大好きなあの子になったボク

ゆきづきせいな

異世界転移編

第1話 

 いつもの何気ない放課後。クラスメイトはみんな部活動へと向かってゆく。それに比べて僕は無所属。いわゆる帰宅部。一緒に帰る友達はいない。唯一居るのは小学校から今の学園までずっと一緒の幼馴染、秋生あきおくらいだ。

「おーい当夜とうや!今日も何もなく帰るのか?」

秋生はサッカー部に所属している。一時期は一緒にやらないかと誘われたけど、僕は運動神経は最悪なくらい悪い。

「今更なこと聞くなよ。さみしくなるだろ。」

僕はいつもこういう感じの返しを繰り返す。

みなとちゃんに声かけて行かないの?」

ニヤニヤしながら秋生は僕をからかう。

「っ!こ、声をかけられたら苦労しないだろっ!」

僕の苦労も知らずにいつも秋生は……。

「下校の時は「さようなら」って挨拶するのは基本だろ?」

「そうだけどさ、恥ずかしいんだよ。」

僕は湊ちゃんに恋をしている。きっと片思いだって分かってる。でも、好きなんだ。背中まで伸びる黒髪に、清楚な振る舞い、誰へだてなく優しい彼女は、まさに僕の女神だ。

「当夜、挨拶されて「こいつキモイわぁ」って思うやつなんていないぞ?」

「それは正論だとは思うけど、恥ずかしくて声がかけられないって言ってるだろ。」

「湊ちゃんは人気あるぜ?当夜も積極的にいかないと、いつか違う誰かの女になっちまうぞ?」

うっ。それは想像したくない。

「俺が後押ししてやるから、来いよ。」

「おい、秋生!」

秋生に手を引かれ、下校準備をしている湊ちゃんの机まで移動する。

「みーなとちゃん!」

秋生、それチャライぞ。

「秋生くん?どうしたの?」

「いや、特に用事はないんだけど、下校の挨拶ってやつだよ!」

あははって笑いながらさらっと声をかけるところが羨ましい。

「ほら当夜、お前も挨拶くらいしろよな!」

バンっと背中を叩かれる。

「み、湊……ちゃん。あ、あの、ま、また明日。」

「うん、当夜くん。また明日。」

眩しい。湊ちゃんの笑顔が眩しいよ。ああ、溶けて消えそう。

清楚に軽く手を振る彼女は、可憐にクラスルームを後にした。

「はぁ。」

可愛い。溜息しかでない。

「よかったな、当夜くん。」

ニヤニヤしながら秋生は湊ちゃんの真似をする。

「あ、ありがとう。」

素直に礼を言う。

「ま、こんな感じで毎日声をかけて慣れていけばいいんじゃね?がんばれよ、俺は部活行くからさ。」

「うん。また明日な。」

「おう!当夜も気を付けて帰れよ。」

秋生はクラスルームを後にした。

ちなみに湊ちゃんは弓道部らしい。これは秋生が教えてくれた。彼女らしい感じはする。彼女は雰囲気が神聖なんだ。異世界で例えると神殿で女神さまをやっているような高貴な感じ。

秋生がさっき何気なく言った「いつか違う誰かの女」という一言が頭を離れない。そうなると僕はきっとショックで立ち直れないだろう。だからと言って告白してOKを貰えるなんて到底思えない。僕は何の取り柄もない人間だから。友達がたくさんいるわけでもないし、部活動をやっているわけでもない。容姿もかっこいいわけでもない。よくいるクラスの根暗男子そのものだ。そんな僕でも、この学園に通学する理由だけは失っていない。そう、湊ちゃんだ。湊ちゃんに会う為に学園に通っているようなものだ。彼女がいなくなったら僕はこの学園に通う理由を失う。

「誰かの彼女になってしまうくらいなら、先に玉砕ぎょくさいしておこうかな。」

少し決意が湧いてくる。

ドクン。

心臓が大きな鼓動をひとつあげた。そう、湊ちゃんはついさっき帰途についたばかり。走れば間に合う。今日がダメでも、明日、告白する時間を貰うこともできる。

「やるか?」

声に出して自分の問いかける。

「でもな……。」

玉砕するって分かってて挑むのは、負けると分かっていて敵に戦いを挑むのと等しい。しかし、僕にはひとつ切り札が残っている。夏休みだ。実はあと一週間くらいで夏休みに突入する。今、告白して振られても、この夏休みのブランクでお互い気まずい思いをしなくていいというメリットがある。夏休みの思い出とはそのくらい強いものだと信じている。

「行くか!」

勢いよくクラスルームを飛び出す。どこまで行っただろう?彼女を見つけたのは、走りに走って学園正門を少し過ぎたあたりだった。運が味方しているのか、誰も周りにはいない。

「み、湊ちゃん!」

思い切って声をかける。背後から勢いよくかけられた声に、湊ちゃんが驚いた顔で振り向く。

「当夜くん?どうしたの?そんなに息を切らせて?」

「はぁ、はぁ。ちょ、ちょっと待って。息を整えるから!」

出会ってすぐ「はぁ。はぁ。」とか不審者の極みだな僕。少し息を大きく吸い、呼吸を整える。

「あ、あの!」

「……えっ?は、はい。」

僕の何か切羽詰まる雰囲気を感じ取ったのか、彼女はかしこまって敬語になってしまっていた。

「あ、明日の放課後、ちょっと……その……ちょっと時間……もらえない?」

「明日?」

彼女は少し考える素振りを見せる。そして、そのあと少し笑顔になった。

「うん、いいよ。放課後、声かけて。」

「あ、ありがとう!」

やった!やったぞ!

「あ。」

湊ちゃんはポンと両手を叩いた。

「どうしたの?」

ま、まさか、今更やっぱりやめるとか言わないよな?

「学園でも大丈夫?場所、違うところでもいいよ?」

彼女は何か察しているのだろうか?

「あ、それなら商店街を少し越えたところにある森林公園、分かる?」

学園で告白すると誰かの目につく。僕は商店街のはずれにある森林公園を提案する。

「うん。知ってるよ。それならそこで。何時がいい?」

僕より積極的にリードしてくれている。感動……。情けないな、僕。

「うーん、15時半とかどう?」

この学園の放課後は15時から。30分後ならお互い余裕をもって約束することができる。

「うん。それでいいよ。」

「ありがとう、湊ちゃん。」

「どういたしまして。それじゃ、私、ちょっと用事があるからここでいいかな?」

「うん、また明日。」

自然に挨拶が出た。さっきは緊張して一発で言えなかったのに。そのくらい自然だった。僕は彼女と待ち合わせの約束をしただけなのに、すごく舞い上がっていた。一人になってから、ずっとわくわくしていた。でも、告白が成功するという意味ではないことを考えると、ちょっと絶望感も襲ってくる。

「今は考えてもしょうがない!この感動を堪能しよう!」

誰にというわけでもなく、自分自身に声をかける。

勝負は明日。負けは決まってる。でも、何も取り柄のない僕は、何かを成し遂げたという達成感に浸っていた。

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