第2話 俺と同じ

 黒く身を包んだ人々が長い列をつくり、その全員が機械のように、同じ動きをしている。そのほとんどが年配の方だった。

 今日は祖母の葬式の日だ。

 俺がサッカー部を辞めて一週間が経ったある日、祖母は心臓発作で倒れた。祖父が数年前に癌で他界し、一人で生活していた祖母は、発作が起きてから人に気付かれるのが遅かった。その結果、救急隊の蘇生も虚しく息を引き取った。


 葬式と告別式が終わり、祖母の遺影を見て、祖母が燃やされているところを見て、祖母が死んだことを実感したが、祖母が死んだこと自体にあまり悲しみを抱くことはなく、祖母の家で本を読めなくなったことに悲しみを抱いた。


 俺にとって、祖母の命よりも実家を離れるための祖母の家の方が価値があった。


 お袋は自分の母親が死んだのにも関わらず、表情一つ変えることは無かった。


 お袋も俺と同じで、命の価値を知らない人だった。


 数日経った日の夜、お袋の機嫌が良い日があった。

 当然、顔に出たり、声に出したりはしないのだが、長年孤立し、周りをよく見てきた俺には、人の心情の変化を感じ取ることは容易だった。


 その日は昼間に堅苦しい格好をした一人の男が家に上がってきた。お袋が新しい男でも作ったのかとも思ったが、二人の話の内容はそのようでなく、数千万だとか、税がなんだとか、小学生の俺にはよく分からない話だった。


 その日他に変わったことは無く、お袋の機嫌が良いのはそれが理由なのだろうが、お袋と言葉を交わさない俺に、明確な理由を知る余地はない。


 更に数回、朝日を迎えたある日、先日の話の内容が祖母の遺産の話なのだと知った。偶然男との会話で小耳に挟んだというだけだが。


 自分の母親が死んだことによって得た金で喜ぶお袋に俺は失望した。以前から失望していなかった訳では無いが、お袋がここまで金に強欲で、ここまで人の感情を持たないのかと、少し呆れた感情も抱いた。


 俺はそんなお袋から離れたくて、一緒にいたくなくて、家を出ることを決めた。中学生という肩書きを背負っている以上、そんな長い間出ることが出来ないことは分かってはいたが、それでも今だけは、こんなのが自分の親だと思いたくなかった。

 使い道がなくただ悪戯に貯まっていった小遣いを財布に入れ、他に何も持たずに家を出た。


 あてもなく彷徨い、コンビニで安めの食料を購入し、見慣れた公園の遊具で夜を明かすのを繰り返して一週間が経った。お袋が失踪届を出していないのか、警察に会うこともなく、何も無い時間を貪っていた。

 見慣れた光景の中を歩き回るのにも飽きてきて、ふと遠いところに行きたいという衝動に駆られた。

 俺は電車を使い、どこか遠い地を目指した。見たことのない地に足を踏み入れたかった。そうして行き着いた場所はとある草原だった。


 俺は刈り揃えられた緑の上に腰を下ろすと、手をついた傍に一輪のタンポポが咲いていた。

 その周りにもいくらか同じようにタンポポが咲いていたが、遊んでいる子供たちに踏まれてしまったのか、ほとんどが倒れていた。


「お前は俺と同じなんだな」


 俺はそのタンポポに向かってそう言った。何故そういったのかはわからない。意思もない、言葉もない、そんなものに何故声をかけたのか。でも、思ってしまった。孤立したタンポポを見て、まるで俺のようだと。そんなタンポポでも必死に生きている。生きがいがあるのか、幸せと思えることがあるのか、植物にはきっとないのだろう。それでも必死に生きている。

 だったら、俺も必死に生きるべきではないのか、そう思えた。


 幸せを知らなくても、全力で。


 これからもずっと。

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幸せを知らない少年 和麗 華玲 @endo1228

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