毎日つけてくれるって言ったじゃない

結城七

アンドロイドと髪留め

 そらかっててられた板金ばんきん墓標ぼひょうにもたれかかるアンドロイドがいる。


 そのアンドロイドは体型たいけいをみるに少女タイプのようだ。着ているしろのワンピースはくすみ、ところどころやぶけている。かたにかかるながさの人工頭髪じんこうとうはつすなからみボサボサになってしまっていた。りょうの手をむねのあたりでんでいて、足はからだまえに投げ出している。


 ひとつ特筆とくひつすべき点といえば、その少女がすでに動作どうさ停止ていししているという事実じじつだろう。


 かわいたかぜがひゅうひゅうっている。い上がる微細びさいなコンクリートへん土埃つちぼこり、植物のはいなどによって、昼ぎだというのにそらくらい。視界にうつ景色けしきにはおおよそみどりがなく、死の空気が色濃いろこちていた。


 この光景は世界中どこに行っても見ることができるだろう。うたがいようもなく、世界は終末しゅうまつさかをゆるやかにくだっていた。


 ザッザッとつちみしめるおとが、墓標ぼひょう正面しょうめん方向、南の方角ほうがくから無機質にひびいてくる。


「あれはなんだ?」


 無精髭ぶしょうひげやしたりのふかい男が、ひとごとか、はたまたとなりを歩く女に言ったのか、ぽつりとつぶやいた。


「アンドロイドのようですね。合成皮ごうせいひの奥に見える金属部品がびてます」


 男の問いに答えた女は、長身ちょうしんの男とならんでいることもあいまってかとても小柄こがらにみえる。側頭部そくとうぶ片側かたがわのみでむすんだ黒髪くろかみは、胸のあたりまでびている。


 長いあいだ風呂やシャワーのたぐいえんがなかったのだろう、二人ははだふく薄汚うすよごれていて、髪はごわついていた。


「ああ、なるほどな」


 女がしめすあたりにじっと目をらすと、男は納得したようにうなずいた。


「ところで先輩せんぱい。遠くのもの見るとき目をほそめるくせ、やめた方がいいですよ。ただでさえおっかない顔が、よりおっかないです」

「目がわるいんだ。ほっとけ」

眼鏡めがね買ってください」

「んなもんどこにあるってんだよ」


 二人ふたり軽口かるくちたたきながら、そこかしこにころがっているコンクリートの瓦礫がれきっ飛ばし、ゆっくりとアンドロイドの少女に近づいていく。背負しょっているかわのリュックがギシギシカラカラと音を立てる。


「ありゃ、目、いたままですね」


 うつむく少女の顔をのぞんだ女が言う。機械製のひとみ動力どうりょくが止まったいま、色をうしなってしまっていた。


じてやれ」


 はあい、と返事をした女は少女のまぶたをそっとおろす。


「あ、髪留かみどめしてる」

髪留かみどめ?」


 少女の前髪まえがみには、板金ばんきんで作られた不恰好ぶかっこう髪留かみどめがついていた。


手作てづくりみたいですね。でも、なんでこんなへんなつけかたなんだろう。これじゃ髪留かみどめの意味ないですよ」


 たしかにその髪留かみどめは前髪まえがみめているというよりは、ぶら下がっているだけだった。


 女は少女の前髪まえがみから髪留かみどめをはずし、前髪まえがみを指で綺麗にととのえたあと、髪留かみどめをつけなおした。


だれかがそのじょうちゃんにプレゼントしたのかもしれないな」

「かもしれませんね」


 そう言って女は少しだけ悲しげに微笑ほほえんだ。


 だれからのおくものだろう、という女の疑問の声を男は聞いていなかった。


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