エッチな神様と茨城という概念

「あなた一体何者なんです? 人を変な世界に飛ばしたり、もしかして宇宙人か何かですか? アブダクションですか? Xなファイルなんですか?」


《ヘイダイゴ、スキャンしてるな?》


「対象アムトリス、スキャン不能、原因不明。今夜はパーティです、トゥギャザーしましょうぜヒァ!」


《ん? んん!? 出てるぞ!声に出てる!おいどうした!?》


「いやん! こんな外で、ジロジロ見ないで……ほら、ここじゃなんだから、後でじっくりとね? 」


 アムトリスは豊満な胸を左手で押さえつつ長い脚を交差し、こちらを扇情的な表情で見つめてくる。しかも前屈みで胸に手を置き、もう片方の手で長い黒髪をかき分けている。やだ、エロい……。


 しかし何故か全く興奮しない。何故だろう。何故なんだろうね。


「良い!良いですわ!もっとクネって! もっと! 見え……見えない! さっさとお脱ぎなさい!脱げ!」


「ヒタチ、これはいけません、これはいけません」


 二人が興奮してるが、なんだろう、知性の欠片もない…………。


 不思議と、親子の下着姿を見ている様なきがしてならない。さっぱり興味がわかないのだ。ん?待てよ?もしかして、スキャンに気付かれてる?


「久々の身体をフル活用してるのにぃ、アイツのせいね、これ」


ごほん! えっと、話を戻しましょう。アナタは一体なんなんです? ここはどこで、なぜ俺を呼び出したんですか? 」


「改めまして、私の名前はアムトリス。あなたたちの世界で、太陽神『アマテラス』と呼ばれている者」


「アマテラス?あのアマテラス? 名前はそれっぽかったからまさかなぁとは思っていたけど……」


「そうだよヒタチ君、別に管理しているのは太陽だけじゃないんだけどね。ま、そんな私に君はトイレを頼んだよ? ……やだ、なんだかこの言い方ちょっとエッチ」


「エッチですね」

「エッチですわ」


――――やはりテンションが妙に高い。


「真面目にお願いします。ホント真面目に」


「何だか寂しいわね…………ハイハイそうですよ。私が神様です。あなた達から見ればね」


「俺達から見れば? 」


「そう。私達の種族はあなた達の宇宙よりも高次元に存在するの。私達の概念にあなた達の『時間』というものは存在しないし、空間という概念も無い。でも神様なんかじゃないわ」


「高次元? 五次元宇宙とか?」


「多元宇宙よりもずっと外」


「そんな凄い存在なのに神様じゃない? 」


「そう、科学でも魔法でもない、そういう『存在』なの」


 そんな人にヤバい口きいたかな……?


「いいのよ、私はただ在り方が違うだけ。神様扱いなんてしないで」


「!? もしかして、心読まれてる? 」


「心どころか明日の行動すら読めるわよ? 個人を見るのはすんご〜く難しいけどね。調整しないと」


「そしてここは、魂が休まる原初の大地。今は2087年製最高級量子ウォシュレット付きトイレだけがそこに立っている。そんな場所」


「ごめんなさい原初の大地さん! というかあれ未来のトイレだったの!? 」


「人類の到達した最高傑作ひとつ。謝る必要はないわ。土地は生物の営みによって循環するの。あなた達の言う科学だって、大きな自然の一部なのよ?」


 凄く神様っぽい事言ってる!


「そうね、そして――――説明飽きたわ…………」


 ダメだ、全然神様っぽくない……


「ハイ、頑張ります。そして私達は」


「マスター!スコッチを一つ!ああ、義体はイナと一緒に呑まれてしまいましたか……酒だけに! ファッファッ」


「護る、消し炭、護る、消し炭、護る、消し炭、ピンクの象が見えますわ……」


 ブレスレットに収められたAI端末からおかしな声がするが、さっきから明らかに親友2人の様子がおかしい。


「あの、アムトリスさん?俺の親友がなんだか様子がおかしい――――いやどう見てもラリってるんですが」


「あの子達は……あら、知能に器、あなた達の言うイバライトを使用しているのね? 」


「確か……メインコアにイバライトを媒介して情報を増やしたり早くしたりさせてるとかなんとか」


「この世界はイバライトのイメージ伝達をより強く引き出す性質があるの。、つまりあの子達、情報で酔っ払っているんだわ」


「A酔っ払う!? 人工知能が!? 」


「ソイッ! 」


 アムトリスが指を鳴らした瞬間、ブレスレット型端末から光が『消えた』これはつまり、消えるはずのない電源が消えた事を意味する。人工知能にとっては死だ。


「あのアムトリスさん?親友2人が消えたんですが」


「心配ないわ、義体? とやらを少しパワーアップしてこっちに転送して、ついでにAIもちょっと進化させたわ」


「ヒタチ、これは一体」

「あらだんな様」


「おお、義体が……あれ? なんかいつもより自然というか、人間っぽくない? 確かこれ、有名な造形師が作ったダイゴとカシマの元の義体じゃないか? 持ってきた戦闘用じゃないよな?」


 突然、まるで人間そのままの様な姿で現れたダイゴとカシマ。


 あまりにも自然なその姿は、まるで昔のSFゲームに出てきた美少年・美少女ロボっ子種族のようだ。


 木星カリストステーションに置いてきた義体だが、素材の質感が前よりもリアルになっている。装備を外せば人と見分けは付かんだろう。


「思考伝達効率、425パーセント上昇、構成物資、不明です」


 不明ってなんぞ!?


「身体がすごく軽いですわ。前よりもハッキリと自分が分かります」


「少しだけ? パワーアップが少しだけ?」


「これでもう酔わないでしょ? 」


「ええ、何だかクラクラしていたような、なんだか凄く気分が良いですわ! 少々散歩をしてきますね、だんな様!」


「少々性能確認をしてきますね、また後で」


 カシマとダイゴは空中へフワッと浮き上がり、そのままどこかへ飛んで行った。下手すりゃさっきよりもテンションが高いかもしれない。


謎だ。


どうやら素材まで謎だ。


「長い話しになるわ。座りましょう? 私も走って疲れたわ。身体で動くのは久々だから」


 え?走った? 走ってきたの?ら


 パチンと指を鳴らしたアムトリス。突如、目の前が薄暗くなる。ここは。ここはまるで……


「――――廊下? 」


 そう、大昔のボロアパートだ。並ぶ部屋の前には、博物館で見た事のある二槽式の洗濯機が置いてある。


「ようこそ、歓迎するわ」


 玄関を開けると、そこには旧式の冷蔵庫とちゃぶ台、その上には緑茶と煎餅が置いてある。室内は夕外と違って夕焼け色に染まっていた。


「ここは? このアパートは一体……」


「ここはね、私の一番好きな場所なの。私が一番愛している風景。さてと、気を取り直して本題ね。私があなたをこの世界に呼び出した理由。まぁここだけじゃないけどね? あと気を使わなくていいわ。私の事はアムトリスとよんで?」


 えっ? あ、いや、はい。


「数多くの世界は、ある物質によって『可能性の力』を大きく消費した。私達が扱えるのは可能性。これが無くなれば君達、そして私達は滅ぶ」


「可能性の力?」


「そう。言い換えれば選択肢ね。観測対象を見失う事になれば、同時に我々はこの宇宙全てを見失う事になる」


「この世界の生物や物質を蝕みつつあるソイツの正体は不明だけど、やがて他の宇宙にも広がっていく。それは他の世界の破滅も意味する。そうして私達の管理する全てを蝕み尽くした後、宇宙の外側、私達の世界にもそれは及ぶしでしょう。イバライトで破壊は出来るけど、この世界には居られない。何も見えないのよ」


「何も見えない? 一気にボカンと出来ないのか?」


「私達が物質世界に来るのはとても難しいの。うっかりミスをすると宇宙や惑星が吹き飛ぶから。慣れたら問題ないんだけどね?」


 ヒエッ……こわっ!


「だから観測ができない宇宙には手を出せないの。さて、そこで登場するのがイバライト、それは『可能性が凝縮した物質』」


「可能性が?」


「私達は元々、森羅万象という概念そのもの。イバライトという器を用いれば、それはあらゆる可能性に干渉できるようになる。ようは物質的な万能ね」


「物質的な?」


「つまりあなた達で例えれば、イバライトは私達の身体なのよ。万能の精神があっても動かせる身体がないの。でも器があればそれを叶えられる。私達が入り込めるから、器なのよ」


「俺らが使うと? 」


「万物を操るには精神や知能、つまり学習が必要になるわけ。でもね、ちょっとでも出せば凄い力よ? 」


「なるほど。何でも叶えられる頭があっても身体がないわけか」


「実際、イバライトと同じ物質を悪用した、あなたと同じ宇宙の生命体、『カルギス』は自分の星系ごと吹き飛んだし、貴方のすぐ隣の宇宙にある地球は、月にブラックホールを作り出して消滅したわ」


「宇宙人、消滅しちゃったんだ……しかし、なんでまたお隣さんは月なんかでやらかしたんだ……? でもやっぱイバライト怖ぇ」


「そうね、本来であれば人類も、イバライトを見つけ出した場合は力に溺れて大体が戦争や事故で消え去る事になってるんだけど」


「他人事じゃないわなぁ、実際核戦争一歩手前だったし」


「でもアナタはほとんどの世界で相手に反撃をするのでは無く、みんなを守ることを考えて未知の可能性を生み出した。そして我々に選ばれた」


「マジかよ!」「マジよ」


「でも。なんでイナでワープする寸前に送られたんだ? 選ばれたんならその時に送ればよかったんじゃ? 」


「ああそれはね、アナタが移動の可能性を作り出したからよ。遠くに行くという可能性。あなたの転移にはそれが必要だったの」


「ヒタチ君、アナタは特別なの。そしてあなたに溶け込んだイバライトもまた特別製。それは私の弟、サイサノスの使っていた物だからね」


「サイサノス?」


「そう、あなた達の言うスサノオね。私達が昔、あなたの世界に言った時、多分正しく聴き取れなかったのね。無理もないわ、今ですらハッキリと伝えられないもの」


「スサノオの……」


「そう、だから何となく私に反抗心が湧くのね?お姉ちゃんって呼んでいいのよ?」


「あ? 」


「ほらね? 」


「なるほど、いやこれは普通なような……」


「え?ああ、うん。そしてそのイバライト本来の特性は、茨城の概念と記憶、そして勇敢さと暴虐さね。それは、スサノオが大洗聖地巡りをした時、ついでに茨城観光に使ったもの。そして私をいじめるために使ったものでもある」


「何それしょうもない! 聖地ってまさか戦車の? あれ?いじめって天岩戸のこと?それって時代が違うんじゃ……あっ」


「私達には、あなたの言う時間は存在しない。今が過去で過去が未来。そういう事よ。まぁここでは現在に固定されてるけどね。何も見えないから。あなたに呼び出されたなら話は別だけどね」


「はぁ」


「つまり、あなたの力は茨城という、自分の持つ概念や、土地の記憶を具象化するもの。「イバライト」という名前を持った事で、より概念が強固になった物」


「茨城という、概念? 」


「そう、茨城という概念に関していえば、アナタは理屈をすっ飛ばして結果を得られるの。あとスサノオの影響でちょっとオタクになる。勿論ほかのイバライトより効率的に万能の力も引き出せる。練習なさい?」


「練習か……今までもやってたんだけどなぁ」


「あぁ、私たちの世界、まぁ、あなた達の言うタカマガハラからも直接神を呼べるわね。テリノワクスにはもう会ったわね? あなた達の世界では、彼は鳥之石楠船神と呼ばれているわ。大分力は落ちるけどね」


「トリノ・・・誰? 」


「天の鳥船ですね」


 おぉ、お二人さんが帰ってきた


「お前ら、肝心な時に居ないんだからなぁ、ぶっちゃけ半分位しか理解してないぞ俺」


「大丈夫です。思念伝達で聴いていましたわ」


「後で補足してね? お願いしますね? 」


「Y」


「しかし天の鳥船とは、そんな凄い人に送って貰ったのか」


「え? 私は? 」


「え? 」


「まぁいっか! そうね、そしてここは、そんな力で作り出された概念の世界。なので私はここにすんなり来ることが出来たの」


「なるほどなぁ、そういや、今光ってないのは?」


「光ってる?あぁ、あなた達の認識力だと、情報量が多すぎて音や光として認識しているのね。実際この宇宙というか、外の世界じゃ1分位しか存在できないし。可能性の力が無さすぎて処理落ちしちゃうのよね」


「だからあんなに急いでたのか」


「そう。そしてここが開かれるまで、私は待っていたの。私がここに来たのは説明と訓練の為。貴方達にとっては情報量が多すぎて説明は大変なんだけどね」


「つまり、今からよ」


「今!? もう疲れてクタクタなんだけど……あれ?疲れてない?」


「お茶を飲んだからね!それ、凄いお茶よ!ハイ立って!ゴーゴー!」


 言われた通り立ち上がる。このアパートに来たことは無いが、何だかとてつもなく懐かしい感覚がある。アムトリスはもう一度指を鳴らし、アパートは分解するかのように消え去った。今度はゆっくり来てみないなぁ。


「しかし、訓練ってなにするんだ?」


「力をある程度使いこなさなければ、この世界でアナタは死んでしまう。この世界は危険がいっぱい。だから、あなたには慣れてもらうわ」


 アムトリスの周囲には突如鏡のようなものが現れ、高速移動しながら周回している。アレは……武器か?


「さぁ! お姉さんが、手取り足取り教えてあげる! 」


◇◇◇


 ヨコハマ湾岸地域、労働者隔離街


 混沌としたスラム街には、帽子を被り、小綺麗なカーキ色のコートを着込んだ男が歩いている。それはまるで、テレビに出てくる探偵のような姿だ。


「こんばんはお嬢さん。綺麗な夜ですねぇ」


 男は、大気汚染により、星も見えない緑で淀む夜空を見上げていた女性に話しかける。


「綺麗ですか?」

「ええ、とてもとても綺麗です。緑の空、止まったあなた達の時間、この世界の何もかもが美しい」


「止まった時間ですか? 確かにそうですね。私達は死ぬ事すら許されない。許されるのは貴方のような壁の向こうの人たちだけ」


「はて、よく理解していますねぇ? 素晴らしい……そして美しい」


「あ、ありがとうございます…………?その、どうして泣いてるんです?」


「私は嬉しい。こんな心の美しい方と出会えたことが!そして私は悲しいのです!」


「美しい、貴方は美しい! 美しい! 」


「ど、どうしたんですか? 」


「私は貴方に恋をしましたぁ! 私は、私はあなたをずっと愛している! 私と貴方、貴方と私、我々ははずっと一緒だ!ずっと! もう死なせはしない! 私が守る!」


「だっ……誰か! この人……ガァァっ! たっ助け……」


 少女の脚が何かに切断され、彼女は這いつくばりながら助けを呼ぼうと叫びもがく。


「ダメだなぁ愛しの君、柔らかすぎる…………やはりもっと頑丈にならないとまた死んでしまうよ。大丈夫、君はもっと強くなれる」


「死んでも……死なない……通報……」


「大丈夫、安心しておくれ! クローンシステムは停止してある。無粋だねぇ、生き返った君は、僕の愛する君ではないからねぇ!」


「ヒッ……ヤッヤダァァ! 」


「申し遅れました。私はペイグマリオン。安心してじっくりとおやすみ。起きた時、君は進化するのだ。私の愛しい人、君をまた、死なせはしない」


「さぁて、これで128人が私を愛してくれる事になる。嬉しいなぁ、君達は本当に美しい。おっと、また名前を聞きそびれましたねぇ……」


 ペイグマリオンは痛みで気絶した少女に、掌から放出された電気の様なものを浴びせる。


 少女は身体の中で何かが暴れているかのようにのたうち回り、暫くした後、無表情のまま起・き・上・が・る・。


「私のお人形。私の愛しい人。さぁ共に参りましょう」


「……」


「さぁ、愛しの君達、舞踏会の時間です」


 緑色の空の下、紅い光の粒子が空を裂き、127体の人形が姿を現す。


 127体の人形と、先程まで少女であった『それ』と共に、ペイグマリオンは歩き出した。

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