【ぐるぐるの森 クリスマス館】

カリン

第1話 クリスマスの夜に


 おじいさんのお庭には、大きな木がありました。

 葉っぱを青々と茂らせた、とても大きな立派な木。

 冬になってもれません。


 たんせいこめた立派なこの木が、おじいさんはたいそうご自慢でした。

 毎年クリスマスがやってくると、

 キラキラの星やピカピカのモールを、庭の木にかざって、おめかしします。

 電球もピカピカつくのです。


 ご近所さんや野良猫や、みんながにこにこ見にきます。

 おじいさんの庭のクリスマス・ツリーを、それは楽しみにしているのです。

 

 今年も、もうすぐクリスマス。

 でん、とお庭のまん中の、大きな大きなクリスマス・ツリーを、

 おじいさんははりきって飾りつけます。

 小学生の孫のまおくんが、クリスマスにたずねてくるのです。

 庭の立派なツリーを見て、まおくんは、いつも、こう言います。

「わあ、すごいや。きれいだね!」

 おじいさんは、まおくんの笑顔が大好きです。

 

 クリスマスまで一週間。

 おじいさんはとんとん腰をたたいて、がんばってツリーの飾りつけをします。

 金のモールをひっぱって、幹のまわりをぐるぐる回って、1周、2周、3周……


 ピカピカ光るまん丸ボールを、いくつもいくつも枝からるし、

 星やサンタも枝から吊るし、

 はしごをかけて木に登り、

 大きな木のてっぺんに、金の星を、ぽい、とつけたら、

 やあ、やあ、やれやれ、できあがり。


 すっかり、きれいにおめかしして、庭のツリーは誇らしげ。

 すんだ冬の青空に、赤と緑のデコレーションがすがすがしくそよいでいます。

「クリスマスまでには雨が降るかもしれません」そんなテレビの天気予報が、おじいさんの一番のなやみの種です。


 しばらくすると、ご近所さんが、おじいさんの庭にやってきました。

「まあ、今年もきれいですこと!」

 ころころ太った、おばさんです。

 腕にかけた買い物かごから、ネギがニョッキリのぞいているので、

 スーパーからの帰りのようです。

 ころころ太ったおばさんは「まあまあまあ」とツリーに笑い、

 にこにこ帰っていきました。


 その次に通りかかった会社員も、

 そのまた次に通りかかったお隣さんも、

 みんなツリーににっこりして、おじいさんの木をほめてくれます。

 おじいさんもニコニコでれでれ。それはそれは上機嫌きげん

 

 ツリーはキラキラ。お天気も上々。

 今日もおじいさんは庭に出て、ツリーをほくほく見あげていました。

 すると、向かいの「ぐるぐるの森」から、とぼとぼ何かがやってきます。


 やせっぽちの野ウサギでした。

 はあ、と小さな肩を落として、ウサギはおじいさんに言いました。

「寒くて寒くて死にそうだよ」

 ウサギはすっかりくたびれて、

 冬の花だんのすみっこにうずくまってしまいました。

 冬の空気はてついて、ピューピュー木枯こがらしが吹いています。

 けれど、森の動物たちには、あたたかいおうちはありません。

 どんなに外が寒くても、

 しんしん冷たい草むらで、夜をさなければなりません。

「おお。それはきのどくに」

 おじいさんは、かわいそうになりました。

 きれいに飾ったツリーから、金のモールを取りはずし、

 ウサギの手に渡してやります。

 長いひげをヒクヒクさせて、ウサギはおじいさんを見あげました。

「もらって、いいの?」

 おじいさんは、にっこり言いました。

「いいさ、もってけ」

「ありがとう」

 しわしわに乾いたその手から、金のモールを受けとると、

 ウサギは前歯でモールを引きずり、森へ帰って行きました。

 

 

 モールはなくなってしまったけれど、ツリーはまだまだきれいです。

 今日もおじいさんは庭に出て、ツリーをほれぼれ見あげていました。

 すると、向かいの「ぐるぐるの森」から、とぼとぼ何かがやってきます。


 森にすむ野ネズミでした。

 はあ、と小さな肩を落として、ネズミはおじいさんに言いました。

「もうすぐクリスマスだってのに、子供に何もあげられないんだ」

「おお。それはきのどくに」

 おじいさんは、かわいそうになりました。

 きれいに飾ったツリーから、サンタや星を取りはずし、

 ネズミの手に渡してやります。

 ネズミはまん丸の黒い目を、もっとまん丸く見ひらいて、

 おじいさんの顔を見あげました。

「もらって、いいの?」

 おじいさんは、にっこり言いました。

「いいさ、もってけ」

「ありがとう」

 けれど、ネズミは大家族。

 森から出てきた家族が全員、わらわら一列に並びます。

 長いしっぽをウキウキ振って、自分の番を待っています。

 おじいさんはツリーから、サンタや星をはずします。

 しわしわに乾いたその手から、サンタや星を受けとると、

 ネズミの家族はわいわいと、喜んで帰って行きました。

 

 

 モールと飾りがなくなって、スカスカになってしまったけれど、

 ツリーはまだきれいです。

 今日もおじいさんは庭に出て、ツリーをやれやれと見あげていました。

 すると、道の向こうから、とぼとぼ何かがやってきます。


 町にすむ子供でした。

 はあ、と小さな肩を落として、子供はおじいさんに言いました。

「もうすぐクリスマスがくるけれど、なにも買ってもらえないんだ」

「おお。それはきのどくに」

 おじいさんは、かわいそうになりました。

 きれいに飾ったツリーから、ピカピカ・ボールを取りはずし、

 子供の手に渡してやります。

 子供はきょとんとまたたいて、おじいさんの顔を見あげました。

「もらって、いいの?」

 おじいさんは、にっこり言いました。

「いいさ、もってけ」

「ありがとう」

 子供は笑ってそう言うと、仲間に召集しょうしゅうをかけました。

 話を聞いた子供たちが、ばらばら急いで集まってきます。


 あんまりたくさん子供がいるので、おじいさんはたじろいでしまいました。

 こんなにたくさん子供がいたら、

 最後に残ったピカピカ・ボールもすっかりなくなってしまいます。

 それではツリーではなくなってしまうし……


 真っ赤なほっぺの子供たちは、わくわく、おじいさんを見あげています。

 おじいさんは、にっこり言いました。

「いいさ、もってけ」

 おじいさんはツリーから、ピカピカ・ボールをはずします。

 しわしわに乾いたその手から、ピカピカ・ボールを受けとると、

 真っ赤なほっぺの子供たちは、喜んで散って行きました。

 

 

 すっかり丸はだかのツリーを見あげて、おじいさんはためいきをつきました。

 今夜は、とうとうクリスマス。

 孫のまおくんがやってきます。

 大きな大きな大きなツリーを、それは楽しみにしているのです。


 庭のご自慢のツリーには、木のとんがったてっぺんに、

 金の星の飾りが一コ、ななめになって引っかかっているだけ。

 楽しみにしていたまおくんは、どんなにがっかりするでしょう。



 夜になり、風が冷たくなってきました。

 庭も、シンシン冷えてきます。


 ゆり椅子いすに揺られて小さくなって、おじいさんはしょんぼりしています。

 おばあさんが心配して、顔をのぞきこんだりするのですが、

 おじいさんは元気なく、ゆるゆる首を振るばかり。


 ピンポン、とチャイムが鳴りました。

 ああ、きっと、まおくんです。


 おばあさんがぱたぱたスリッパを鳴らして、急いで玄関げんかんへ向かいます。

 お料理の準備もすっかり済んで、おばあさんは笑顔です。

 重たい心を引きずって、おじいさんも玄関へ向かいます。


「メリー・クリスマス。おじいちゃん、おばあちゃん!」

「メリー・クリスマス。まおくん」


 厚くて茶色い木のドアを開けると、

 そこには、やっぱり、まおくんが、にこにこ笑って立っていました。


 外は、とても寒いのでしょう。まおくんのほっぺはまっ赤です。

 運動靴を急いで脱いで、

 お行儀悪く廊下を走って、

 お部屋のテラスへ直行します。早くツリーを見たいのです。


 ぶ厚く閉まったカーテンを、両手で勢いよく引きあけました。


 おじいさんは、しょんぼり、うなだれました。

 あのみすぼらしいツリーを見たら、どんなにがっかりするでしょう。


「わあ、すごいや」


 まおくんが、ひとみを輝かせて振り向きました。


 おじいさんは目をパチパチします。

 いったい、どうしたというのでしょう。

 今年の庭には、ただの木しかないはずなのに。

 ふしぎに思って、庭を見ました。


 金の星の飾りが一コ、

 ななめになって引っかかっていました。

 ぼうすい形のまっ白い枝の、お庭の木のてっぺんに。


「きれいだねえ、おじいちゃん」


 裸になった庭の木が、ふんわり真っ白に雪化粧げしょう

 雪がこんもり真綿のように、降りつもっているではありませんか。


 堂々と誇らしげな庭のツリーを、ぽかぽかの部屋から、まおくんとながめて、

 おじいさんも笑顔になりました。


 それは、暗い天から降ってくる、とびっきりのプレゼント。

 

 金モールをもらった野ウサギは、体にまとってだんをとり、

 子だくさんのネズミの家族は、サンタや星でガヤガヤ遊び、

 ピカピカ・ボールをもらった子供は、テレビの横に飾ってながめて、

 みんなが笑顔になりました。

 



 しんしん雪が降りつもる、

 聖なる奇跡のクリスマスの夜に。






 おしまい。






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