人魚の涙の養殖
楠樹 暖
人魚の涙の養殖
悲しい物語を聞かせて人魚に涙を流させる真珠の養殖。僕は自分で作った物語を人魚に読み聞かせる吟遊作家の一人だ。
人魚という生き物は感情の起伏が激しい。そのため悲しい物語を聞かせるだけですぐに涙をこぼす。人魚の涙は上質な真珠となるので集めて売りに出す。
人魚も娯楽に飢えているため、毎日のように養殖場へとやってくる。
僕の他にも何人かの吟遊作家がいる。他の作家も僕と同じように自分で物語を作り、自分で朗読をする。
他の養殖場では物語を作る専門の作家と、朗読専門の語り部に分かれて活動している人もいるが、その場合でも賃金は一人分を二人で分け合うことになるので、多くは自分で物語を作り、自分で朗読をする。
同じ話を繰り返し朗読しても、人魚は飽きてしまうので真珠の収穫量が落ちる。そのため、吟遊作家達は毎日違う話を創作している。
人魚の好む話の王道は人間との悲恋だが、そんな話ばかりではやはり飽きられてしまうため色々と工夫が必要だ。
人気の吟遊作家のところにはたくさんの人魚がやってくる。
しかし、落ち目の僕のところに来る人魚は数少ない。
昨日は二匹。今日はとうとう一匹になってしまった。
吟遊作家の仕事もそろそろ潮時か……。
僕には悲しい話を作る能力はないんだ。
自分の才能の限界を感じ、次の仕事を最後に吟遊作家をやめる決意をした。
最後の日に現れた人魚は一匹だけ。いつも顔を出してくれる人魚だ。
今日はこの人魚のためだけに作品を作って朗読をしよう。
人魚にどんな話を聞きたいか聞いてみた。
「いつも、みんなが集まってくる前に話してくれた面白い話がいい!」
これは意外だった。
僕は朗読開始の時間のあいだ、待っていてくれる人魚のために喜劇を作って話していた。
これは本番の悲劇との落差を広げる狙いもあったのだが。
そういえば、この人魚はいつも一番に来て、僕の作る喜劇を聞いていたっけ。
よし、今日はこの人魚のためだけに、できるだけ面白い話を作って聞かせよう。
真珠の収穫量はゼロになっちゃうけど仕方がない。
僕はとんでもなくくだらない、バカバカしい話を考えて人魚に聞かせた。
僕の話は人魚の笑いのツボに嵌まったらしく、尾びれをピチピチさせながら大笑いをした。
感情の起伏が激しい人魚は笑い出すと、とても楽しそうに大笑いをする。
あまりに笑いすぎて涙が出るほどだった。
人魚の流した涙はそのまま真珠となった。
悲劇を聞かせてできた真珠とは光沢が違う美しい真珠。いつもよりも高い値で引き取って貰えた。
こんな方法で真珠を収穫する方法もあったのか。
僕は吟遊作家の引退をやめた。
悲劇の物語を作るのをやめ、喜劇の物語を作るようにした。
元々お笑い方面の才能があったらしく、僕は瞬く間に人気吟遊作家となった。
今日も、たくさんの人魚達が僕の話を聞きに来る。
その中に、あの人魚もいる。
今日もあの人魚が喜ぶ顔を想像して、楽しい話を創造する。
人魚の涙の養殖 楠樹 暖 @kusunokidan
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