかわかってる? 僕らの仕事は人形を守ることで、殺人犯を追うのは警察のお仕事」
「人形を壊した人を見つけてほしいとは言われています」
「それが殺人犯と同一人物かはわからない。可能性はあるけれどね」
人形を壊したり、人を殺したり、そんなおかしな人間が何人も集まるものだろうか、と考えて、周りにいるおかしな人たちを思い浮かべた。犯罪者とまでは言わないまでもおかしな人らの存在は確認されているな、と青梅は思い直す。
「水喰土さんはなにか考えてきたのですか」
また「わからない」とか言うのではないか。
「それはまあね、期待していてもらっていいよ。素敵な未来を見せることを約束しよう」
「なら、私が考えてなくてもいいじゃないですか」
「やろうとしていることがバッティングしないかなとね。でもなにもないならよかった。探偵の助手としては失格だけれど」
無性にくやしさがあふれてくる。
タクシーが目的地に到着した。今日は駐車場のほうに回してもらう。そちらか入るようにと言われていた。屋敷の中まで入れるので歩く距離が減らせる。門の前で到着を知らせ、開けてもらってから車で中にはいる。
「ケータイ忘れないようにね」
「忘れてません」ポケットを確認しながら答えた。
タクシーから降りる。パトカーが端の方に一台止まっていた。隣に停まっている車は覆面パトカーだろうか。
屋敷の方から人が歩いてくる。四條だった。先程、門をあけるように頼んだときも四條だったので、迎えに来てくれたのだろうか。
「本日はよろしくお願い致します」
「できることを精一杯、務めさせて頂きます」水喰土が答えた。
「まだ時間まではしばらくありますが、いかがなさいますか。待合室はご用意しておりますが、もしなにか人形を守るためなど、ご希望の準備がありましたらお手伝いさせて頂きます。もちろん儀式の関係上できないこともありますが」
「たとえば、すでに人形が壊れていないかを確認させてください、というようなことはダメということですね」
「箱を開けることは許されていません。あとは録音や撮影も禁止されています」
ずっと昔からある儀式に録音や撮影に関するルールがあったとは思えないが流れの上で付け加えられたのだろう。
「では、音波や電磁波などで、箱を開けずに中を調べることはやってもいいですか?」
「申し訳ありませんが……」四條は一度、頭を下げる。「水喰土様は人形がすでに壊されているとお考えですか?」
「いえ、可能性の話です」水喰土が笑った。「すみません、断られるだろうこともわかっていたので準備もしていません。やれと言われても時間には間に合いませんから、箱が開くときを待つことにします。他の準備も結構です。待合室と……そうですねあとはお手洗いに案内してもらえればそれでいいです」
四條がわずかに笑い、すぐに笑みを消した。
「それではどうぞこちらへ」
案内された場所はさほど広くはない和室で、誰もいなかった。他の関係者は別の場所で待っているのか。気を使っているのかもしれない。こちらに対してか、他の人に対してかはわからないけれど、探偵なんて人をあまりお客様のところへ出さないというのはホストとして正しいように思える。
座布団に座り時間が来るのを待つ。四條も案内してくれた後は準備に行くと消えてしまったので、ここには青梅と水喰土しかいない。ふたりだけでいられる状況はないと考えていた。なので、タクシーの中で業務上、必要なことは話してしまったため話題がない。世間話をしてこの間をつながなければならないのだろうか、と青梅は水喰土を見る。水喰土が携帯電話をいじっていた。
「なにをしてるんですか」
「暇つぶしのゲーム」
「もっと他にすることないんですか」
「これやったことある?」
水喰土が画面を見せてくる。それは現実の地図を利用しているもので、実際に歩くと画面の中のキャラクターも歩き、そうしてたまに現れるモンスターを捕まえるというものだった。以前、かなり話題になったもので大学のみんなで遊んでいた。
「出た当時、話題になってたのでやりましたね。課金の仕組みがわかったので、すぐやめちゃいましたけど」
このゲームは普通に遊ぶ範囲では他のものほどお金が必要ではないが、コンプリートをめざすとあるアイテムを日常的に購入しておく必要になっていて、なんとなく醒めたので九割ほど集めたところでやめてしまっていた。
「これってなんのためにしているのかわからないんだよね」
「好きなモンスターやかわいいモンスターを捕まえたら楽しいからじゃないですか」
電子データではあるが、画面上で動くモンスターにはかわいいものが多い。
「でも、よほど特別な奴でなければそんなに難しくなく捕まえられるでしょう? そうしたら終わり?」
「コンプリートを目指したりもありますね。私はそこまでする気にはなれませんでしたが」
「それが普通なのかな」
「大学の友人もそんな感じでしたね。中にはコンプしたという人もいましたが」
「コンプまでやったほうがバカに近づけるかな? それとも途中でやめる人が大多数ならそちらに合わせたほうがバカになれるかな?」
そうだ、この人は「バカになりたい」とかおかしなことを言う人なのだ。ゲームを楽しもうという気もないのかもしれない。目的のための道具として使用しているのだ。
「さあ、バカな私には理解できませんね」
「そこまで自分を卑下しなくていいよ」水喰土が笑う。「僕より相対的に劣っていることは当然だけど、一般人と比較すれば君もバカではないでしょう」
「私は普通の人間です」
声が大きくなってしまった。
ふすまが開いて、上木弓海がきょろきょろと顔を覗かせた。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「いや」水喰土が携帯電話をしまう。「なにかご用ですか?」
聞いている時間まではまだあるので、呼びに来たということではないだろう。
「大人たちのつまらない話から逃げてまいりましたの。もしよろしければこちらへいさせてくださいませ」
「断る権利は僕らにはないかな。ねえ?」
「どうぞ。いくつか聞きたいこともあるし」
「ありがとうございます」
弓海がテーブルの向かいに座った。
「聞きたいこととはなんでしょうか。私に答えられることならばいいのですが」
「ああ、そんな難しいことじゃないです。今日の参加者はどんな人がいるのかなって」
弓海が微笑んだ。
「てっきり、私が犯人だと問い詰められるのかと思いました。違うのですね」
「違う。違う」青梅が言う。
「探偵さんも?」
「僕は特に聞きたいこともないかな。うん、でもそれじゃあ悪いからここを出るまでにひとつぐらいは質問を考えておくよ」
この人は、なにかと失礼な奴だ。相手は中学生の子供だというのに。
「……それは嵐の前のように楽しみにしていています」
それでも弓海は笑みを崩さない。青梅の方に向き直る。
「参加者ですね。あまり多くはありません。国城家からは三人。あとは私と私の父、四條さんと八田さん。探偵さんたちと刑事さんたちぐらいです。旦那様はまだ海外から戻られないようですから」
「旦那様……」
「伊都さんのお父様です」
その人は、会ったことがない。どんな人だろうか。しかし、戻ってこないなら考えても仕方がない。
「本当に多くないですね。もっとお披露目パーティのようなものがあるのかと思ってました」
「どうも前回、三十年前のときの騒ぎが原因のようですね。殺人事件や泥棒騒ぎ。そのときは人形さんは無事、盗まれることなく犯人を捕まえたそうですが、人は殺されてしまいました。ですから防犯のために人を減らそうということのようですね。それでも残念ながら事件は起きてしまいました」
弓海が微笑む。
殺人事件は少し聞いていたが、泥棒騒ぎまであったのか。
「人は皆、いつの時代も動物のままなのでしょうね」
「そ、そうかもね」
この子と話しているとたまについていけないときがあるな、と青梅は思う。国城環の影響なのだろうか。それとも血筋というものか。直接つながってはいないはずだが、昔から栄えている家のようなのだ、そういった優れた人を稀に輩出する家系だということかもしれない。
防犯のために参加者を減らしたという理屈は一見正しいようにも見える。不審者の数が減ればそもそも事件は起きないはずだからだ。
「あの……」弓海が少し声を抑えて話す。「この間のお話の続きなのですが」
「はい?」
青梅は頭の中で考えをめぐらせる。ただ、人が多くのいれば、それは不正を防ぐための目ともなりうる。
「青梅さんは彼氏……、ボーイフレンドのような方はいらっしゃいますか」
こうは考えられないだろうか。人形を壊すために人の数を減らしたと。もしかしたら殺された被害者もそのような理屈で事前に排除されたということもありうる。いや、それはさすがにおかしいか。
「いまはいないよ。少し前に別れたから」
来賓を減らすぐらいならば理解できるけれど、人形を壊すために人を殺すというのはリスクの帳尻が合わない。そもそも人が死んだために警察という、より厳しい目が増えたことになる。
「あ、すみません」
「いいよ。もう全部、忘れたから」
むしろ、人形を壊しにくい方向に進んでいる。そう考えると殺人犯は人形を壊すという点においては難度を高めた形になっているのだ。
「男はバカな生き物だから気をつけなくちゃダメだよ。騙されたのが悪いなんてことはないけど、騙されないように努力はしないとね。つまらないことになるから」
「はあ……」弓海がため息とも返事ともつかないような言葉を吐き出す。
人形の破壊が目的ではない……?
まさか、人形を守るために人を殺した?
そんな可笑しなことはない、と浮かんだ想像を振り捨てた。
「でも、バカではない男の人もいますよね?」弓海が上目遣いで伺うような表情を見せる。
「え、ああ……」青梅は弓海の様子に気付く。「いるんじゃないかな。いると思うよ」
青梅は弓海がほっとした様子を見せるのを見て、かわいいなと感じる。
「でも、一見というか最初だけよさそうな人もいるから注意ね」
警察を呼ぶだけならばいくらでも方法はあるだろう。リハーサル用の人形が壊された件だけでも充分に呼べるはずだ。
「私だって、そりゃ最初から頭のおかしそうな人を好きになったりしないわけよ」青梅は水喰土を見た。ほくろの上の目が微笑む。「それがね、いつのまにかおかしくなってるわけ」
それでも、なんのためならば人は人を殺せるのだろうか、と青梅は考える。殺された人がいる。なにかの目的のために殺されたのだ。なにかの怨みで殺すこと自体が目的だったか、それとも殺すことによってなにかの利益を得られるのか。
「ああ、殺してやりたい」
「忘れてないじゃん」水喰土が頬杖をついた状態で言った。
「うるさいです」
「別に良いけれど、あまりそういう発言を警察の人が近くにいる状況ではしないほうがいいと思うな」
「あれ、なんの話でしたっけ」
青梅は弓海の方を見る。
「まあ、なにか変なこと言っちゃったかもしれないので全部が全部を参考にしないでいいというかほしいけれど、恋も事件もちゃんといろいろ考えましょうってこと」
「恋も事件もですか……」
「一緒にしないでほしいって思ってるよきっと」
青梅は水喰土を睨みつける。
「ところで、僕には聞いてくれないの?」水喰土が弓海を見る。
「聞く必要がないことだからでしょう」青梅はすぐに言葉をはさんだ。
弓海がどこか慌てたそぶりを見せる。
「探偵さんと付き合って続く人間が老若男女いるとは思えません。それとも恋人がいらっしゃるのですか?」
「いない」
「でしょうね」
そこで水喰土が黙ってしまったので気まずい空気が流れる。これで傷ついた様子でもあったのならば悪いことをしたなと反省することもあるかもしれないけれど、当人はにこにこ笑っているのでどうしようもない。
「そろそろ時間かな」
水喰土は視線を外して携帯電話を確認した。
「四條さんに確認してきましょうか?」
「その前に、質問よろしいですかお嬢様」水喰土が手を高くあげる。「精一杯考えました」
「はい」弓海が微笑んだ。「お手柔らかに」
「密室を作るのと解くのどちらがむずかしいですか?」
弓海がめんくらった表情を見せる。わずかに時間をおいて整え、それから答えた。
「作ったことがありませんので」
「あなたがどう思うか、で結構です。どちらがむずかしいと思いますか」
「密室を作ることや解くことを考えるのではなく、その難易度を比較するというのはおもしろいですね。考えたこともありませんでしたが、考えてみます。場合によるのでは、ということはなしですね」
「そうですね。一般論というか多くの場合というものでいいです。例外は何にでもあるでしょうが、今は考えなくて大丈夫です」
弓海がしばらく考えているような様子をみせる。
いったい、何の問いかけなのだろうか。水喰土は楽しそうに笑っている。静かな室内でじっと待っていると弓海が口を開いた。
「解く方ではないでしょうか」
「それはなぜですか?」
「……作る方は解かれないように精一杯難しいものを、いくらでも準備してから実行することができます。解く方は与えられた問題に挑むことしかできません」
「そうかもしれませんね」
「正解はどちらなのですか?」
「さあ、わかりません。数学的に証明できるものでもないでしょう。理屈はどちらにでもつけられますから、どう思うか、それだけです」
水喰土が青梅を見る。
「では、助手にも聞いてみましょう」
「えっ」いきなり話を振られたので青梅はあせる。
「今度は、ある密室があったとします。その密室が解かれた場合、密室を作った人とどちらの頭が優れていますか?」
「解いた人じゃないですか」
「ハズレ」水喰土が楽しそうな笑みを見せる。「テストで百点を取った生徒は、そのテストを作った先生よりも頭がいいと言えますか?」
「言えません……」
「世の中は非対称で、問いを出す側の方が優れていることが一般的に多い。かといって問いを出せばその人を超えられるわけでもないけれど。たとえその問いに相手が答えられなかったとしても」
その言葉通り受け取れば、今、答えられなかった青梅が水喰土より必ずしも劣っているわけではない、という話になるが、口調はそうは言っていない。当然だ。優れていると言っているわけでもないのだから。不定である。そう言っているだけなのだ。
「この質問に何の意味があるんですか?」
「ないよ」
水喰土があっけらかんとした様子で言った。
「会話を楽しむためのきっかけだよ。楽しかったでしょう?」
「ええ」弓海が答えた。
そうか? 楽しかったか?
「君は、街でおばあさんに声をかけられたときもそんな風に意味を聞き返すのかい? みんないろいろ言うでしょ。たとえば……」
おばあさんはどこからでてきた? と思ったが聞き返しにくい。
「今日はいい天気ですね」
2
「人形を着替えさせる役目を私にやらせて頂けないでしょうか」
四條葵が国城環に深々と頭を下げ言った。
儀式を行うための広間。予定されていた時間が来て皆が集められたところでのふいをついた言葉だった。青梅蛍は想定していなかった光景に慌てて水喰土を見る。水喰土は特に驚いた表情も見せずににやついた様子で二人を眺めていた。
国城環は高価そうな着物を着ている。着物のためか、それとも儀式への気の入りようなのか、以前よりも姿勢がいいように見える。
四條も目立ってはいないがきっちりした格好で、まわりの人間もそれなりに小奇麗な服装だった。友人と遊びにでかけるようなラフな格好で来てしまったため、どことなく気まずいなと感じるが、空気の重さはそんな服装の問題ではないだろうことはわかる。それが問題ならば隣にいる探偵もろくな格好ではない。
「私が行うと言いました」
「しかし、何が起こるかわかりません。国城先生の身に危険が及ぶことだってありえます。元は能上さんが行うものでしたので国城の家のものでなくてもかまわないはずです」
四條の真剣な様子に、場はどうしていいかわからないというような空気に包まれる。
「もし危険があるというのならば、八十年ともう充分に生きた私こそが向き合うべきでしょう」
「しかし……」
「さがりなさい」
ぴんとはった背筋から正しさに包まれたような音を発す。
「差し出がましいまねを致しました」
四條がもう一度、深く頭を下げてから引き下がる。近くにやってきた四條に上木弓海が小さな声で話しかけた。
「どうしたのですか。今まで、一度もあのようなことをされたことはなかったでしょう?」
「そうですね。自分でも少し驚いています。不安なのです」
四條が弱く笑顔を作った。
「でしゃばりやがって」国城伊都が言う。
「申し訳ありませんでした」四條がすぐに頭を下げて謝罪した。
伊都が、バツの悪そうに四條から離れる。
あまり仲が良くないのだろうか、と青梅は思う。跡継ぎと使用人という立場か、それとも天才が目をかけている若者とお眼鏡に叶うことのなかった実の孫という立場から来る軋轢だろうか。歳も近いようだし、子供の頃からの付き合いだとすれば、複雑な関係ができあがっているのかもしれない。
「お待たせ致しました」
会話が止まったときを逃さずに、国城環がすべての視線を集めるように言葉を発した。
「これより儀式をはじめさせて頂きます」
まだこの広間には人形も人形が入っている箱も置かれていない。これから奥の蔵より運び出してくるのだろう。部屋の四隅では、イデムと名付けられたロボットたちが儀式の一員であるかのように部屋の中央を向いて待機していた。
表情は見えない。
黒子のような黒い布を額から垂らし顔を隠していた。
八田秋流がカメラを構えて国城を撮影する。
国城環が一度、四條を見て、視線を外し、てか今度は伊都を見てから話す。
「伊都さん、手伝いをお願いします。四條さんから蔵の鍵を受け取ってください」
「俺?」伊都が考えてもいなかったという顔をする。
「お願いします」
「わかりました……」
伊都が四條の前に進む。手を出し、鍵を受け取った。わずかに四條の顔を伺うような様子で見せたが、なにも言わずに前へ向き直すと国城環の元へと早足で進んだ。どこか悲しそうな顔に見えたのは気のせいだろうか。
本当は四條の役割だったのだろう。先程の越権行為に対する罰としてアシスタントの役割すら剥奪されたのだと思われる。
国城環と伊都が、奥の蔵の入口へと進んでいった。八田もその斜め後ろを歩き、カメラを構えている。大きな引き戸の前で国城環が鍵を取り出し伊都に渡した。伊都が鍵をあけ、戸を開く。明かりをつけたようだが奥はよく見えない。ふたりが中に入り、遅れて八田も続いた。
みんな静かに戸の奥を見つめている。なにも話してはいけない決まりだろうか。たんに厳粛な空気を読んでいるだけか。水喰土を見ると携帯電話を取り出して、なにかいじっていた。こんなときにまでゲームをしているのか。よほどのバカでもこんなときにゲームはしないと思う。
少しして、八田が出てきた。戸の前でしゃがみカメラを構える。続いて国城環が現れて、最後に飾り付けられた大きな木の箱がゆっくりと滑るように出てきた。八田が撮影する。どうも木箱はすのこのようなものの上に固定されており、その下に台車を入れ、持ち上げて運んでいるようだった。木箱の裏で赤い台車を押す伊都が見えた。オークションの品を出してきたような雰囲気がある。
あの中に件の人形が入っているのか。
箱も以前見たレプリカのものより手間をかけて作られているというのがひと目で感じられた。
部屋の中央で箱が地面に下ろされる。
伊都が台車を引き、蔵の方へと戻っていく。その間、国城環は黙ったまま腰の前で手を重ね、彫像のように静止して立っていた。
伊都が台車を蔵に納めて、出てきた。戸を閉め鍵をかける。小走りで戻ってきた。手伝いは終わったらしく、中央ではなく周りの人間に合流した。
「人形を清める前に、刑事さん、探偵さん、なにか確認したいことなどはありますでしょうか」
国城環が氷と水喰土に尋ねる。
「……ありません」氷がわずかに考えたあとで答えた。
「探偵さんは?」
「そうですね、確認させてもらえるならば、その箱の鍵と奥の蔵の鍵を確認させてもらいたいです」
「どうぞ」国城環が妖艶に微笑んだ。
「では」水喰土が歩み出る。「氷さんも来てもらえますか。警察にも確認してもらった方が確かでしょう。あと、八田さん、動画をお願いできますでしょうか」
水喰土が蔵の戸の方へと歩いていき、早足の氷がすぐに追いついた。遅れて八田がカメラを構える。ふたりがそれぞれ戸を引こうと試すが開かない。確かに鍵がかかっているようだ。
「こちらの鍵は伊都さんがお持ちですね」
そう言われると伊都は持っていた鍵をふたつ掲げて見せた。
「鍵はふたつついており、ひとつは南京錠」
「差し込む方も開けるには中からでも鍵が必要なタイプです」氷が補足した。「どちらも施錠されています」
「つまり中からはこの戸を開けられない」
水喰土が今度は部屋の中央に向かう。
「箱の方も同じく鍵はふたつ。南京錠と差し込むタイプの鍵。差し込む方は元からこの箱に備え付けでしょうか」
「いつからのものかは不明ですが、前回、前々回に交換はしていないはずです。ですから随分と古いものでしょう」
「そうなるとちょっと工夫すれば開いてしまうかもしれませんね」
「ええ、ですからそちらの南京錠は去年のうちに交換しました。最新のもので、一見は普通の南京錠ですが、鍵以外ではそうは開けられないものになっています」
「少し力をいれてみてもいいですか?」
水喰土の問いに国城環がうなずく。
「壊さない程度ならば」
水喰土が取っ手を掴んで箱を開けるように試みる。しかし少しも動かなかった。南京錠だけでなく、箱自体の鍵もきっちりかかっているようだ。同じく氷も試したが結果は変わらない。水喰土はさらに南京錠もガチャガチャと揺らした。壊そうと思っても素手では難しそうに見える。
それから水喰土が箱の周りをぐるりとまわりながら、箱自体を調べていく。立ったり、しゃがんだり。
水喰土が箱の正面で立ち止まった。首を上に向け、考え込んでいる。どうかしたのだろうか。
「助手、ちょっと来て」水喰土が振り返ってから青梅を手招きした。
青梅ははや足で駆け寄る。
「なんですか?」
「ここに四つん這いになって」
「は?」
「四つん這いって言葉がわからなかった? 赤ん坊がハイハイするみたいな格好だよ」
「わかります! する意味がわかりません」
「いや、それはわかろうよ。君が四つん這いになって、僕がその上に立って、箱の上を確認する。他になにすることがあるっていうんだい。僕は人の上に立って踊りだす非常識な趣味はないよ」
男が女の上に立つというのが非常識だとは思わないのか。
「この部屋を見渡した感じ、台になりそうなものは君しかいないし」
「探偵さんが下になればいいじゃないですか。私が見ますよ」
「君と僕で目と脳を交換したとしよう。そうすれば僕の能力で確認できる。すると下で重さを感じるのはどうせ君だ」
ふざけるな、と言おうとしたところで四條が近づいてきた。
「私が台になりましょう」
水喰土が困ったような表情を見せる。
「いえ、それは悪いですし、ええ、そのなんというか失礼ですが私はあなたを信頼していません。事件の重要な容疑者です。それに引き換えこの助手は、こちらも確かに容疑者のひとりではありますが、どう間違っても犯人ではないでしょう。そう、台にするというのは信頼の証なのです。一時でも私の体を預けるからには信頼が大切だと思いませんか?」
四條がたじろいだ。
「ですので、四條さんは下がっていてください。ここはうちの助手に任せます。お給料も払うわけですからね」
屁理屈だ。そうとしか感じられない。
青梅は助けを求めるように近くに立つ氷の目を見た。氷は黙ったまま真剣な目をまっすぐ青梅に向けていた。変わってくれるという言葉もなければ、水喰土をたしなめるような言葉もない。青梅はまるで自分が何か罪を犯したかのような気持ちで目を逸してしまう。
近くにいた国城環もなぜか微笑んでいた。
「さあ、ひざまずけ」
ほくろの上の目が笑う。屈辱だ。しかし従うしかない。いつまでも部外者が儀式の邪魔をするわけにもいかない。
青梅は震えながらに膝をつき、手をついた。
「崩れないでよ」
背中に片足が乗せられたのを感じる。
「かよわいので、五秒で終わらせてください」
「五秒って何十秒だっけ?」
両足が乗った。重い。水喰土は太っているようなタイプではないが、成人男性ひとり分というのは思いの外、重い。腕よりも背中が折れそうなぐらい厳しかった。
「十、九……」
なんでカウントダウンが十からなんだ。不満を浮かべても言葉を出すこともできない。
「なにもないな。箱の中も見ることはできない」水喰土の声が上の方から聞える。
「なら、おりてくださいよ」声が震える。腕も震える。
「八、七……」
体を捻って落としてやろうか。怪我をさせてしまう可能性があるか。だが、それでもいいとすら思えた。問題は下手にやって自分が怪我をしてしまう心配だ。
「もうむり。ほんとうにむりです」
「これだから最近の若者は、覇気がない」
一瞬、重さを感じて、すっと背中が軽くなった。視界の横に水喰土の足が着地するのが映る。腕の力が抜けて、地面に突っ伏した。
氷が「ご苦労様」と青梅の背中をさすった。
「みっともないと叱るべきか、よく耐えたと褒めるべきかどちらだろう」
「思案が声にでてますよ」青梅は氷の手を借りながらなんとか立ち上がる。
「どちらがいい?」
「いりません!」
「そう」
水喰土がつまらなさそうに言葉を出した。
「なにか仕掛けはありましたか?」国城環が尋ねる。「おもしろいことをされていましたが」
「なにも」
水喰土は振り返って箱を見る。
「鍵がかけられたただの箱のようです」氷も続けて答えた。
「よろしいでしょうか。他にもなにか調べたいことはありますか?」
「いえ、充分見させてもらいました」
「これで人形は守られるでしょうか」
「きっとそれは……、お望みのままに」
水喰土と氷が皆の元に戻っていく。青梅はそれの少し後ろを一歩一歩確かめるようにゆっくりと進んだ。氷が入り口近くに戻って陣取る。八田はまだ中央付近に残って、国城環と人形の箱を撮影し続けていた。
「これより人形を清めます」国城環が四條の方を見る。「鍵を渡してください」
四條がしっかりとした足取りで国城環に近づいてた。
「箱と錠前の鍵をお渡しします」
四條は丁寧に鍵を渡すと、すぐにその場から引き下がった。
「それでは皆様は、ご退室ししばしご休憩ください」
国城環が話す。
「いまより、およそ一時間後に四條が皆様を呼びに行くように致します」
四條が頭を下げる。それから顔をあげると入り口に向かい、カードキーで鍵をあけた。外に出るようにとジェスチャーで示す。部屋にいた皆は、国城環ひとりを残してぞろぞろと部屋から出ていった。一番、最後に出たのは水喰土だった。扉を閉めつつ、中の国城環へ言葉を放つ。
「またお会いしましょう」
3
「さて、暇だねえ」
水喰土礫がみんなの前で言った。
「ちょっとなに言ってるんですか」
青梅蛍は小声で水喰土をいさめる。思ってはいてもわざわざ口にだすようなものではない。たしかに一時間どうしようとは思ってはいたが。背中の痛みがやっと収まってきた。
「この時間はご自由にされて結構です」四條が言った。「他の方々も自室などへ戻られます」
四條の言葉のとおり、みんなぞろぞろと部屋から出ていくようだった。残ったのは四條と弓海、それから八田と刑事たちだ。
「必要ならば先程の待合室を使用されて構いません」
「どうしようかな?」水喰土が青梅に尋ねるように言った。
「ここにいたほうがいいんじゃないですか。何が起きるかわかりませんし」
残る人のためだろう、壁際にいくつか丸椅子が用意されていた。
「そうだねー。でもさ、ここにいても氷さんと世間話が盛り上がるとは思えないじゃない?」
それは肯定も否定もしにくい質問だ。間があいてしまったが青梅はなんとか返答する。
「そ、そんなことないですよ」
「仕事中ですから」氷が言った。
「奇遇だね、僕らも仕事中なんだ」
水喰土が携帯電話を取り出して、画面を確認し、すぐにしまった。時刻の確認だろうか。
「四條さんはどうされますか?」
「私はここで国城先生をお待ちします」
水喰土が青梅を見る。
「君はどうする?」
「残ります」
「私もここで待っていようかと思っています」弓海が言った。
「そう」水喰土がこの部屋にいる人間を眺める。「じゃあここは助手にまかせて、休んでこようかな。喉も乾いたのでお茶でも飲みたいし」
青梅はあきれてしまう。いまが一番、今回の件で大事なときだというのに休むのかと。
「四條さん。すみませんけど、先程の部屋を忘れてしまったので連れて行ってもらってもいいですか」
「かしこまりました」
「私もご一緒していいですか」八田が床に置いていた鞄を持ち上げて肩にかけながら言う。「撮影したものを確認したいので机のある部屋をお借りしたいです」
「どうぞどうぞ。ちょうどテーブルがありました」
四條に連れられて部屋を出ようとする水喰土が言った。
「それでは楽しいひとときを」
三人が消えて、室内が急に静かになった。氷を含む、刑事三人と弓海、そして青梅しかいない。氷と弓海は壁際の椅子に腰掛けた。本職の方が真面目そうな顔で仁王立ちしている。そんな重苦しい空気なので、弓海ともなにかを気楽に話そうという雰囲気にもならなかった。それに弓海に不満が溜まっていそうな気配を感じていた。空気を軽くしようという要素がどこにも存在しない。ブラックホールでもできそうだ。もう誰かが話した言葉も吸い込まれているのかもしれない。
余計なことをしてくれたもんだ、と青梅はいなくなった探偵をうらめしく思う。
それでも、ああも言われたからには簡単には負けてやらないと神様とも悪魔ともつかない何かに誓うようにしてから、青梅は声を出した。
「氷さん、話してもいいですか?」
「別にここは会話を禁止した場所ではないです」
「あ、いえ、氷さんと話したいなと……」青梅は意識して上目遣いにする。
「この間のようなものでなければ」
「すみませんでした」青梅は座ったまま頭を下げる。「今回はちゃんと事件についてです。密室のトリックについて話したいなと思いまして。いや、ぜんぜんわかってないんですけど、話していたらなにか思い浮かぶかもとか、意見を出し合いたいって」
「そんなに怖がらなくていいよ」
「すみません」
青梅はまたつい謝罪してしまう。氷がため息をついてから言った。
「警察としては、警察の考えていることは言えません、と言いたいところだけど、密室については本当にまだ何もわかっていないから、こちらとしてもなにかあれば聞きたいぐらい」
それが本当なのか、実は考えているけれど、話せないからなのかはわからないが、話を聞いてくれることについて認められたらしい。
「なにか思いついたことがあるの?」
氷が言った。思いのほか、やさしい声だった。なにか罠があるのではないか。
青梅は話そうとしていたことを押しとどめる。ひとつ考えていることがあった。証拠もなく解決とまではいかないが、こうすれば実現可能なのではないかという案。それを相談してみようと思っていたのだが、やめた。まだ表に出すべきときではないとアラートが鳴ったように思えた。
「いえ、ぜんぜんです」
「そう……」期待はずれか、というような氷が表情を見せる。
「必死に考えてはみたんですけど、まるでだめで。なにかヒントでももらえないかなって」
「答えがわかっていれば、いくらでもヒントでもあげるけど、いまはこっちがもらいたい状況だから」
「ですよねー」青梅は笑って見せる。
氷がふっと息をはくように微笑んだ。
「まだ確証なんてないけれど、私個人はカードキーがポイントだと思ってる」
カードキー。施錠には必要がなく、解錠のときのみ使用する。被害者のポケットから発見されたが、最後の解錠ログは外からであったので、密室の謎とされている。なので、当然、重要なものであることは確かだ。それでも特別に話すというからにはなにか考えていることがあるのだろうか。
それはなんだ?
青梅は頭を働かせる。言葉を返す前に、きっかけとなるぐらいのものを掴み、それをぶつけなければ無駄になる。正解にまでたどり着けなくても良いとわかる。そう、方向を当てるだけでいいのだ。ただし、当てずっぽうではなく、論理とそれを拠り所にした直感を持って。
「合鍵ですか?」
青梅は言った。なぜかはまだ、説明できない。
氷の表情が変わったように見えた。取り繕うように元に戻る。
「合鍵を作ると記録が残る。それは警察用のカードキーを作ってもらったときに確認済みで、確かなことだ。少なくとも事件発生時まで合鍵は存在していない」
「そうですね」
たしかにその通りのはずだ。そしてそれだけのことであるはずなのに、どうして氷は表情を隠すように動いたのだろうか、と青梅は思う。氷が顔を伏せるようにしていた。一瞬、驚いたような表情はまぼろしだっただろうか。いや、違う。けれど、氷がそれを隠したいと考えたのならば、今はそれに気付かなかったふうに見せるのがいいのではないかと感じられた。
大人の対応というやつだ。
「やっぱりぜんぜんダメですね。もうちょっと役に立ちたいと思うんですけど、なにも考えつきません」
「そうかな」氷がまた正面を向いた。もう焦りの色は見えない。「期待はしているよ」
その言葉はうれしいと感じる。だけど、きっと期待が高くなればなるほど、彼女の中で疑いが高まるのだろうとも思えた。
「ごめん、ちょっと確認したいことがあるから」
「はい、ありがとうございました」
氷が同僚の刑事に一言話して、部屋の外に出た。青梅は氷の後ろ姿を見送る。
それにしてもなんで氷は「合鍵を作る」という話をしたのだろうか。
二枚目のすでにある合鍵を使う話ではなく。
「四條さん遅いですね」隣に座っていた弓海が言った。
特にそんな風には思っていなかったが、否定するほどのことでもないと思ったので青梅は適当に話を合わせる。
「そうだね。探偵さんになにかつかまってるのかも」
それはありそうだな、と青梅は自分で言ってから思った。
「お手洗いに行ってきます」
「いってらっしゃい」
弓海が部屋から消えて、室内には知らない刑事ふたりと青梅だけという形になった。真面目そうな表情で扉の前に仁王立ちしているところを見るとフレンドリーに話しかけてよさそうな状況ではないとわかる。
青梅は正直途方に暮れていた。
関係者はみんなどこかへ行ってしまって、雇い主である水喰土もいない。真面目にここに残っている必要なんてあったのだろうか、いったい私はここでなにを待っているのか、と青梅は天井を仰ぐ。
しばらく天井のシミを数えていると、四條が戻ってきた。ぐぐぐっと顔を正面に向けていく。
「遅かったですね」
「お待たせしました」四條が微笑みながら青梅の隣に座った。
別に約束があったわけなどではないのだ。待っていたわけではない。ゆえにいけすかないところがある。そんな簡単によきに流されると思われたくはなかった。
「四條さん、あなたが犯人ですか?」
「そうです」
表情に驚きは感じられない。
「そ、それなら自首してくれますか?」
「いえ、私がどのように実行したのか示してください。自首などはそれからです」
「……なにもわかりません」
かまをかけてみただけだ。
「それは悪い冗談ですね。あなたの言葉も、私の言葉も」
話を合わせて冗談で答えたということか。まあ、それはそうだろう。たとえ犯人だったとしても、いきなりこの場面で自首したりはしないにちがいない。
「すみません……」
部屋にいた刑事さんたちもため息をついていた。
「別にいいですけど」四條が笑う。「今度、どこかへ遊びに行きませんか、お詫びのかわりに」
ふいを突かれて青梅は慌ててしまった。
「それはどういう意味ですか?」
「デートのお誘いです」
「それこそ悪い冗談ですね」
なんとか動揺を隠すようにして言葉を出した。隠せた自信はあまりない。普通に考えて、四條のような人間が私みたいな普通の人間を誘うだなんてことはありえない、と青梅は自分に言い聞かせる。別に普段ならばそんなに驚くようなことでもない。興味があれば出かけていくし、なければ適当にあしらって断る。ただ、まさか四條からそんな言葉が出てくるとは考えてもいなかった。
「意外と遊び人なんですか。そんなタイプだとは思いませんでした」
「自分から異性を誘うのなんて、数年ぶりですね。中学生の頃以来の通算二人目です。遊び人です?」
青梅は微笑む四條の顔を見つめた。嘘をついているようには見えない。なにを考えているのかも読み取れない。
「ああ、それともやっぱり私を疑っていますか?」四條がなにかに気付いたように言う。「私が犯人で、それに気付いてしまった青梅さんを誘い出して殺そうとしているとか考えています?」
青梅は、はっとして首を振る。今はそんなことを考えてはいなかった。そんなことを考えられるほど心の中が落ち着いていない。
「それはよかった」四條が無邪気な顔で笑う。「そうだ、私があなたや探偵さんよりはやく犯人をみつけたらというのはどうですか」
青梅は、顔をしかめる。体の中心からすっと冷たさが広がっていくように感じた。
「人が亡くなっているんですよ」
彼の身近な人間だったはずだ。
「それに……」青梅はまっすぐに四條を見つめる。「私はトロフィーではありません」
四條が目を見開いて固まる。そして一瞬、目を閉じた。まばたきよりは長く、しかし幻だったかのようにすぐに開かれる。驚きは消えていた。
「失礼しました。おっしゃる通りです。失言でした」
四條が頭を下げる。
「ダメですね。すぐ調子にのって失敗してしまうんです」
「天女様でもいらっしゃいましたか?」
いつのまにか、弓海が近くに立っていた。表情を見るにあまり話は聞こえていなかったようだ。
「何を話されていたのでしょう? めずらしく浮かない顔をされて」
「犯人について話していました」青梅が言う。「そこで私がひどいことを言ってしまって」
「デートに誘ったのですが、怒られてしまいました」
「え……」弓海が吐息のような声をもらした。
なぜそれを言ってしまうのだ、と青梅は思う。弓海の顔を見上げた。いまにも涙をこぼしてしまいそうな顔をしていた。目があって、弓海がくるりと背を向ける。
四條が弓海がいないも同然のように言った。
「さきほどの失言については謝ります。ですが、そのまえの言葉に偽りはありません。というよりも、もっとあなたを知りたくなりました。落ち着いたらで結構です。それでもやはりダメでしょうか」
青梅は弓海の背中を見つめる。小さな背中が震えているように感じられた。視線を四條に合わせる。
彼は冷たい。
頭がいいだけでなく、遠慮を伴わずに選択することができる。
風のようだ。
どこか憧れるような姿と、選ばれなかったものへの無情さを併せ持っている。
青梅は言った。
「いいですよ。一度でも付き合えば、私がただ普通の人間だとすぐにわかると思いますけど」
四條が「やった」と声を出す。
「よかったですね」
弓海が背を向けたままで言った。さらになにか言おうとしたように感じられたが、続く言葉はなかった。
断ることもできたけれど、それは余計な気遣いであるように青梅には感じられた。黙っているのとは違う。知らないことならば伝える必要はなくとも、知ってしまったからには誠実に向き合うことがどれだけ悪くとも一番良いことであるように思えたのだ。
まあ、あまり好みではないのだけど……。
それから弓海も交えて他愛のない会話を三人で続けた。大丈夫だろうか、と思ったが弓海に表面上の変化は見られなかった。そして時間が過ぎていった。
「そろそろ時間ですが」四條が腕時計を確認する。
「時間になったらみんなを呼びに行くんですよね」青梅は言った。
「そうなのですが、そのまえに国城先生より連絡があるはずなのです。時間がかかっているのでしょうか」
さらにしばらく待つ、しかし連絡はこなかった。
「ちょっと電話してみましょう」
四條が携帯電話を操作する。しかし、繋がらない。
皆の表情が曇った。どうしたのだろう。なにかあったのか。
また、何かが起こってしまったのか。
四條が立ち上がり扉に近づいた。
「国城先生、作業は終えられましたでしょうか」
反応はない。なにも声が返ってこない。
「なにかそういった予定がありましたか?」刑事が四條に尋ねた。
四條は首を振る。さっきまで見せていた笑顔は思い出すこともできないほど痕跡も残さず消えてしまった。
「時間は……」刑事が腕時計で確認した。「そろそろ予定の時間より十五分が過ぎたところ」
刑事たちが考えあぐねている。
青梅と弓海も扉のもとに近づく。青梅はしゃがみこんで扉の下から覗けないかと試した。わずかに持ち上がり光が漏れたが、中の様子を伺うことはできなかった。携帯電話のカメラで撮影することもむずかしい。諦めて立ち上がる。
「国城さん」刑事が扉をノックして中に声をかける。「大丈夫ですか」
やはり、返答はない。作業に没頭しているのか、それとも……。
「可能性だよ」
水喰土の言葉が、闇に包まれるような冷たさを伴って想起された。
「倒れているのかもしれない。元気なように見えてもご高齢だ」
たしかに、事件が起きていなくとも、年齢からふいに倒れてしまうこともありうるだろう。なんせ八十歳なのだ。
「中を見てみます」
四條が携帯電話を取り出す。イデムのカメラを通して確認するつもりか。イデムは目隠しがされていたが、ただヴェールをかけられただけのようなものだったので、手を動かしてどかせばいいということだろう。
四條が携帯電話を操作するが、画面に警告のような赤い文字が表示されていた。
「電源が落とされてる。四体とも」
またか。使えないロボットたち。
「こちらからはつけられないのですか?」
「あれは物理的なスイッチだからその場にいかないと」四條が動揺している。「ダメだ。どうしようもない」
「入りましょう」青梅は言った。「待っていても仕方ないです。鍵は?」
「管理会社に。もうひとつは警察の方が持っているはずです」
青梅は刑事たちを見るが、どちらも持っていないらしい。
「なんの騒ぎ?」
ちょうどよく氷が戻ってきた。
「鍵で扉をあけてください」
いきなりの言葉は理解されなかったようだが、刑事たちが落ち着いて説明すると氷がカードキーを取り出し、指定の場所に押し当てた。電子音が響き、解錠される。
扉が開かれた。箱のところに人形らしきものとイデムたちがいた。人の姿は見当たらない。
一体、なにが起きたのだろうか。ここからではよく見ることができない。ただ、普通ではないような状況であることはすぐに見て取れた。
「国城先生!」
四條が声をあげて中に踏み入った。刑事たちが止めようとしたがわずかに遅く、すり抜けるように箱の元へ駆け寄っていく。氷と刑事が四條を追って中に入った。青梅もおそるおそる続く。室内に国城環の姿は見当たらない。
青梅は、正面を見据え、足を止める。
人形がどうなっているのかを理解した。
人形は日本刀で箱へと磔にされている。
イデムの一体が日本刀を手に持ち構え、人形の心臓部へと突き刺していた。
残る三体のイデムたちが腕を組んで輪となり磔を取り囲んでいる。
人形は裸だった。
人間の女性を模したなめらかな体は、無数の刀傷で、無残にも……、無残にもなんだ?
青梅は、今、自分がなにを考えたか、それを無意識から取り返そうとする。
辱められれている?
違う。
おかしな儀式のようだ。
人形を贄にして、悪魔でも呼ぶような。
魔女を磔刑にかけ、火あぶりにでもするような。
いや、それも違う、と青梅は思う。
感じたのは、もっと純粋で、研ぎ澄まされた意識のようなもの。
人形にはもとより命がない。
ロボットにはもとより意識がない。
それでも、血も涙も流すことのできない彼女は、明確な殺意を持ってして、刃により殺されていた。
そう、殺されていたのだ。
青梅には、そうとしか見えなかった。
4
「先生!」
四條が箱のもとへまっすぐ突き進んでいくのを青梅蛍は立ち止まって眺めていた。その先には、ロボットが人形を刺し殺したような不可思議な状況が広がっている。
国城の姿は見えない。箱の影にでもいないのならば、あとはその中だけしかないだろう。四條もそう考えているのかロボットをどかして箱の前へと辿ろいついた。現場保存などという考えは少しも感じさせない。
四條が箱の前でがちゃがちゃと音をたてた。南京錠がかけられているらしい。
鍵はどこか。
周りを見渡してないのだから、きっと中にあるのだ。
四條が箱を叩く。氷たちはそんな四條の周りで考えあぐねていた。四條の代わりになったところで鍵を持っているわけではない。
青梅も箱の前にやってきた。近くでまじまじと見つめる。
やはり人形に刀が突き立てられていた。
もし彼女が人間だったならば、絶命の際にどんな表情をしていただろうか。
人間ではない彼女は、刀傷をつけられた顔のまま美しい表情で、ただ虚空を見つめている。
「四條さん、落ち着いてください」
氷が四條を引き剥がす。
「合鍵は?」
「先生が持っていたもの以外は、管理会社です」
氷が困った表情を見せる。選択肢はみっつ。連絡をして持ってきてもらうか、鍵を壊すか。もしくは国城環がこの中にはいないとして、周りを探すかというところだ。
「奥の蔵への扉は施錠されていました」確認してきた刑事が報告する。
これで国城環が蔵の方へ行ったという可能性が減ったことになる。
「南京錠でないほうの鍵は?」
「開いているようです」四條が箱の扉を動かすとわずかに動いた。
できれば証拠品を壊したくはないと氷は考えているのだろう。しかし人命には変えられない。ただ、二箇所壊さなければいけないのならば、鍵を持ってこさせるほうがいいだろう、との考えもあったようだ。そのうえで、鍵は壊しやすい南京錠だけということがわかった。ゆえに。
「わかりました」氷が決心する。「壊しましょう。パトカーに積んである道具持ってきて。急いで」
命令された刑事がひとり走って出て行った。
入れ替わりに、何人かの人がやってくる。いつまで経っても迎えが来ないので、様子を見に来たのだろう。
「どうしたんですか?」ゆっくりと近づいてきた水喰土が尋ねる。それから人形に気付いたらしい。「ああ……、守ることができなかった」
その言葉に、青梅は自らの仕事を思い出した。そうだ、この人形を守らなければいけなかったのだと。そしてその依頼に応えることができずに失敗してしまったことに気付いた。ただ、今はそんな場合ではないとも思う。国城環の安否がわからないのだ。もしかしたら……。
人形と同じく殺されているかもしれない。
「国城環さんが行方不明です」
「ああ、それでその中にいるんじゃないかと慌てているわけだ」
青梅はうなずく。
「中にいないかもしれないね。そのほうがおもしろい」
なにを言っているのだろうか、この人は。おもしろい? そんな状況ではないだろう。
「不思議なほうがいい。僕が犯人ならばより不思議なものを選ぶ」
青梅は言葉を返さなかった。
水喰土が箱の周りを一周して観察する。
しばらくすると関係者がひとり欠けた状態で揃った。ざわざわと国城環の行方や殺害された人形について会話する。それからやっと外に道具を取りに行っていた刑事が大きなペンチのようなものを持って戻ってきた。あれで、南京錠を切断するのだ。
八田が開くところを取れるような位置でカメラを構える。もう動画撮影のスイッチは入っているに違いない。氷が四條を下げて、刑事が南京錠を挟んで力を込めた。ぞっとするような金属の壊れる音。南京錠が床に落ちて、箱がはずみで開いていく。
人間がいた。
国城環だ。
ぐったりとした様子で気を失っているようだが、外傷は見られない。少なくとも何か刃物が刺さっていたりはしないようで、血なども見当たらない。四條が駆け寄って声をかけると、おぼろげな様子で目を開いた国城環が呻くような声を出す。
生きていた。
殺されてはいない。
考えてしまっていた可能性が成立しなかったことで、青梅はまず安堵した。緊張がとけてゆとりが生まれる。
「中にいましたね」
青梅は隣で眺めていた水喰土に声をかけた。
「犯人は僕じゃなかったということだね」
水喰土がどこか残念そうな表情を浮かべる。
「でも、まあご存命でよかった。報酬がもらえないと困るしね」
「そもそも人形が壊されたから失敗なんじゃないですか」
「そこは素直に謝って、そのあと交渉かな」
「作戦は?」
「何の話?」
「人形を守る策がなにかあるような感じでしたよね」
「ああ、それは作戦があるように振るまうことで抑止力とする作戦だった」
それは無策とどれだけ違うのか、と青梅は呆れる。こんなことならば自分がもっとちゃんと考えておくべきだった、と後悔した。壊されてしまった人形を見る。そして箱から助け出されようとしている国城環も見た。
依頼に応えることができなかった。
「犯人を見つけましょう」
「そうだね。こうなったら人形を壊した人を捕まえないとお金がもらえない」
「殺人犯ですよ」
「それは任せるよ」
意図が理解できず、青梅は水喰土を睨みつける形になった。
「なんでそんな怖い顔を。じゃあ、分担しよう。僕は人形を壊した犯人を見つける。君が殺人犯を見つける。それぞれの好きなことをほどよく割り振れる良い形だ」
「犯人が違うというのですか?」
「さあね。同一犯かもしれないし、二人以上かもしれない。けど、分担しておけばどちらにも対応できるでしょ。まあ、君が両方考えたいというのならばそれは止めないよ。僕は人形の方しか考えないというだけだ」
「なんでですか!」
「何が?」
「今までも難しい殺人事件なんかを解決してきたんですよね? 人形なんかよりも人の命の方が大事じゃないですか。もし犯人が違うかもしれないなら、探偵さんが殺人犯を探してください。私なんかじゃ無理です」
「それは仕事じゃない」水喰土が言った。「過去の殺人事件は依頼されていたり、巻き込まれていたりで謎を解いただけ。今回の依頼は人形を守ること、それができなければ壊した人間を捕まえること、以上です」
青梅は怒りにわなわなと震える。水喰土の言葉は理解できた。しかし、受け入れたくなかった。感情が理性を押さえつけようとしているのがわかった。そんな青梅に水喰土がさらに言葉を投げかける。
「それに命より大事なものなんていくらでもあるよ。特に、もう消えてしまったような命なんかよりはね」
気持ちが深く暗い水の底へと沈んでいくようだった。光が届きそうもない暗闇の中で、もうこのままでもいいかと黙ってしまいそうな自分を見つけた。小さくて、普通で、弱々しい自分を見つめる。
そんなふさぎ込むような形のまま終わるのは嫌だ。
「高価な人形がそんなに大事ですか!」
青梅は怒鳴った。
そんな大きな声を出すのはいつぶりだろうか、記憶にない。
「この人形はそんなに高価なものではないですよ」
背後から声が聞こえたので振り返る。国城環だった。しゃがんでいる四條の肩に手をかけてよろよろと立ち上がっている。
「あまりに大きな声なもので、目が冴えてきました」
そういいつつも国城環が、ふらっとよろける。四條がしっかりと支えた。
「この人形はいくらか歴史があるだけで、芸術性や素材に大きな価値があるものではありません。ただ国城家がそんな大した事のないものに期待と欲望を込めて伝えてきただけなのです」国城環が刀の刺さった人形を見つめる。「そんな伝統も今日まででしょうが」
「そういう話とはちょっと違うんですけどね」
水喰土が笑いながら国城環の元へ近づいていく。
「申し訳ありません、人形をお守りすることはできませんでした」水喰土が深く頭を下げた。表情は見えないが言葉の響きが笑ってはいない。「依頼については続けて頂く形でよろしいでしょうか」
「よろしくお願いします」国城環がやさしい調子で言った。
「ありがとうございます。人形を壊した犯人を必ず見つけてみせるとお約束します」水喰土が頭をあげた。口調が軽いものに変わる。「それからもうひとつの密室殺人についてはあちらの助手に任せてありますのでご期待ください。もしかしたら人形の方も彼女が一緒に解決してくれるかもしれませんが」
国城環が青梅を見て、首をかしげ、にっこりと微笑む。そんな笑顔を残したまま、天井から釣られる糸が切れたかのように、ふっと倒れた。四條が受け止める。気を失ったらしい。
「先生!」
「いま、救急車を呼びました」氷が言う。「そのまま、動かさないで静かに床におろしてください」
四條が言われたとおり、やさしく国城環を床におろす。手を話してからも心配そうな表情を見せていた。
周りの人間もどうしていいかわからない様子で、国城環の様子を伺ったり、刺された人形を見たりしていた。氷が、救急車の到着後に状況を確認するので、ここから離れないようにと話す。
数分後、救急車がサイレンをならして到着した。庭が広いからだろう、サイレンの音はかすかにしか聞こえない。四條と刑事が迎えに行って、救急隊員を連れて戻ってくる。国城環はそのままストレッチャーに乗せられて運ばれていった。救急車へは四條と刑事がひとり、乗っていくことになったようだ。
慌ただしく救急車が去っていくと、現場は急に静かになった。誰もなにを話していいかわかっていないようだ。青梅はふと人形を見る。無数の刀傷がつけられ、殺されたかのように刀が突き刺さっている。それでも彼女は人形で、救急車は当然、彼女を置いて去っていく。蘇生を試みるようなこともなく、降ろされもせず、まだ発見されたときのまま彼女は殺されていた。
「さて、帰ってもよろしいですか」水喰土が氷に言った。
「まだ事件時の状況を聞かなければいけません」
「僕は彼女と一緒にいましたよ」水喰土が八田の方に視線を向ける。
ふいに話をふられた八田が、少し間をあけてから頷いた。
「待合室で雑談してました。そこに行くまでは四條さんに案内してもらいましたね」
なので一人になった瞬間はないということか。
「それに今回は誰も殺されてないんですからいいじゃないですか。そう考えたから四條さんを救急車に乗せてあげたのでしょう?」
これが殺人事件だったら、四條が救急車に同乗する許可は得られなかった。たしかにそうであるように思える。空気が前のときとは違う。どこか真剣になりきれないような、緩みを感じる。国城環も生きていた。倒れはしたが、危篤であるというような様子ではない。救急隊員からの問いかけにはなんとか意識を取り戻して応えることもできていたようだった。
「わかりました。連絡がつくようにだけしてもらえれば結構です」
「帰っちゃうんですか」青梅は水喰土に近づいて言った。
「ここにいてもね。国城先生からの証言もしばらくはもらえないだろうし、調べるのは警察に任せるよ。僕は情報が揃ってから考える」
水喰土がさようなら、とでもいうように手をふる。氷のそばに近づいて、耳元で何かを囁いていた。氷の表情が曇る。
「頼むよ。普通の仕事でしょ」
それだけが聞こえた。
水喰土が氷に笑いかけてから離れる。それから家の者のたちを眺め、伊都に門のところまで連れて行ってもらうよう頼んでいた。めんどうそうにする伊都をなだめると、結局ふたりで部屋から去っていった。
青梅は、どうしていいかわからなかった。放心して立ち尽くしていた。隣に氷が立っていることに気付く。
「なんですか、あの人は!」
「ああいう人だよ。だから、期待はしても依存はしない。信頼も信用もしない」
それでも期待はするというのか。
「いままでいくつも殺人事件を解決してきたって」
「それは事実。でも、それは正義感から来たようなものではない。だからこそ、使いにくいけれど望ましい。正義感なんて一番信じられないものだからね。もし彼が正義感から動いているなら、私は何も頼みはしない」
どういうことだろうか?
「氷さんは正義のために働いているんじゃないんですか?」
「警察官なんて大なり小なりみんなそうだよ」氷が小さく笑った。「だから、暴走しないように集まっている」
なんだかはぐらかされているような気がしてきた。
「落ち着いた?」
「まあ……」
「国城さんには悪いけど、これはチャンスでもある」
それはなんとなくわかった。
「今回の人形の件で新しい手がかりを得られたと考えられる。こんな大掛かりなことをしたのだからどこかに証拠を残しているかもしれない。動機だって別のものがあるから人形を壊したはずだ。一番捕まりにくいのは一度だけの犯行。なんども繰り返せばそれだけボロがでる。だから、殺人事件の犯人により近づきやすくなった」
新しい被害者がいないから言えるんだけどね、と氷が付け足す。
もし二人目が殺されてしまっていたら、これで犯人により近づけるようになりました、なんて言ってはいられないということだ。
人が死んでいないから、口に出すことのできる言葉がある。
やり方によっては、一つ目の密室の謎を解かなくとも、二つめの事件の証拠さえ見つければ、あとは逮捕してから取り調べという方法も取れるだろう。そちらの方が早いとも思える。
水喰土の狙いもそれだろうか。
違うような気がする。
なぜだかはわからない。
「調べてわかったことは話せる範囲ですが後ほど水喰土さんとあなたに提供します」氷が言った。
「ありがとうございます」
青梅は、機械の人形のように自動的なお礼の言葉を返した。
しっかりと事件について考えてみようと青梅は思った。
けれど、謎が解けるような気はまったくしなかった。
世の中のだいたいのものは手に負えないと決まっている。
普通の人間には、どなたかどうか解決してください、と願うことしかできないのだ。
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