第17話 揺れる



 激しく燃えて。

 ゆらゆら揺れて。

 ――そして儚く、消えてゆく。




「……で、俺達これからどうする?」

 最初に沈黙を破ったのは、クライドだった。

 小さな焚き火を囲んで、形ばかりの食事を摂った四人は、お互いの顔を見合わせる。レイリは泣いていたのか、眼が少し赤い。シエラとクライドの表情にも、疲れが見える。普段と変わらないのは、ユリアンだけだ。

「ザーシャがエルギーニ側に付いているという事、メナルー以外にこの村が襲撃された事……エルギーニ軍の目的は、封印を壊して魔王の断片を復活させる事」

 ぽつぽつと、ユリアンは状況を整理してゆく。

「彼女が、魔王が封印された場所を探していると推測して……メナルー市街への攻撃は一体……?」

「それに、この村が襲撃された理由もわからないだろう」

「それなんだけど」

 はい、とシエラが手を上げる。

「あたし、生き残ったはいいけど、あいつらがまた来るかもしれないと思って、しばらく隠れてたんだけど。実際また来たんだよね。来たっていうか、通り抜けたんだけど」

「通り抜けた?」

「そう。船が何隻か乗り付けて、兵士の集団が上陸して……それから、どこかに移動していったの。どこに移動したかまでは、確認できなかったけど。何かを運んでたようにも見えたかな」

「それは」

 ユリアンは、細い指で顎に触れる。

「この辺りの地形で、船が複数乗り付けるとしたら、この村は……」

「都合は良いだろうな。湾になってて波も穏やかだし、何より桟橋が有る。物資を輸送するなら、その辺の岩場や砂浜なんかより、余程マシだろう。住人に邪魔さえされなければ……」

 そこまで言って、クライドは目を見開いた。

「……だから、殺した?」

「まさか、そんな事で?」

「運んでいた物が、見られては困るものだとしたら。そもそも市街地への攻撃が陽動で、本命はその、兵士の上陸や物資の輸送だとしたら……」

「見られる訳にはいかない、か。わざわざ生き残りが居ないか、後から探しに来させたのも、それなら説明がつく……クソッ!」

 悪態をついたクライドの隣で、シエラも唇を噛んだ。

「そんな事で、村一つ潰したっての……?」

「それだけの価値が有ったのでしょう、あちらには。例えば……メナルー市街に、別方向から奇襲を仕掛けるとか」

「……まずいな」

「ええ、まずい。もっとまずいのは、奇襲を仕掛けるつもりなら、日数から考えるに既に手遅れの可能性が高い。あとは封印の場所さえ特定出来れば、ザーシャの目的は達成される……」

「封印の置かれてる場所って、メナルーなんじゃないの?」

 レイリが尋ねると、クライドは焚き火に廃材を投げ込みながら答えた。

「五百年以上前に、この辺りで大規模な地震があって、当時のメナルーの市街は水没したんだ。今のメナルー市街は、その後造られた新しい物でね」

「つまり封印は今、水の中って事?」

「そうなるんだよねぇ。その辺、ちゃんと考えてる?」

 シエラが首を傾げ、ユリアンのほうを見やった。

「ええ。ここから西に少し行った所に、無人島があるでしょう?」

「ああ、ソマラ島?」

「あの島は、丁度メナルー旧市街の中心部に当たるんです。沈んだ建造物の一部が、遺跡として残っていると聞いたことがあります。封印も、おそらくあの島の周辺にあるはず」

「確かに、これまでのエルギーニ軍の攻撃も、あの島の占領を目当てにしたものが多かったって聞いてる。だから、メナルー市街を直接狙った攻撃や、それに対する防衛戦は少なかったんだよね」

「でも、今まで何回も国の捜索隊が入ってるけど、見つかって無いんだろ? 俺達に見つかるのか?」

 クライドの問いに、ユリアンは肩を竦めた。

「僕達の目的は、ザーシャを倒す事ですから。何も、封印を見つけようとしている訳ではありません。島で待ち伏せしていれば、用は済みます」

「なるほどな」

「遅かれ早かれ、彼女は封印のある場所に姿を現すでしょう。僕はそこを叩きます。お二人はどうします?」

 シエラとクライドは、顔を見合わせて頷いた。

「さっきその事について話し合ったんだけど、あたし達も二人に付いて行こうと思うんだ」

「その、お前らが追ってるザーシャって女が、村を襲撃させたんだろ? そいつの邪魔をする事で、皆の復讐になるんじゃねえかと思って」

 ユリアンが、軽く溜め息を付いた。

「何となく、そう言うんじゃないかと思ってましたよ」

 レイリは膝を抱えて、ユリアンの顔を見た。相変わらず、深緑色の瞳からは何も読み取る事が出来ない。

「それでは、このまま四人で行動を続ける、という事でいいですね?」

 ユリアン以外の三人が頷く。

 うし、とクライドは呟いて、大きく伸びをした。

「出発は明日の朝でいいよな? 皆疲れてるだろ、そろそろ寝ようぜ」

 その一言に、シエラとレイリが立ち上がる。

「さーてと。レイリ、行こっか」

「うん」

 シエラとレイリは立ち去り、赤々と燃える焚き火の傍には、ユリアンとクライドが残された。

 沈黙が流れる。

「……なあ、聞いてもいいか?」

 クライドが、小さな声で言った。

「何でしょう?」

 白磁のような肌に、ちろちろと燃える炎の赤い光を受けながら、ユリアンは穏やかに答える。

「どうして、殺した」

 ユリアンは炎を見つめながら、ふっと笑った。

「何故って……クライドさんだって、分かっているでしょう? もしあの場で僕が手を出さなかったら、彼らを殺していたのはクライドさんだったはずです。違いますか?」

「そりゃあ、皆の仇だからな。でもお前はこの村の人間じゃない。俺やシエラとは、事情が違うだろう」

「……違いません」

「え?」

 急に低くなったユリアンの声を聞いて、クライドは顔を上げた。

「僕の両親は軍人でした。父は右軍、母は左軍の所属で、武術や魔術は両親に教えてもらったんです。

 優しい……本当に優しい両親だった。

 でも、数年前に、二人は死にました。……エルギーニ軍の手にかかって」

 炎がはぜる音が、やけに大きく響いた。

「だから僕は、彼らが許せなかった。殺しを愉しんでおきながら、いざ自分が殺されそうになると無様に命乞いする。……最低だ」

 吐き棄てるようにそう言って、ユリアンは眉をひそめた。

「そう、だったのか……」

 クライドは呟く。

「気を悪くしないで欲しいんだけどな。お前あの時、何か変だったから」

「変?」

「うーん、口じゃ上手く説明出来ないんだけど……いつものお前じゃないっていうか、誰かがお前の中にいたっていうか」

 ユリアンは一瞬目を見開き、すぐにまた元の表情に戻った。

「気のせいですよ」

「そうかな」

「ええ。……それに、理由はもう一つあります」

 ユリアンは言葉を選ぶように、ゆっくりと言う。

「レイリさんを、失うのが……嫌だったから」

「お前……」

「勘違いしないでくださいよ? 生憎、僕は彼女に『そういう感情』を持っている訳じゃありません。ただ」

「ただ?」

「ただ……今、彼女を失う訳には行かないんです。僕にはもう、時間が無いから」

 それだけ言うと、ユリアンは腰を上げた。

「おい、どこ行くんだ」

「すみません。暫く、一人になりたいんです。おやすみなさい」

 黒衣を纏った黒髪の魔術師は、夜の闇に溶け込むように消えていった。

 一人焚き火の傍に残されたクライドは、夜空を見上げた。満天の星空に、ゆっくりと煙が立ち昇り、やがて消えてゆく。

 俺達もこの煙のように、ゆらゆらと揺れている。

 揺れて、昇って、そして最後には消えてゆく。

「……何考えてんだか」

 柄にも無い事を考えていた自分をふふん、と自嘲的に鼻で笑って、クライドは仰向けに寝転んだ。

『勘違いしないでくださいよ? 生憎、僕は彼女に『そういう感情』を持っている訳ではありません』

 先程のユリアンの言葉が耳の奥に蘇った。

 俺はどうなんだろう?

 そっと目を閉じて、シエラの事を考えてみる。

 いつからだろう? あいつの事を考えると、苦しくなるのは。

 いつからだろう? あいつといる時間が、永遠に続けばいいと思うようになったのは。

「……馬鹿」

 小さく呟いた声もまた、煙と一緒に消えていった。



第18話に続く――

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