異世界に姉がついてきたんだが……

姫宮未調

プロローグ

『目覚めはふくよかな……』

俺は何も知らなかった。


知りたくもなかった。


でもこれは俺に与えられたチャンス、なのかもしれない。


□□□□□


「……! ……くん! 起きて! ねぇ、起きてぇ! 」


俺好みの声が俺を呼んでいる。……俺を?

誰だ? 俺を呼ぶのは……。

幼さの残る甘い魅惑的なこの声はまるで、あの……。

声のする方に薄らと目を開きながら手を伸ばす。


━━ふに……。


柔らかいものを掴んだ。白いクッション、にしては肉々しく、触り心地は悪くない。むしろいい。


━━ふにふにふに。


「……あ、あの、ユウくん!? 」


困ったような、恥ずかしそうなあの声が耳に飛び込んできた。

カッと俺は覚醒した。


「………………」


見覚えのありすぎる顔と、自分の手の位置をみた。……もう一度みた。


「……姉貴? 」


今俺の頭はパニックを起こしていた。

目の前にいる女性は姉だった。違和感を覚えるくらい中学生にしか見えないロリババアである。

10年も経てば多少変化があってこそだが、何も無い。

天然級のおっとり童顔がそこにあった。

だが、一致しないのだ。声と顔が。

あの頃は顔とバランスの取れた幼い声をしていた。幼さが残っているから問題はないのだけれど。

にしても


そして目下、1番の問題はこの我がライトハンドの位置だ。

……触り心地のいいそれは、胸だった。

待て、10年前はこんなになかったはずだ。流石に大人になってから増えるなど迷信だ。きっとそうだ。


……俺は決定的な部分に触れないように触れないようにしている。


「は、離して? 」


困惑した魅惑的な声が俺の脳ミソを現実に戻した。

ああ、逃げたい。俺は何で姉貴の胸を鷲掴みしてるんだよ……。


「……悪い」


直ぐ様離したが、俺のライトハンドはまた伸びそうになり、左手で押し止めた。

何をしている? あれは姉貴なんだぞ。

俺の好みは年上巨乳だが、こんなロリババアではない。ないんだ。お姉さんお姉さんしたセクシーな……。

姉萌えでは決してない! ないんだ!

嫌い、なんだ。うるさくて、お節介で……。


「よかったぁ、ユウくんの目が覚めて」


口調はあの頃のままだ。俺を本気で心配する姿も朧気だが、変わらない。


(……なんでだよ? あんなひどいことばかり言っていたのに、何で変わらず優しいんだよ。バカかよ)


「……ここはどこなの? 」


間近にいたから姉は判別出来たが、周りは暗くてわからない。ゆっくりと体を起こそうと手をつく。

柔らかい、脆い感触。土か草か?

……待て。何でこんな所で寝てたんだよ? しかも姉貴が傍にいるのは何故だ? 部屋は別々だぞ?

俺は頭を巡らせる。記憶の糸を辿った。

俺は寝る前何をしていた?


……ああ、惰眠を貪っていたはずだ。今日はがヒロインのアニメ動画配信が深夜にあるからと昼間から寝ていた。


……一ノ瀬りゆ。ネット声優を始めた5年前からずっと追い掛けている。ネットストーカーではない。断じてない。あの声、あの演技が俺を虜にしただけだ。


……ああ、姉貴の声。りゆに似てるんだ。だからって変わらない。何も変わらないんだ。変えられないんだ……。


「ごめんなさい……、暗くて怖かったから動いてないの」


昔からそうだ。姉貴は人一倍臆病で、人一倍心配性だった。

変わってないのは俺もだ……。


「取り敢えず、灯りか扉を探すぞ」

「う、うん」


俺は無理矢理起き上がるとゆっくり動く。

姉貴もゆっくり……、俺の服の裾を掴んで一緒に移動している。

別々に動いても手間が増えそうだから何も指摘しなかった。

足が重い。10年も殆ど出歩かなかった弊害か、心無しか体も重い。

くそ、何でこんなことに。


暫く歩くと薄らと壁が見えた。

よし、壁伝いに行けば……。

思惑通り取っ手らしきものが数分で見えてきた。

ここは小屋のような場所なのか。


「姉貴、開くかわからないが引いてみるからちょっと離れてろ」

「え? あ、うん……」


少し心細そうに頷くと、1歩下がる。

それを確認し、ゆっくりと手前に力を入れて引いた。

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