第6章 薫子の日記 2004年抜粋
1月12日
今日からここで日記を書く事にした。
いつまで続くかは分からないけど、昔は普通に日記書いてたし、それよりはハードルは低いような気がする。
ただ、前に書いてたものは絶対に誰にも読まれてはいけないもの。
ここには基本的には読まれても大丈夫なものしか書かないつもり。
なにせ、全世界からアクセス出来るんだし。
たまに全世界を呪詛するような事も書くかもしれないけど(笑)。
1月27日
「ジャックK」を読んでたら、大好きな悠君が参加するお茶会の告知が載っていた。
3月の春休み。
どうしよう?
物凄く行きたいけど、一人でも大丈夫なのかな?
どんな格好で行けば良いのかな?
コンセプト的には甘ロリなんだろうけど、生憎そんな服は持ってないし。
ライブ仲間のお姉さんに貰ったゴス服があるから、それをアレンジすれば良いのかな?
あー、すっかり行くのを前提で考えてるなー。
でも早く申し込まないとすぐに席は埋まっちゃうだろうし…
よし、決めた!
ダメ元で、一人で申し込もう!
2月3日
今、ワタシは叔父さんの家に居候している。
パパもママも3年前に死んでしまった。
故郷の港町を離れ、神奈川県の工業地帯に引っ越してきた。
叔父さん、叔母さん、ワタシの2個上の従兄との4人暮らし。
みんな優しいけど、やっぱりワタシは浮いてる。
でも別にそれはワタシだけ家族じゃないからとかそんな理由じゃなくて、ワタシは基本的にどこにいても浮いてるんだ。
学校には見事にヤンキーしかいない。
そりゃ、話なんて合う訳ないよなー。
せめて無視してくれると助かるんだけど。
なんでちょっかい掛けてくるかなあ?
2月22日
ジャックKのお茶会、抽選に当たった!
どうしよう?
急にオタオタしてきちゃった!(笑)
とりあえず、来月までにダイエットしなきゃ!
夜更かしもやめて美肌を保とう!
でもヘッドドレスも作らなきゃなあ…
3月15日
昨日は卒業式だった。
大嫌いな先輩たちが卒業して行く。
ワタシも4月から3年生。
最上級生になるのは嬉しい。
早く卒業したいな。
3月27日
いよいよ明日だ!
ようやくヘッドドレスも完成した。
とりあえず2㎏痩せたし、肌の調子も良い。
自己満足なのは分かってるけど、それって凄く大事だと思うんだ。
とにかくワタシはこの一ヶ月、明日の為だけに過ごしてきた。
悔いのないように、勇気を持って、せめて一言悠君に話しかけてみよう!
3月29日
夢のような一日だった。
陳腐な言葉だけど、そうとしか形容しようがない!
ありったけの勇気を振り絞って悠君に話しかけてみた。
悠君は優しく応えてくれた。
嬉しい。
嬉しい。
嬉しい!
今までこのルックスはコンプレックスでしかなかったけれど、もし悠君が少しでもワタシの見た目を気に入ってくれたとしたら、今までの嫌な事も全て帳消しにしてしまえるような気がした。
おまけにジャックKの編集さんに読者モデルをやらないかと声を掛けてもらえた。
こんな幸せな事があっていいんだろうか?
今までワタシを苦しめてたものが、全部良い方に転がりだすなんて!
ある時期からワタシは神様なんてこの世にいないと思ってたけど、ひょっとしたらワタシが気付いてなかっただけだったのかな?
4月11日
初めてのジャックKの撮影。
しかもストリート・スナップではなく、いきなりスタジオで。
ちゃんとギャラも貰えるみたい。
なにより嬉しいのは、悠君と一緒!
モデルは私たち二人だけなので、待ち時間にいっぱい喋った。
学校では絶対に話せないようなマニアックな事でも、悠君はなんでも知っていた。
小説も映画も絵画も写真も洋服も音楽も、固有名詞に注釈を入れなくても話が通じる人は初めてだった。
ワタシは涙が出るほど嬉しかった。
ワタシは一人じゃ無かった!
ここに、受け入れてくれる人がいた。
撮影が終わっても、ワタシたちは一緒にファミレスに行って、遅くまで話をした。
今度は悠君はワタシが興味を持ちそうで、尚且つ知らない世界の話をいっぱいしてくれた。
幸せだった。
今まで生きて来た中で一番幸せな時間だった。
このまま死んでも良いと思えるくらいに。
4月27日
早く卒業したい!
新学期が始まったばかりなのにこんな事言うのも変だけど、高校生は制約が多い!
悠君にいろんなところに連れて行って貰ったけど、さすがに高校生はオールナイトのイベントやフェティッシュ・パーティには参加出来ない。
叔母さんには、雑誌の撮影が頻繁に入るようになったから帰りが遅くなると伝えてる。
本当に撮影も増えて来たから全くの嘘ではないけど、悠君とのデートで遅くなる事も多かった。
ワタシの生活の全ては、悠君と一緒に過ごす時間の為にあった。
悠君はワタシに知らない世界の扉を開いてくれた。
悠君の友達たちも、同じ世界の住人だったのですぐに仲良くなれた。
ワタシが知らなかっただけで、こんな身近にこんな居心地のいい世界があったなんて!
ワタシが求めていたものは、これだったんだ!
5月12日
どうやらここが悠君のファンにバレちゃったみたいなんで、鍵をかける事にした。
だから、これからは毒を吐いても良いんだよね?(笑)
6月10日
悠君は人気者だ。
ファンも多いし、友達もいっぱいいる。
イベントに行くと、いろんな人に声を掛けられる。
最近はワタシもイベントで声を掛けられる事が多くなったけど、慣れてないし、基本人見知りだから、挙動不審になってしまう。
変な子だと思われてるんだろうなあ…
どうやったら悠君みたいに社交的になれるんだろう?
7月20日
明日から夏休み。
大嫌いな学校に行かなくて済む。
ジャックKのイベントや撮影の予定もいっぱい入っている。
進学する気はない。
これ以上叔父さんたちに迷惑掛けられないし、早く自立したいってのもある。
その為に、この夏はいっぱいバイトしてお金を貯めるつもりだ。
最近は悠君のイベントのお手伝いもしている。
ワタシに出来る事なんてそんなにないけど、雑用はなんでも引き受けた。
少しでも役に立つように、ビデオやパソコンを覚えようと思ってる。
悠君のいる恵比寿の事務所にはMacbookとiMacがある。
iMacは悠君、Macbookは事務所代表の異形さんが使っている。
異形さんは優しいおじさん。
iMacの基本的な操作を教えてくれて、いつでも使って良いよと言ってくれた。
PhotoshopやIllustratorが入ってるから、イベントのフライヤーやチケットも作りたい。
Adobe PagemillってソフトでイベントのHPも作れるみたいだ。
何かを作るのって楽しいな。
7月29日
アンダーグラウンドの人たちって、なぜかパソコンに詳しい人が多いみたい。
デザインやイラストや音楽の仕事をやってる本職の人もいっぱいいるし、中にはプログラマも。
だから、知らない事があるとその人たちに訊けばすぐに教えてくれる。
チャットやICQでリアルタイムで話せるし。
人見知りのワタシでも、モニター越しの文字だけのやり取りだと、そんなに緊張しないし。
私も自分用にパソコン欲しいなあ。
8月4日
願いが通じた!
いつも相談していたプログラマの人が、使ってないWindowsのノートパソコンをくれるって!
8月8日
プログラマさんは、パソコンをわざわざ事務所に持って来てくれた。
悠君とも異形さんとも顔見知りの人だから、遊びに来たついでだと言っていた。
多分、照れ屋さんなんだと思う。
しかも自分が使ってなかったいろんなソフトも入れてくれたみたいだ。
正直、Windowsは初めてで不安だけど、頑張って覚えよう!
家には回線が来ていないので、事務所に置かせて貰う事にした。
ここのプロバイダはCATVなので速いし。
画像編集とかは家に持ち帰ってやっても良いな。
それを考えると、ノートで良かったなあ。
8月17日
最近、寝ないでずっとパソコンをいじってる。
やってもやっても物足りないくらい面白い!
とりあえず、Photoshopはある程度使えるようになった。
でもIllustratorはまだまだ難しくて、今のところフライヤーのレイアウトの時に使うくらいだ。
おまけに事務所のプリンタはMacにしか対応してないので、ワタシのパソコンからフラッシュメモリで悠君のiMacに移して、そこから印刷しないといけない。
モノクロのフライヤーは、事務所のプリンタで印刷するより、一枚だけ出力して渋谷の道玄坂にある印刷屋さんに持ち込む方が安い。
そこに行くと、いろんなイベントのフライヤーが観られるから面白い。
印刷されたものを運ぶのはしんどいけど。
印刷されたフライヤーをいろんなところに置いて貰うのもワタシの仕事だ。
一番苦手な事だけど、新規はほとんどなく、いつも会ってる人たちのお店だったりするからまだマシだ。
悠君は今、ライブハウスでのバンドもののイベントと、クラブイベントを月に一度ずつ定期的に開催してる。
その合間に異形さんに付いてレコーディングとか、印刷やデザインの事を教わってるみたいだ。
ジャックKのモデルもまだやっている。
結構毎日忙しいようだ。
それでもワタシの為に時間を割いてくれる。
嗚呼、なんて幸せなんだろう。
こんな毎日がずっと続くと良いな。
12月8日
絶望的なニュースが飛び込んできた。
死にたくなるような…
エーデルフォイレ ~高貴なる腐敗~ 宗崎佳太 @igyou
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