#8 【メンタリスト】あなたはどんどん眠くなる……そもそも催眠って?【催眠術】

 メンタリスト。それは人の心を読み、暗示にかける者。思考と行動を操作する者のことである。

 カルフォルニア州捜査局(CBI)のコンサルタントとなったメンタリスト、パトリック・ジェーン(演:サイモン・ベイカー)がその技術を駆使し犯罪者を追い詰めていく大人気テレビドラマの冒頭はこんな言葉で始まります。シーズン1に限って。筆者はシーズン6まで見ましたが、すべて見てしまうのがなんだかもったいなくてファイナルシーズンを見れていません。


 ジェーンの操るメンタリズムは多種多様で、相手の嘘を瞬時に見抜いたり死体を一目見ただけでその人の身元を言い当てたりと捜査(と尺の節約)に貢献します。大抵は最後に奇抜なことをして真犯人を逮捕、そしてチームのリーダーであるリズボンやその上司であるハイタワーかバートラムに呆れられて終わるというのが定番の流れになっています。


 さて、そんなジェーンがリズボンから使用を特に禁じられていた技術が1つあります。それが催眠術です。催眠術で得られた証言は証拠として認められにくいという事情もあって彼女は彼が催眠術を使って目撃者の記憶を思い出させることに否定的でした。まぁジェーンのことなので最終的にはやるんですけど。

 彼の催眠術のプロセスはおおむね、相手の肩に手を当てて話すというもの。どんな状況でも極めて自然に暗示をかけるので、最後にジェーンが暗示を解く合図として肩をポンポンと叩くまで視聴者も暗示をかけていることに気づかないくらいです。


 催眠術を前面に押し出したエピソードの1つに、シーズン1の第5話「アカスギの森」があります。被害者の親友が凶器を握った状態で発見されるけど、彼女は記憶を失っており……というストーリー。ジェーンは記憶を失う直前の状況を再現しながら彼女に暗示をかけ、記憶を事件当時に巻き戻すことで見事記憶を取り戻すことに成功します。


 しかしこの催眠術、実際にこのような使い方が出来るのでしょうか。

 そもそも催眠というのは、平たく言えばリラックスして心理的な抵抗をできる限り少なくした状態を人為的に作り出す技術のことです。催眠というのは世間で思われているように催眠をかける者が強力な力を用いてその人に催眠をかけるのではなく、かける者とかけられる者の共同作業のようなものです。

 そのため、催眠の成否には催眠にかけられる者の「被暗示性」が重要になってきます。被暗示性というのは暗示のかかりやすさのことで、催眠にかけられる人が催眠にかかりたくないと思っていたり、催眠をかける人を信用していなかったりすると低くなりがちです。もっとも、大抵の人は最初催眠にかかることに不安を覚えるものなので、普通は簡単な暗示から慣らしていって被暗示性を高めるといった手法がとられます。


 『メンタリスト』で描かれていたような、人の記憶を取り戻したり言いにくいことを喋らせたりということを催眠で実現することは不可能ではありません。特に記憶に関しては、催眠には「年齢退行」を実現させる暗示があります。これはその人の人格を例えば5歳の時に戻すとかして、その当時の記憶を引き出すといったことができるとされています。

 ただしそのためには催眠にかけられる者がそれを望んでいることが不可欠ですし、ドラマで描かれているように雑多な刺激が多すぎる日常場面でいきなり暗示をかけるのは難しいでしょう。催眠は通常、薄暗く静かな、余計な刺激の少ない部屋で椅子に座って行うものです。


 ところで、犯罪捜査に催眠術を使う上でジェーンが気を付けなければいけないのは、リズボンが懸念するように催眠によって引き出した証言は証拠として採用されないかもしれないということです。さっきも書いたように、催眠というのはかける者とかけられる者の共同作業なので、かける側の「この人はこういうものを見たに違いない」という先入観が相手に伝わり、催眠によって権威への抵抗力が弱まり親和的になった人がその先入観に沿うように記憶を歪めてしまうという事態が起こりえます。「あなたの目の前に草原が広がって見えます」と言って実際にそう見えてしまうのが催眠なので、「事件現場にこういう人がいたのではないですか?」と言えば同様にそれが見えてしまうというのは十分考えられる可能性でしょう。

 かつてアメリカでは、カウンセリングの一環として催眠を使用し、実在の疑わしい幼少期の性的虐待を「思い出す」事例が多数起こりました。これは催眠をかける側に「この人には性的虐待の経験があるに違いない」という先入観があり、クライアントがそれに乗ってしまったがために起こったものです。


 催眠術というのはあくまで、クライアントの希望を叶える補助装置のようなもので、反社会的な行動など大仰なことはあまりできません。シーズン1第18話「血染めのジャガイモ」では死体をジャガイモだと暗示で思い込ませるなどかなり破天荒な催眠術の描写が見られましたが、流石にあそこまでのことはできないでしょう。


【要約】

 催眠術を使って証言を得たり記憶を取り戻すことは可能かもしれない。ただしそのためには証人からしっかり同意を得て静かな部屋とかに移動してもらおう。

 でもそうやって手に入れた証言は裁判では認められないかもしれない。リズボンの仕事は増える一方。


【元ネタ】

メンタリスト:アメリカの大人気テレビドラマ。全7シーズン。放送は2008年から2015年。リズボンはかわいい。某メンタリストのダイなんちゃらさんとは関係ない。


【参考文献】

成瀬悟策 (1997). 催眠の科学 誤解と偏見を解く 講談社

斎藤稔正 (2009). 新版 催眠法の実際 創元社

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