アンドロイドと自害

 翌朝よくあさ目を覚ました女は、男にいたずらを仕掛しかけるくらいには元気を取り戻したようだった。


 女は大きく伸びをすると、手近てぢかにあった小さめのコンクリートへんを男に投げつけたたき起こした。あわてて飛び起きた男は状況を把握はあくしようとものすごいいきおいであたりを見回し、現実の世界に脳を適応てきおうさせようとしていた。やがて、にやける女の顔をみつけ、男は朝から早速さっそく深いため息をついた。


 ブロックタイプのパサついた固形食料レーション片手かたてに、二人ふたりは次の音声ファイルを開いた。最初のデータとはってわり雲行きのあやしい会話に、二人揃ふたりそろってまた苦々にがにがしそうなおも持ちにぎゃく戻りする。


 無くした髪留かみどめ、悪化していく少年の体の具合ぐあい


 アンドロイドの少女だけが、変化する状況のそと一人ひとりでいた。


「男の子、病気ですかね」

「みたいだな。こんな世界じゃあもうべつにめずらしいことじゃない」


 男は残りの固形食料レーションを口に放り込み水で流し込むと、言葉を続けた。


「多分、その病気が原因だろう」


 何の原因かは明言めいげんしなかったが、女はそれをさっしたようにしょげかえる。


「なんというか、失礼な言いかたかもしれませんが、この男の子、可哀想かわいそうですね」


 長い沈黙のあと、男は奇妙きみょうな言葉を女に返した。


「……アンドロイドはな、自害できないんだ。それがどういう意味かわかるか?」


 ロボットは、前掲ぜんけいの第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己じこをまもらなければならない。あまりに有名な、ロボット工学三原則の第三条によるものだ。


「ええと」


 困惑こんわくする女を横目よこめに男は続ける。


じょうちゃんはな、少年と一緒に死ぬことは絶対にできない。一緒に死んでくれとめいじられない限りな。ていに言うと、人間とちがってアンドロイドは死ぬタイミングを自分でコントロールできない。大切な人がいなくなってしまってどんなに悲しくても、生き続けなければならない。決して大切な人が眠るつちしたにいくことはできず、自分の体が自然しぜんこわれるその時まで、孤独こどく寂寥せきりょうきしめてつちうえで立ちくしていなければならない」


 めずらしく、男は多くを語った。


「アンドロイドにさだめられた悲劇だよ。感情と原則の狭間はざまくるしむことをいられるのろいだ。少年には悪いが、俺はじょうちゃんのほうがよっぽど気の毒だと思った」


 ゆえに男はこう思うのだろう。


「アンドロイドに感情を持たせたのは、正しいことだったのかな」


 女は何も言わず、男の言葉を聞きながらずっと何かを思索しさくしていた。それを振り払うように女は明瞭めいりょうな声で言った。


「最後のデータ、再生しますね」


 男はあきらめたように、ああ、と答えた。

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