第9話 春雨
ここ最近、毎日雨が降り続けている。いくらなんでも異常な程に。
結局俺は定期的に送られてくる動画を全て見てきた。もう数は五十程になるだろうか。今回送られてきた、三個目のUSBを俺はまたパソコンにつなぐ。
最初の一個目が送られてきてから、約半年。動画の青年は尋常じゃないスピードで人を殺し続けてきた。なぜ捕まらないのか、どうやって書き込みを拡散した人間を特定しているのかもわからないし、送られてくる動画を冷静に見ながら、何もせずに日々を過ごしてきた自分も正直わからない。もう全然わからない事だらけだ。俺は衝撃で頭がおかしくなってしまったのだろうか。
松山が学校に来なくなってからも、別の教師が派遣されて、授業は普通に行われていた。しかし、授業のレベルはかなり落ち、その影響からか、少しずつ登校して来る生徒も減ってきていた。そんな中でも、俺は普通に学校に通っていた。唯一の頼みの綱であった松山がいなくなった事で、俺はどうすればいいのかわからなくなり、いつも通りの日常をただ漫然と送る事しかできなかった。
動画の始まりはいつも通り、青年の後ろ姿と、縛られた男が映し出されたところから始まっていた。俺の今の気持ちを知ってか知らずか、青年は後ろ向きのまま話す。
「よう。元気か?さすがにお前も参ってきたかな?さすがの俺も正直ちょっとおかしくなってきてる。人を殺すってのはそれなりに体力がいるもんだな」
そう言う青年の目の前で、椅子に座らせられ、ガムテープで口をふさがれている男が、こちらを睨みながら何か言おうともがいている。
「最近手際よくなってきてさ、さらってからこの状態にするまで十分もかからなくなってきた」
そう言って青年は男の口のガムテープを勢いよくはがす。
「うぶっ。いてぇ!もっと優しくはがしてくれよ」
「お、いいね。お前みたいによくわからないけど威勢がいいやつ久しぶりだな」
「何言ってんだよ。わかってるよ。お前ここ最近の連続殺人事件の犯人だろ。俺の事も殺すつもりなんだろ」
「マジで?そこまでわかっててもそんなに冷静なのかお前」
「ああ、むしろせいせいしてるよ。俺は元々自殺するつもりだったしよ。ちょうどよかったぜ。お前には結構すっきりさせてもらったよ。人が殺されまくるってのもいいが、この国の警察の無能さを露呈させてくれて、いかに社会がクソかってよくわかるぜ」
「そりゃどうも」
「で、俺はなんで殺されるんだ?なんか理由あんの?それとも無差別?」
「これ」
殺される事にノリノリな男を前に、青年は興ざめしたかのように冷めた感じで例の書き込みを男に見せた。
「ああ!なるほどな!これ拡散した奴を殺してんの?すげーなお前!どうやってんだよ。俺も一緒にやらせてくんね?」
「やだよ馬鹿。で、一応聞くけど何でお前は自殺しようとしてたの?」
「まあありきたりなんだけどさ、俺会社クビになってよ。女房にも出て行かれて、子供も連れてかれたんだ。親も軽い付き合いの友人もまだまだこれからやり直せるとか言うけどさ、無理じゃん?正直。つか俺今まで結構がんばってきたのにこの仕打ちだよ。こんな世の中生きてても結局同じようなつらい事しかおきねえだろ」
「それで死のうと思ったと」
「そうそう。でもただ死ぬのも嫌だからさ、まあお前みたいに人殺しまくって死んでやろうかとでも考えてたわけよ。クソな社会に少しでも俺の爪あとを残してやろうと思ってさ。そんな時にお前に捕まったわけだから、まあお前に殺されるなら本望よ。俺の分も殺しまくってくれ」
「なんか一気に自分のやってきた事が虚しくなってきたんだが」
「なんでだよ。大したもんだよお前は。少なくとも俺みたいに社会をクソだと思って憎んでいる奴らからしたら、最近のニュースは最高に面白いぜ」
青年はため息をついて、何か考え事を始めた。
「もうちょっとお前の話を聞かせてくれよ」
突然青年から意外な言葉が出た。
「俺?俺の話か。なんだろうな。まあ俺の家はよくあるいいとこの家って感じ?母親は教育ママで、父親は稼ぐけど出張で全然家にいないって言う。兄弟もいないし、父親が全然いない分、母親は俺にべったりって感じだった。まあ俺も本当は他の子供みたいにゲームとかして遊びたかったけどよ、親の言う事だけ聞いてれば間違いないって思って勉強してがんばってきたわけよ」
「それで?」
そう言うと青年はスマートフォンを触り始めた。
「それでコツコツ勉強しながらいい高校行って、いい大学出て、いい会社就職して、職場で会ったそこそこの女と結婚して、子供もできたわけよ。まあ順風満帆って感じの普通の人生」
「いいじゃん。それがどうしてそうなった」
「本当にしょうもない理由だぜ?電車で痴漢の冤罪かけられたんだよ。もちろん俺はやってねえ。それがあのクソみたいな女子高生二人組にハメられたんだ。あいつらだけは絶対許せねえ。殺してやるって思ってたら先日殺されたみたいでよ。あれもお前がやったんだろ?マジでいい仕事するぜお前」
「そいつはいいね。なんか俺もいい仕事した気になってきた」
青年はどうでもよさげにうんうんと頷いた。
「いや実際俺はすかっとしたぜ。まあそれで誰も俺の事信じてくれなくてよ、あっけなく会社はクビ。嫁も子供も全く俺の事信じやがらねえ、あっさり離婚届置いて出て行きやがった。こんだけ何年も我慢してがんばり続けた俺を、社会はこんなあっさり切り捨てるんだぜ?しかも俺は何も悪い事してねえ。本当にクソだ。そう思ってた時にお前の書き込みを見たんだよ。だからもうこれが嘘でも本当でもなんでもいいから、誰でもいいから死ね!って思って拡散したら、本当に殺してんだもんな」
「それなりに悲惨な人生なんだな。確かに同情するよ」
「だろ?マジでこの社会はクソだ。がんばったやつが報われるわけでもない。がんばったやつもがんばってないやつも結局一緒なんだよ。なんかのきっかけで何もしてないやつが大金持ちになって幸福になったり、頑張り続けてたやつがなんかのきっかけで不幸に見舞われる。そういうのをなんとかしようなんて誰も考えちゃいねえ。マジでクソだ」
相変わらずスマートフォンを触りながら青年は適当に相槌をうつ。
「そうだな。俺も確かにこの社会はクソだと思うよ」
「なんか前テレビで見たんだけど、引きこもりにカウンセラーみたいなのが『社会が悪いんじゃない!お前が悪いんだ!』とか言って、立ち直らせて引きこもり解消させようとしてるのかしれないけどさ、マジでああいうの反吐が出るね。まあ引きこもってるクズ野郎もクソだけど、社会もクソだろうがよって」
「確かに。ああいうのは俺も一番嫌いなタイプの番組だな。引きこもりもクソなんだろうけど、社会も実際クソなんだよな。クソじゃなかったら普通引きこもらないもん。もっと言うと、その説教している状況を全国の晒し者にしてるメディアもクソだし、まあそう言ってしまえばやっぱ社会がクソだわ」
「そうだろ?お前話わかんじゃねーか。やっぱり俺を仲間にしてくれよ。最後に俺を殺してもいいからさ」
「うーん。そうだな」
そう言いながらスマートフォンを見ていた青年は突然うれしそうににっこり笑って、スマートフォンの画面を男に見せた。
「これ、あんたの元嫁と娘だろ?」
「あ、ああそうだが。なんだあいつ。俺と別れて数週間しか経ってねえのにもう他の男見つけたのか」
「いや、この男、あんたと結婚した直後からずっと、あんたの元嫁と関係持ってたみたいだぜ」
そう言って青年は再び男にスマートフォンの画面を見せた。
「これはあんたと結婚した直後の写真だ」
「・・・。これ本物か?」
「間違いない。その筋の奴に調べさせた」
「ふざけやがって。どういう事だよ」
「もうわかってんだろ。あんたが会社クビになろうが痴漢しようがどっちにしてもこの女はあんたと別れるつもりだったんだろうよ。むしろ痴漢してくれてラッキーみたいな?と言うか痴漢も元嫁とかが計画してあんたハメられたんじゃね?普通そんな事めったにねえよ」
「そういえばあいつ、俺が痴漢してた証拠が送られてきたとか言って写メ見せてきたな。実際は証拠にもならないただの満員電車にいる俺と、その隣にいる例の女子高生が写ってるだけの写メだったけど。なんであんなので頭ごなしに痴漢していたって決め付けてきたのか疑問だったが、そもそもあれどこから手に入れたんだ?」
「まあもう一人の女子高生だろうな」
「じゃあ俺、最初からあの女にハメられてこうなったって事なのか?」
「そうだろうな。この場合どうなるんだ?やっぱり社会がクソ?女を見る目もなく、違和感にも気づけずにそのまま冤罪にかけられたあほなお前がクソ?」
青年は笑いを押し殺しているようで、うつむきながら話す。
「ふざけんじゃねえ!ぶっ殺してやる!この女!この男もだ!こいつら殺さねえと俺も死ねねえ!」
「あれ、まだ生きたくなっちゃった?」
青年はうれしそうに飛び上がる。
「当たり前だろ!頼む!こいつらを殺すまでは生かしてくれ!むしろ協力してくれないか?お前は話がわかるやつだ。俺の気持ちもわかるだろ。こんなクソみたいな事、お前も許せねえだろ?」
「そうだな」
そう言うと青年は持っていたナイフを手馴れた手つきで振り、男の頚動脈をすぱっと切った。
「え、?えべぇ?」
男は何が起きたかわからないと言った顔をしながら、首からすさまじい量の血を噴出させている。
血の雨を浴びながら青年は一人で話し始める。
「よかったよ。俺としても死にたい奴を殺しても甲斐がない」
「ぶぅ・・・ぶひゅぅ・・・」
男が何か言おうとしているが言葉にならない。
「はは、なんだよそれ。それにしてもやっぱ社会ってクソだよな。お前のクソみたいな人生を見てたらそう思うよ。確かにお前に同情もしたけどさ、まあこれは俺がやるって決めちゃった事だし、今更変えられないんだよ。初志貫徹って奴?社会とか学校ってそういうの美徳にしてるじゃん?やっぱ俺もそれに習おうと思って」
「まあもう言っても意味がないけど、俺の意見を言うとさ、まあ確かに社会はクソだし、個人じゃどうしようもないような理不尽であふれているさ。でも社会がクソって言ってもしょうがねえよ。自分がクソだって思わなきゃ。せめて自分がクソだったって落ち着かせないとどうにもならないだろ。自分がクソだったのなら、まだやり直せる。自分以外のものがクソでどうにもならないってのならもう終わりなんだ。どうにもできない。だから救いがあるとすれば、自分がクソだったって話を落ち着かせる事だ」
「そうやってクソみたいな生き方をしていかないと生きていけないんだよ。このクソみたいな社会はさ。まあそれでも、人を殺してる俺が言えた義理じゃないけど、自分がクソみたいな目にあったからって、八つ当たりで他人が死ぬ事を望むようじゃ、やっぱお前も十分クソなんじゃないかな」
「それにしても痴漢の冤罪って、まさかあの時のだったりしてな。お前にとって最低の一日が、俺にとってはかけがえのない最高の一日だったなんて、皮肉な話だ」
窓から差し込む月明かりが、もう何も言わなくなった物体を見つめ、悲しそうに何かを懐かしむような顔をはっきりと映す。
「あぁ・・・」
俺は思わず声を漏らす。本当は一つ目の動画からわかっていた。だが俺はずっと信じられなかった。いや信じていたかった。
別人のはずだ。別人なんだって。だがその青年の顔はどう見ても俺のよく知っている親友。返り血を浴びて真っ赤になっていてもよくわかる。大祐だって。
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