アンドロイドと答え

 女の小さな肩がふるえ、それを見た男は女のかみをわしゃわしゃとで始めた。


「泣いてなんて、いません」

「……べつに泣いてるのかなんて聞いちゃいねえよ」


 うるさいです、と消えそうな声で女は言った。


「先輩、言いましたよね」

「ん?」

「アンドロイドに感情なんてなければいい、アンドロイドに感情を持たせたことは正しいことなのか、って」

「ああ、言ったな」


 男は淡々たんたんと答えた。


「昨日上手うまく言えなかった、私なりの答えがわかった気がするんです」


 そうか、と男は答える。女は男の方に向き直り、玲瓏れいろうな声で言った。


「私はアンドロイドに感情があって良かったと思います、正しいかどうかは別として。そしてこれはアンドロイドにかぎった話ではく、人間も同じだと思います」


 女は服のそで目元めもとをぐいっと拭い、言葉を続ける。


「私は、オリーブの最後の言葉にすくわれました」


 悲しんでくれて、ありがとう。オリーブと名付なづけられたアンドロイドは女にそう言った。


「誰かの死をいたむことができるのは、その人を心から大切にしていたからだと、あの子は知っていたんです。だから、私が悲しんだことに、ありがとう、って言ったんだと思います」


 『愛してくれて』、ではなくて、『悲しんでくれて』。


「あのアンドロイドの女の子も、男の子が死んでしまって悲しくて悲しくて仕方しかたなかったと思います。でもそれは、男の子を本当に大切にしていたことのあかしです」


 愛情と悲しみの深さは比例するんです、と女は言った。


「愛情というものは、その終わりを悲しむことではじめて完結するのだと私は思います。あのアンドロイドの子は、自分がこわれてしまう前にきっと、しまぬ愛情を男の子にささげたことをほこれたでしょう。それは一つの幸せのかたちなのではないでしょうか」


 そうだな、と男は言った。そして女には聞こえないほど大きさの声で、「お前の答えは、綺麗だな」とつぶやいた。


じょうちゃんのからだはかめてやるか。一緒にねむらせてやろう」

「そうですね」


 二人ふたりは家のそとにあるはかへと向かう。アンドロイドの少女は、二人ふたりがここに来た当初とうしょわらない体勢たいせいのままの板金ばんきん墓標ぼひょうっていた。


 胸の前で組まれていた少女の両手を、女がそっとはずす。


「あれ、これ」


 その手の中には、二人ふたりが昨日見つけたものと同じかたの外部メモリがあった。


「もう一つあったんですね……。どうしますか? 聞きますか?」

「いや、やめておこう」

「いいんですか?」


 女はおどろいたように言った。


「最後の瞬間をともごそうと思うほどに、大事な記録なんだろう。つまりはそういうことだ」


 女はきょとんとした表情をかべたが、やがて、「なるほど」とみをかべた。


 二人ふたり墓標ぼひょうしたつちり起こし、姿すがたあらわしたひつぎの横にそっと少女の体を横たえた。少女の手にはふたたび、もう一つのメモリをにぎらせた。


 り起こしたばかりのつちを元に戻し、二人は静かに手を合わせる。


「それじゃあ、次のとこに行くか」

「行きましょう。行くあてはありませんけど」


 悲哀ひあいを乗り二人ふたりはまた歩きはじめる。二人ふたり終末旅行しゅうまつりょこうはもう少しだけ続くようだ。


「よし、それでは先輩せんぱいちとしゃれこもうじゃありませんか」

だれがお前なんかと、てかどこに行くんだよ」

「それはほら、あれです、北です」

「適当すぎるだろ。バカかお前」

「ひどーい」


 けらけらと笑う女の声が、北の方角ほうがくに遠ざかっていった。

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