Phase01 探索

「オオ、ゲンキン。ソレ一番ヨ。電子通貨スカイマネー、信用デキナイネ」


 ポケットから札束をのぞかせたとたんに、中国なまりの男は愛想よくなった。似合いもしないブランドスーツを着て、首でも吊るのかと言いたくなるようなセンスのネクタイを巻きつけて、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらすり寄ってくる。


「オダイジン、ドンナ子ガ好ミネ?」


 たった数分前に「ココ、ガキノ遊ビ場ジャナイヨ。サッサトカエリネ」と手をはらっていたのと同じ人物だとは思えない。

港華こうか系の女を探している。できれば、品の良さそうな黒髪がいい」

「港華人ハ金持チネ。娼婦ナンテシナイ、シナイヨ」

「居ないのならいい。女を買える町はここだけじゃないからな」


 俺が来た道を引き返そうとすると、男はあわてて前に立ちふさがった。

「チョット待ツヨ。イナイトハ、言ッテナイヨ。タダネ、スゴク高イ。ヨイノカ?」

「かまわない。金ならいくらでも払う」

「分カッタ。店マデハ、案内シテヤルヨ。コッチ、コッチネ」


 細い路地には、生ゴミとオイルのにおいが漂っている。薄汚れ、ひび割れたアスファルトの上に、電子麻薬エレクトドラッグ用のタブレットモニタやら、壊れた娼婦人形セクサロイドやら、違法改造された生体チップタグやらが捨てられている。


 ぐなりとした感触を踏んだかと思うと、娼婦人形セクサロイドの手足に混じって、欧米系の男が地面に伸びていた。呼吸はしているが顔にハエがたかっている。ドラッグでトリップして、切れては、またやって、を何日も繰り返しているのだろう。あと三日もすれば、死んで、カラスの餌になっているに違いない。


 男は俺を店まで案内すると、カウンターの向こうに声をかけ、店主からチップを受け取った。コイン数枚と札が一枚。男はほくほくと頬を緩めた。

「案内してくれて助かった。俺からもチップだ」

 札束から二枚ほど抜いて男に渡す。男はむしり取るように金を取り、店を出て行った。

「いらっしゃいませ。初めてお見えになりますね。港華の女がお好みだとか」

 店主はたくましい体つきの彫像のような男だった。はち切れそうなスーツの下に、拳銃を二丁忍ばせているようだ。斜めがけしたホルスターで胸に一丁、ポケットにもう一丁だ。

「あいにく、うちには一人しか勤めていませんが……」

 店主がカウンターを触ると、立体映像が映し出された。

 人気ナンバーワンと書かれた文字とともに、短い黒髪の女の立ち姿が浮かぶ。チャイナドレスを着た女は、憂いを帯びた瞳で、じっと遠くを見つめていた。

「どうですか。気に入らなければ、港華ではないものの、他の中国系を用意しますが」

「いや、この子でいい。五百で足りるか?」

 俺はカバンから札束を五つ取り出して、立体映像の横に並べた。

「まさか、そんなにいりません。百で充分です。二百あれば丸一日でも結構ですよ」

「そうじゃない。身けしたいんだ。一泊で二百なら、五百じゃまるで足りないか……」

「この子を身請けだなんて、まさか。ウチのナンバーワンですよ!」

「これだけあればどうだ?」

 カバンをひっくり返す。ごろごろと、札束が落ちて、地面で山を作った。

 店主が目を鋭く光らせた。よだれでも出そうなのか、唇を何度も舐める。

「お客様の熱意には負けましたよ。稼ぎ頭を失うのは手痛いですがね」


 店主は一旦、店の奥に姿を消し、五分ほどで戻ってきた。隣には立体映像と同じ女が立っている。着飾る時間がなかったのか、シャツと短パンという軽装だ。長く伸びる太ももや、すらりとした二の腕は透き通るように白い。腹回りはワイングラスの足のようにくびれているが、胸の辺りだけふっくらとしている。

「君は港華出身か?」

「はい、そうです」

「故郷の言葉をしゃべってみろ」

 女は流暢りゅうちょうな中国語をしゃべりだした。微妙な発音までちゃんと港華のものだった。擦り切れたような発声をする母音。聞き取れなくはないが、日本育ちの俺にはできない発音だ。

「名前は?」

「ここでは、麗蘭レイランと呼ばれています」

「よし、じゃあ行こう、麗蘭。君は、俺が買い取った」

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